表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
1章 学費を貯めよう

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

プロローグ/入学手続き最終日

新しい連載はじめました。

平日お昼に投稿してゆきます。


 アレ・テタル魔術学校の入学受付は、試験結果を発表した十日後に締切られる。地方からの受験者は、結果が出るまで街に滞在し、合否を確認するとすぐに手続きを済ませる。その後は入学式までに一度故郷に戻ったり、師へ報告に向かって入学準備を整えるのだ。


「レット先輩、もう閉めちゃいませんか?」

「発表後十日間は受付を開けておく規則です。忘れたんですか、ゴード」

「でも合格者全員の意思確認は済んでますよね?」


 期間は十日あるが、実際は三日目までに入学手続きを済ませる者がほとんどで、五日目ともなれば合格者名簿の全員の欄に、意思確認済の印が入っている。本日は最終日だ、今さら受付所を開けておくのは時間の無駄ではないか。退屈にうんざりしているゴードが、部屋を歩き回りながらぼやいた。


「そろそろ閉門も近いし、もういいんじゃないですか」

「早期に閉じる条件は、合格者全員の()()()()()があった場合に限られます」


 レットがそう答えると、後輩は「こいつのせいで」と、合格者名簿の一番目にある名を憎々しげに見下ろした。

 シェラストラルのマユ。

 その名の横にあるのは「入学辞退」の文字だ。


「十日の間に気持ちが変わる可能性はあるのです。あのギルド長も最初は入学辞退者だったらしいですよ。この制度がなかったら、偉大な魔術師が生まれなかったかもしれないのです。あなたは自分の怠慢で、可能性を潰しても良いと考えているのですか?」


 他国の魔法使いギルドにも大きな影響力を持つ、稀代の紫級魔術師を例に出されては、ゴードに反論の言葉は紡げない。

 魔法使いギルドは常に人材が不足していた。優秀な魔術師を一人でも多く確保するための規則といわれれば仕方ないが、意思を撤回するとの保証もないのに、たった一人を待ち続けるのは、退屈すぎて苦痛だ。


「そろそろ街門が閉まる時間ですし、もうこないと思いますけどね」


 悔し紛れにぼやきつつ、ゴードは席に戻った。

 ギルドの終業時刻が、魔術学校入学受け付けの終了時刻でもある。

 退屈な待ち時間もあと少し、我慢もあと鐘一つだとゴートは自分をなだめた。

 遠くで閉門の鐘が鳴った。

 その直後だ、小さな黒髪の子どもが魔法使いギルドに駆け込んだ。


「魔術学校の入学手続きを、お願いしますっ!」


   +


 全力で走ってきたのだろう、飛び込んできた子どもは全身を大きく揺らして息をしていた。

 背負い袋は荷でパンパンに膨れており、ざんばらな髪も旅装束も草と土に汚れている。

 革紐で結んだ錬金薬の瓶が、胸元でぶらりと揺れた。それをすがるように握った子どもは、息を整えて顔を上げる。不安そうな黒い瞳を動かして二人を見比べる。その顔を見て、成人前の少女だと気づいた。

 十日前に辞退を申し出た少女に酷似している。変わり果てた姿に、「うわぁ」と良くない声を漏らしたゴードを下がらせて、レットは念のためにと問いかけた。


「合格証と、自身を証明する物はありますか?」

「は、はいっ。シェラストラルのマユです。合格証はこれ、こっちは身分証です」


 握りしめていたせいで皺だらけの羊皮紙がレットに提出された。彼は合格証とシェラストラル孤児院の身分証を、名簿と照らし合わせ間違いないと確認する。


「辞退は……取り消せますか?」

「受付期間内ですから大丈夫ですよ」


 よかった、と少女の膝から力が抜け崩れた。

 床に座り込んだ彼女を椅子に誘導し、ゴードに扉を閉めるように指示する。

 コップ一杯の水を差しだしたレットは、マユをじっくりと観察した。

 十日前の彼女は、確か長い髪を三つ編みにしていたはずだ。しかし今は首の後ろで雑に切られていた。顔や手足は染料か何かで汚されているし、着衣も貧民よりは多少マシという状態で、あちこちに拙い補修跡が目立つ。元から肉付きは良くなかったように記憶しているが、今は飢餓にあると言ってもいい様子だ。そんな少女には酷だと思いつつも、レットは現実を告げるしかなかった。


「魔術学校へ入学はできますが、学費免除の特待生資格は取り戻せません」


 入学試験の上位三名は、卒業までの学費と寮費が免除される。もし最初から入学の意思を示していれば、一位合格のマユは特待生として入学できた。しかし辞退した時点で、四位合格者に特待生枠は譲られてしまっている。


