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夏の異界  作者: キタノユ
24/39

ep.22 仮説

 灰色の静寂から、音と色と熱があふれる世界へ、樹と湊は帰ってきた。

 けたたましいほどの蝉時雨せみしぐれが、熱を帯びた風が、生きている世界の感覚が、全身に叩きつけられる。


「なんか、ほっとすんな」

「だね……」


 鮮烈な夏の世界の中で、二人はしばらく、固く手を握り合ったまま、お社の前で立ち尽くしていた。


「……あ」

 不意に、湊が呟く。

「アイス、買いに行こうぜ」

 その言葉を合図にするように、繋がれていた手が、自然と離れた。

「……うん」


 二人は、秘密基地から続く石段を下りていく。

 木々が作る涼やかなアーチを潜り抜け、麓の道路に出ると、そこはもう日陰のない灼熱の世界だった。眩しさに目を細めながら、二人はヤマグチ商店へ向かう。


 道路から少し奥まった敷地に、その店はあった。

『ヤマグチ商店』と書かれた、日焼けして色褪せた看板。

 農道へと続く三叉路の角に、何十年も前からそこにあるのが当たり前のように、店は佇んでいた。


 店の軒先に置かれた、昭和を感じさせるアイスの冷凍ボックスのふたを、湊ががらりと開ける。

「お、あったあった」

 湊は、迷いなくいつものソーダアイスを二つ手に取った。


 樹が財布を出そうとすると、湊は「じゃーん」と、得意げに何かをポケットから取り出す。それは、アイスの当たり棒だった。


「持ち歩いてんの、それ」

「おう。こういう時のためにな。おごるぜ」

 湊は「おばちゃーん!」と、網戸になった店の引き戸を開けて中へ入っていく。


 一人残された樹は、改めて、その古びた店の外観を眺めた。

 ペンキが剥げかけた酒屋の看板、軒先に並んだ空のビールケース、壁に貼られた、いつのものか分からないポスター。


 あの灰色の世界でこの店は、固くシャッターが下りていた。

 十年後には、もうこの店は、なくなってしまうのだろうか。

 そんな思案に沈みかけていると、「ほらよ」と湊がソーダアイスを手に戻ってきた。


「ありがとう……いただきます!」

 ひんやりとしたアイスの包み越しに、湊の温かい指先が、ほんの少しだけ触れた。


 秘密基地の神社に戻った二人は、お社の濡れ縁に腰掛ける。

 樹は膝の上に、いつものノートを開いた。


「なあ、樹。あっちの世界は、やっぱ、未来ってことなのか?」

 早速、湊の口から、単純明快な疑問が飛んできた。

「世界の終わりみたいになってたけどよ……十一年後ってたって、俺たち、まだ二十代だぜ?」

 その声には、実感の湧かない戸惑いと、隠しきれない焦りが滲んでいた。


「可能性の中で、一番シンプルで分かりやすいのはソレだね」

 樹は、ノートに長い一本の線を引く。おおまかに目盛りを振り、手前に『2014』、そのずっと先に『2025』と書き込んだ。


「何らかの時空の歪みが発生して、2014年の夏と、2025年の夏が、この神社を接点にして繋がってしまった、っていうパターン」

 樹は、『2014』から『2025』へ、矢印を伸ばす。

「つまり、あのお社が、タイムマシンになったってこと」


「タイムマシン!」と湊は、ちらりとお社の扉を一瞥し、また視線を樹の横顔へ戻した。

「分かりやすいけどさ、それが一番、最悪なやつじゃん……。ぜってぇ地球、滅んでるだろ、あれ」


「まあね。でも、SFとかファンタジーだと、他にも色々なパターンが考えられるんだ」

 次に樹は、ノートに二本の平行線を書いた。


「パラレルワールドのパターンで、僕たちが今いる世界とは別に、よく似たもう一つの世界が存在していて、そっちの世界の2025年が、ああいう状態になっているっていう可能性」

