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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
1章 学費を貯めよう

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11 薬草園での日々<後>


 お館の使用人は、月半ばと月末にそれぞれ給金が支払われている。

 臨時雇いのマユも、十二月の末日に七日分の報酬を受け取った。


「二千百ダル……」


 住み込みで働いていると生活には全く金を使わない。収入がすべて蓄えだ。これまで貯めたものと合わせれば、今すぐにでも魔術学校の学費が払える額になった。

 魔術学校一年目の前期分を確保できて、マユの頬が喜びにゆるんだ。このまま最終日までしっかりと勤めあげれば、後期の学費も確保できるだろう。二千百ダルを財布に入れ、しっかりと口を結んで握りしめた。

 そんな彼女にジェイムズが問う。


「マユ、貴重品の保管はどうしていますか?」

「お財布は腰鞄に入れて持ち歩いています」

「それでは外への使い仕事に出せない。必要な分だけ手元に残し、残りは預けないか?」

「預ける?」


 通いの者は自宅に保管するなり、商業ギルドや冒険者ギルドの口座に預け入れすれば良いが、住み込みの者が自室で大金を保管するのはすすめられない。ジェイムズが目を光らせているとは言え、大金に誘惑される者はいる。使用人が窃盗に走らないよう備えるために、ジェイムズが使用人の給金を預かっているのだ。


「それがいいよ、落としたら大変だからね」

「必要なときは引き出せるし、私たちもそうしているよ」


 給金を受け取りに来たタリーやミーネも、ジェイムズに給金の一部を預けるという。彼女らが持っているのは、手のひらに乗る大きさの羊皮紙の帳面だ。


「ミーネは一千二百ダルを現金で受け取り、残りを預け入れだな?」


 ジェイムズが帳面にこれまでの預入額に加算した金額を記入し、現金とともにミーネに渡す。


「冒険者ギルドの口座みたいですね」

「同じだよ。ここに勤めている者たちだけが利用する口座だ。さて、どうする?」

「預けます」


 大切な学費を万が一にも落としたり盗まれたくはない。マユは手元に二百ダルだけ残し、残りを全額ジェイムズに預けた。


「ではこちらの帳面の一番上に名前を書きなさい。それとマユは魔力がありますから、この紋章の部分に魔力を流して」


 魔力はほんの少しだったが、吸い込んだ紋章が赤黄色く光った。


「な、なんですか?」

「これは簡易の契約魔術だ」


 ジェイムズの指が光っている紋章に触れた。魔力を注ぐと光が消える。


「魔力を持たない者は血で契約する。名前の書かれた者の資産が確かに保証されるという契約だ。魔術を使わない商契約は必ず羊皮紙を使う。契約魔術で縛る場合は魔紙だ。覚えておきなさい」


 口座の預け入れ契約は商取引であるため羊皮紙を使用し、かつ改竄や不正を防止するために簡易の契約魔術を使っているのだという。資産を引き出す際も魔力を流して本人確認をするので、帳面を盗まれて不正に引き出される心配はない。

 はじめて触れる薬魔術以外の魔術に、マユは胸の高鳴りを覚えた。魔術学校ではこういった勉強が日常になるのだと思うと、待ち遠しくてならない。

 渡された帳面を腰鞄に納め、マユは仕事に戻った。


   +


 常春の薬草園では、薬草の生育が外界よりも早い。今日も基準に達した薬草を、もっとも適したタイミングで採取しては保全してゆく。


「今日の注文は、セタン草とユルック茎とヤークの葉を乾燥した状態で百ラル(グラム)ずつ、か。治療薬を作るにしても、量が多いなぁ」


 記された数量で、錬金治療薬が三樽は作れる。ご主人様が個人で作成するというよりも、冒険者ギルドや医薬師ギルドのような外部からの注文のようだ。


「冬だし、アレ・テタルには薬草冒険者が多くないって聞いてるし、薬草が集まってないんだろうな」


 こういった指示がたまにある。ご主人さまは薬草の卸販売もしているのだろう。マユは手早く薬草をまとめ、計量して包んだ。

 オリバーが残していった手引き書をめくり、今朝から気になっていた疑問の解決方法を探す。


「そうか、土なんだ」


 他の薬草と比較し、トラント草の生育が良くないのが気になっていたのだ。オリバーの手引き書には、不在の間に追肥と土の入れ替えの時期が来ると書いてあった。土は菜園のハチックに頼む、肥料はジェイムズに魔石使用を申請し、配合表通りに作れ、とある。