「学費は半期三千ダル、入学前に納められたのを確認できなければ、入学資格は失効します」


 息を呑んだ少女は、悔しそうに顔を歪め、ぐっと唇を噛んだ。

 街の飯屋の定食がおよそ五十ダルと考えれば、魔法使いギルドが運営する魔術学校の学費は格安だ。しかしこの少女には大金だろう。同情はするが、規則は曲げられない。


「……支払いの期日はいつですか?」

「二月三十日の五の鐘までです」


 あと三ヶ月か、と呟いた少女は、噛みつくような眼差しでレットを見上げた。


「わかりました。必ず期日までに払いますから、入学させてください」

「では必要な説明をします」


 少女は懐から板紙の束を取り出した。布を巻いた木炭をスラスラと走らせ、レットの説明を書き記してゆく。


「学費が支払われた時点で、制服と教科書が支給され、寮の部屋が割り振られます。授業は陽の日から月の日まで、闇の日は休みです。教科書を読んでいる前提で授業は進められますので、できるだけ早く学費を納めるように頑張ってください」


 魔術学校は二年だ。一年目は必須科目と選択科目の授業がある。


「選択科目?」

「どの授業を選ぶかは自由ですが、ほとんどの生徒は目指す魔術職に必要な科目を学びます。詳細は教科書と一緒に渡される予定です」


 他の入学者は、すでに教科書も制服も、カリキュラム一覧も受け取っており、入学式までの予習をすすめているだろう。少女に無理はさせられないが、少しでも早くとレットは念を押した。


「あの、寮費はいくらですか?」

「寮費は学費に含まれています。込みで半期三千ダルです。選択する授業によっては、素材を買うお金も必要になりますから留意しておいてください」


 学費以外にも金が必要と聞いて、少女はしっかりと書きとめる。


「寮は食事が出ますか?」

「朝と夜の食事が用意されます。もちろん無料です」


 かすかに笑んだ少女は、よかったと安堵の息を吐く。

 昼食は魔法使いギルドと共用の食堂で食べる者が多い。こちらは代金が必要だが、街の食堂の半値と格安だ。売店もあり、軽食も購入できると説明しておく。


「入学後にも説明があると思いますが、授業以外の時間は自由です。学校は勉学に励むことを望みますが、街で働くのを禁止はしていません。闇の日に働いている学生もいますので安心してください」

「……はいっ」


 前期の間に後期の学費を稼がねばならないのだ、働けると知って少女の表情が希望で明るくなった。


「入学前の説明は以上です。質問はありますか?」


 レットに促された少女は、申し訳なさそうにたずねた。


「アレ・テタルの薬草買い取り価格は、冒険者ギルドと医薬師ギルドのどちらが高いのですか?」


 入学にも学校にも関係ない質問だ。ゴードは呆れたが、レットは目を細めて和やかに答えた。


「その二つだと医薬師ギルドですね。けれど魔法使いギルドでも買い取っていますし、街の薬店でも買い取りしているところがあります」


 時期によって値段も変わるため、こまめに確認すると良いとすすめた。


「あと、おすすめの孤児院ってありますか?」

「孤児院の、おすすめ、ですか?」


 この問いにはレットも顎が外れかけた。安い宿や賃貸の部屋を聞かれるのならわかるが、何を思って孤児院なのだと問うと、彼女は真面目に孤児院事情を語った。


「私は孤児なので、成人までは孤児院に居座る権利があるんです」

「居座る……権利……」


 そんな表現をする孤児ははじめてだ。


「アレ・テタルは安宿でも一泊代金が百ダルもします。でも孤児が孤児院に住むのに、基本はお金はかかりませんから」


 マユが孤児だということ、その環境から魔術学校の試験に一位合格した快挙は絶賛してしかるべきだ。だがそれ以上に、未成年の孤児を保護する施設を、無料の宿にしようという少女の図太い根性に圧倒された。


「なにをどうすすめたら良いのか、私にはさっぱりわからないのだが、違いがあるのか?」

「孤児院って、どこが運営しているかで待遇がずいぶん違うんですよ」

「……そうなのですか?」


 少女はため息を吐くように言葉を紡いだ。


「商業ギルドが運営するところは、読み書き計算は当然叩き込まれるし、孤児も稼がないといけないんです。領主や貴族が支援する孤児院は、寄付金によって運営されるので稼ぎを要求されません。でも寄付金って貴族の善意頼りだから、食べ物に困る時期もあって、そういうところは手癖の悪い子もいるから、荷物を預けられないかなって。魔法使いギルドが孤児院を運営しているなら、そこを紹介してもらえると助かるんですけど」

「……あいにく魔法使いギルドは運営していません」

「そうですか」


 少女はとても残念そうに目を伏せた。

 シェラストラルのどの孤児院にいたのかと問うと、商業ギルドが関わる施設だったというので、レットはアレ・テタルにある二つの孤児院を教えた。一つは商業ギルド運営で、もう一つは冒険者ギルドと職人ギルドの共同運営の孤児院だ。


「……他に質問はありませんか?」


 何を聞かれるだろうかとドキドキしながら確認したレットに、マユは「ありません」と短く答えた。両手で胸の錬金薬を握りしめて頭を下げる。


「必ず、期日までに学費を持ってきます、だから」

「はい、お待ちしています」


 レットの返事が意外だったのだろうか、少女はハッとして彼を見上げると、安堵したように目を細めた。


【暦】

1鐘は約2時間

1日は0鐘(午前2時)から11鐘(午後12時)まで。

1ヶ月は30日

1年は12ヶ月+終わりの日とはじまりの日の362日

2/30(冬)→終わりの日(1年の終わり)→はじまりの日(1年のはじまり)→3/1(春)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