「……だとしても、俺たちの世界も、同じことになる可能性はあるってことだよな」

「そうならないように、『警告』するために、僕たちにあの世界を見せているのかも」

「だったら、世界中の偉い政治家とかに見せろよなー」


「ふはっ」

 樹は思わず吹き出した。


「湊が将来、そういう偉い人になるのかもよ?」

「お、その可能性もあるな」

 湊はにかりと笑って、最後のアイスの一欠片を、がりりと音を立ててかじった。


「他には、どんなのがあるんだ?」

「たぶん、SF作家やファンタジー作家の数だけ、パターンはあるんだ」


 樹は、ノートに書いた図の、『2025』と書かれた二つの地点を、それぞれペン先で指し示した。


「そもそも、あの灰色の2025年の世界が、『実在しない』っていうパターンもある」

「……どういうことだ?」

「何かの強い思念とか、あるいは地球自身が、僕たちにSOSを伝えるために生み出した、巨大な幻みたいなもの、っていう考え方。このままだと十年後に地球が滅びますよ、こんな風になりますよっていう、警告のメッセージそのものが、世界として具現化してる、とか」


 樹の推論の一つ一つに、「へぇ!」と湊は深く頷く。

 そして、何かを思いついたように言った。


「なあ、樹。あっちの世界ってさ、重力がちょっと軽い感じがするだろ? ってことは、たまたま地球とそっくりの惑星があって、そこと繋がっちまった、とかはねえの?」


 湊の質問に、樹のSFオタクの血が騒ぐ。


「『地球型惑星』の存在の可能性、だね。惑星の質量が地球より少しだけ小さければ、重力が軽いことの説明はつく。あのお社は、二つの惑星を繋ぐワームホールか何かだっていうことになるけど……うん、理論上は、あり得ない話じゃないかもしれない」

「よく分かんねえけど、とにかくアリなんだな」


 蘊蓄うんちくを語る時は元気になる樹の様子を、湊は珍しそうに見つめた。


「でもさ、あっちの世界の物が光ったり、こっちの世界で解決したら消えたり、俺たちの能力がなんなんだってのも、まだナゾのままだよな」

「そうだね……。物が光ったり消えたりっていうのは、やっぱり、何か思念的なエネルギーが関係してるんだと思う。湊が見つけた『落とし物』はみんな、誰かの強い想いが籠もっていたものばかりだったから。あの光は、その想いの強さを示しているのかもしれない」


 SFなのか、ファンタジーなのか、オカルトなのか、それとも全部なのか。


「どのパターンだとしても、そこに俺たち二人が呼ばれた理由ってのが、やっぱり、まだ分かんねぇな」

「……そうだね」


 二人はしばらくの間、言葉もなく、参道を吹き抜けていく風を浴びていた。

 その心地よさに、思わず目を瞑る。


 その時だった。


 ヴーッ、ヴーッ、と低いバイブレーション音が、静寂を破った。

 湊が、ポケットから折り畳みの携帯電話を取り出す。

 画面を一瞥すると、少しだけ、気まずそうな顔になった。


「ごめん」

 樹に一言断りを入れて、湊は通話に出る。

 電話の向こうから、甲高い女子の明るい声が、微かに漏れ聞こえてきた。あのテンションの高い喋り方は同じクラスの、髪を茶色く染めた目立つグループの子だ。


「……ごめんごめん、忘れてねーって。うん……えーっと、ちょっと確認してから、またこっちからかける!」

 湊は、少し強引に話を終わらせると、通話を切った。


「大丈夫?」

 樹が尋ねると、湊は「あー」と頭を掻いた。

「樹、わりぃ!  来週、ちょっと予定が入りそうだ。あいつらと遊びに行こうぜって約束しちゃっててさ」


「あいつら」とは、教室でいつも集まって楽しそうにしている、クラスの中でも中心的なグループの子たちのことだろう。


「もちろんだよ、楽しんできて。ちょうどその頃、僕も図書委員の仕事があるし」

 仕事ではないのだから、謝ることなんてないのに。

 湊が自分との時間を大切に思ってくれている。


 思わず緩みそうになる口元を悟られまいと、樹は慌ててアイスをかじることで隠した。

 ソーダの冷たさが、火照った頬に心地よかった。

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