「ええと、土替えが必要なのは、ゼルマ草とサヒン草の畑か」


 異なる配合の土を定期的に入れ替えしなくてはならないらしい。記録簿からそれぞれの土の配合を板紙に書き出したマユは、温室に隣接する菜園に向かいハチックに渡して用意を頼んだ。


「六の鐘半ごろになるが、かまわんか?」

「はい。よろしくお願いします」


 ハチックに土を頼んだ足で、ジェイムズの執務室に向かう。

 マユは薬草園の仕事を通じて、薬草の肥料に魔石を使うとはじめて知った。同じ森であっても、薬草が群生する場所とそうでない場所があるが、土壌に含まれる魔素が関係しているからだろうか。魔石を肥料にできるのなら、森や草原でも採取量を増やす方法があるかもしれない。


「肥料用の魔石ですね。必要量は二十ラル(グラム)。トラント草の肥料用、と」


 マユの申請を記録したジェイムズは、ご主人様に用意してもらうので六の鐘に取りに来るようにと言った。

 温室に帰り作業に戻った。

 豊かな畑には雑草も生える。オリバーの手引き書には、特定の雑草は排除するが、それ以外は生えるまに、とあった。


「薬草の観察がしづらいし、重なると薬草への日当たりがわるくなるから、摘んでおこうかな」


 雑草は薬草園に必要といっても、生育の邪魔をしない程度に剪定は必要だろう。丈の高くなった雑草を、それぞれの薬草を邪魔しない程度に間引き、切ってゆく。

 三つの区画を整えたころに鐘が鳴った。

 昼の休憩と昼食だ。

 今日は丸パンで、真ん中に入れた切り込みにチーズが挟まれていた。椀にたっぷりと注がれたのは角ウサギ肉とガルバ豆の牛乳シチューだ。紫ギネと丸芋も入っているが、とろとろに煮崩れており存在感はうま味でしかわからない。


「マユ、これを使いなさいよ」


 向かいに腰を下ろしたミーネに、薄布の手袋を渡された。


「ご主人様にいただいた防水魔布で作ったのよ。これなら水仕事でも手が荒れないでしょ」

「そんな貴重な布を使っていいんですか?」


 防水手袋を受け取ったマユの手は、細かな切り傷やあかぎれで真っ赤だ。ジェイムズに軟膏薬をもらっているが、体質に合わないのか効き目は薄い。


「いいに決まってるでしょ。使用人で必要なものに配るようにって言われてるの。その手袋、見た目よりもかなり丈夫だから、土仕事にも使えると思うよ」

「ありがとうございます」


 薬草を観察したり採取するときは、どうしても素手のほうが良いのだが、土に触れたり水で洗うときに使わせてもらえたら、ずいぶんと仕事は楽になる。


「それと預かってたあんたの服とマント、染めの練習が終わってちゃんと真っ黒になったって。あのみっともないシミは見えなくなったらしいよ」

「よかった。あ、染め賃はいくら払えば良いですか?」

「配達の最後にここに寄るそうよ。一着三十ダルだけど、手持ちがないなら昼休憩の間にジェイムズさんに出してもらってね」


 マユの着衣の色の酷さを見かねたミーネに、染色職人の弟子を紹介されたのだ。格安で黒く染め直す代わりに、あせた元色を再現する練習にマユの古着を使う。そのため納期は通常の倍かかるが、賃料は格安にしてもらえた。マユは魔物の血シミの残るマントと、緑色の上着と赤いズボンを預けていた。


「九十ダルなら大丈夫です」


 財布には二百ダルちょっとが入っている。はじめて給金を貰った日に財布に残した現金だが、結局マユは一ダルも使っていない。休日も休憩時間も温室で薬草を観察しているか、記録簿や図鑑を読んで勉強しており、住み込むようになってから一度も外出していないのだから、金を使うこともなかった。


「マユは買い食いもしないのね」

「食堂の料理は美味しいですから」

「でもここは甘味がないでしょ」

「パンにハチミツやジャムがついてますよ?」

「それじゃないの。お菓子よ、お菓子! 甘くてサクッとしたクッキーとか、バターたっぷりのしっとりと甘い焼き菓子とか、そういうのは食べたくないの?」

「三食でお腹いっぱいです」


 最近ようやく食事を苦しまずに完食できるようになったマユだが、まだ間食を胃に入れる余裕はない。

 食事外の甘味が豊満な体型の原因だと、聞き耳を立てていたタリーが厨房からミーネを呆れて見ていた。

 昼食休憩を早々に終えたマユは、薬草の記録付けを再開する。


「頼まれていた土だ。どこに置けば良い?」


 約束の時刻にハチックが頼んでいた配合の土袋を運んできた。オリバーが指定していたいつもの場所に置いてもらう。

 さっそく手袋をはめ、届けられた土をバケツに入れて薬草区画に入った。

 ゼルマ草とサヒン草の畑の横には不自然な空き場所がある。畑と言うには狭く、花壇と言うには広い区画の土を半分運び出し、代わりに新たな土をまぜて馴染ませてゆく。農具を使うのには狭いため、どうしても手作業が多くなる。土を掴み、すくい、叩く感触を確かめて、マユはウットリと手袋を見つめた。


「手袋越しなのに、土の感触は素手と同じだ……魔布ってすごい」


 広く普及している魔布も魔術師が作り出した魔道具の一種だ。新しく開発した魔道具が普及すれば、その開発者には大金が転がり込んでくる。そういった面で魔道具師や錬金魔術師には夢があり、そちらを目指す見習いは多いそうだ。

 六歳の検査で魔力保有者だとわかったときも、孤児院の仲間にすすめられたのは、冒険者となって一緒に暮らせる攻撃魔術師や、稼げる魔道具師だった。


「でも私は、錬金薬を作りたい」


 マユは胸にぶら下げている錬金薬の瓶に触れた。

 これは顔を思い出せない母親の残した、貴重な品だ。最初は五本ほどあったらしいが、マユが孤児院に預けられる前にいろいろあって、もうこれ一つしか残っていない。

 この存在が、マユを薬魔術師の道にすすませた。もちろん適性もあったし、薬草の奥深さに魅入られた今は天職だと思っている。

 それに。


「……ジョン」

『いいかマユ、これは絶対に手放すんじゃねーぞ。マユのかーちゃんの形見だからな』


 勝手に使ってごめんな、と謝りながら、その大きな人は錬金薬の瓶を革紐で固定して、マユの首にかけてくれた。

 悔しいことに、その言葉をかけられたときには知っていたはずの顔が、今はもう思い出せなくなっている。

 覚えているのは個性的な特徴だけだ。

 その特徴を説明して、孤児院に自分を託して姿を消した彼がどうしているか、どこに行ったのかをたずねたが、院長先生も孤児院の仲間も言葉を濁すだけで答えてくれなかった。薬魔術師の弟子となり、種族の溝を知った今ならわかる、あの人は触れてはならない存在だったのだと。


「早く錬金薬を作れるようになりたいな」


 ジョンが冒険者だったのは間違いない。

 薬魔術師の作る錬金薬は、主に冒険者が消費している。孤児から冒険者になった仲間や、自分を拾ってくれたジョンが、回り回っていつか自分の作った錬金薬を手に取るかもしれない。

 そんな日々を想像すると、マユの胸の奥がとろりとやわらかくなって、ポカポカとあたたかくなる。


「がんばろう」


 マユは薬草畑の土替えを丁寧にこなしていった。


【アレ・テタル42日目(1/10)のお財布】


前日残高   2234ダル

12/30給与 +2100ダル

 1/8支出  -90ダル

42日目残高 4244ダル


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