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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十四章

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帰還 (1)

 夕暮れが近づき、空はオレンジと深い紫が混ざり合い、学院の西側に立つ符紋室を静かに染め上げていた。


 青銅色のドーム状の建物は、外壁一面に古い符紋が刻まれ、まるで錆び付いた模様が本来の姿を覆い隠しているようだった。


 今、その符紋室を包む空気は異様に重く、目に見えない圧力が建物全体を押し潰さんばかりに覆っていた。

 外壁の符紋は不規則に明滅し、低い唸り声のような音を響かせ、足元の大地は微かに震え、いつ割れてもおかしくないような不安定さを孕んでいた。


 アイデンは急ぎ足で現場に駆けつけた。

 手にした符紋スキャナーが鋭い警告音を立て、モニターには極端に不安定なエネルギー場の数値が次々と跳ね上がっていた。

 眉間に深い皺を刻み、彼は苦い息を吐く。


 ——30分前、エンから警告が入った。

『イアンが動いた。符紋室を警戒しろ。』


「……符紋室、か。」

 アイデンは低く呟き、建物を鋭く見据えた。


 スキャナーを操作し内部を確認しようとしたが、データはノイズだらけで、詳細は全く読み取れなかった。


 ほどなくして、特異班の学生たちも駆けつけてきた。

 金髪のカイルは金属の翼を大きく広げて降下し、アイデンの隣に着地する。

 その背後には巨大な戦斧を構えたミノタウロスのタロスが控え、周囲を鋭い目で見回していた。


「アイデン!」

 カイルは焦りを隠せない声で問いかける。

 翼をわずかに広げ、彼をかばうように前に出た。

「符紋室で何が起きてる? 結界が完全に死んでるぞ!」


 タロスも低い声で唸る。

「魔力の流れが異常に荒れている……手を貸すべきか?」


「近づくな!」

 アイデンはきっぱりと手を上げて制止した。

「符紋室の結界が崩壊してる。下手に踏み込めば命取りだ。」


 その瞬間、符紋室の内部から低い轟音が響いた。

 外壁に刻まれた符紋が水面のように波打ち、地面に亀裂が走り、黒い瘴気がそこから滲み出してくる。

 生臭く、吐き気を催すほどの魔力の気配が周囲を満たした。


「……結界崩壊どころじゃないな。」

 アイデンの顔色が変わり、不穏な確信が胸を刺す。

「これは……イアンの仕込みか。」


 彼がスマホを取り出し、エンに連絡を取ろうとしたその時。

 背後から鋭い声が飛んだ。


「アリアンはどこだ?」


 振り返ると、セレナが早足で近づいてくる。

 黒髪が歩みに合わせて揺れ、血のように赤い瞳が冷たく光っていた。

 腰に下げた単刃の剣が、彼女の動きに合わせて小さく鳴る。


「セレナ……?」

 アイデンは一瞬驚いたように目を瞬かせ、すぐに首を振った。

「こんな所に来てる場合じゃないだろ。」


「魔力の異変を感じた。」

 セレナは周囲を冷たく睨みつけ、その目が細められる。

「アリアンはどこだ。」


「知らない。」

 アイデンは苛立ちを隠しきれずに言い返す。

「俺も今着いたばかりだ。状況を確認していたところだ。」


 セレナの視線が符紋室を鋭く射抜き、瞳の奥に冷たい光が宿った。

 彼女は静かに目を閉じ、荒れる魔力の流れを探るように息を整える。

 次の瞬間、瞳を見開き、声が低く鋭くなる。


「……イアンの仕業だ。」


 その言葉を引き金にしたように、大地の亀裂がさらに広がり、黒い瘴気の中から獣のような魔物が這い出てきた。

 全身を黒霧が覆い、赤く光る目が地面を這うように低く唸る。


 セレナは一瞬も躊躇わなかった。

 柄を握った指が滑らかに動き、刀を抜き放つ。

 夕陽を反射して冷たい輝きを放つ刃が、一閃。

 最前の魔物を縦に両断する。


 カイルが翼を大きく広げ、隣に並ぶように飛び込む。

「援護する!」


 タロスも斧を振り上げて低く吠えた。

「誰も符紋室に近づけさせるな!」


「邪魔するな。」

 セレナは短く吐き捨てるように言った。

「お前らはお前らの仕事をしろ。」


 アイデンはスキャナーを操作しながら、低く呻いた。

「符紋室の異常だけじゃない……学院全体の結界も乱されてる……」


「今は分析してる暇はない。」


 セレナが短く怒気を含んだ声を飛ばし、次の魔物を一刀のもとに斬り裂いた。

 振り返りざまに鋭い視線を投げる。


「まずはこいつらを片付ける。それが先決だ。」


 アイデンは小さく息を呑み、周囲を鋭く見渡した。特異班の学生たちに手早く指示を出しつつ、同時にスマホで他の連絡を試みる。


「イアンの狙いが何だろうと、ここを安定させないと話にならない。結界を維持しろ、これ以上広がるのは防ぐ。」


 符紋室の外では、濃密な魔力の波動がじわじわと広がり、地面の亀裂はさらに深く広がっていた。黒い霧をまとった魔物たちが、次々と裂け目から溢れ出す。


 セレナは刀をしっかりと握りしめ、その姿は風のように魔物の間を駆け抜けた。刀閃が一閃するごとに、魔物の首が飛び、黒い血が地面を染めた。


 カイルは金属の翼を大きく広げ、空中で鋭利な光の弧を描き、迫る魔物の腕を切断。タロスは巨斧を振り回し、まるで地面ごと砕くように魔物を薙ぎ払った。


「セレナ!」カイルが援護しようと叫ぶが、セレナは振り返りもせずに冷たく返す。


「自分の前の敵に集中して。」


 そのときだった。遠くから熱風が巻き起こり、低い轟音が響く。次の瞬間、真っ赤な炎の線が空を裂き、符紋室近くに群がる魔物を焼き尽くした。


「何が起きてる?」

 空から落ちてきた声とともに、赤い髪が揺れる。ノックスが翼を収めながら着地した。風に軽くなびくその髪、緑の瞳が冷たく光る。右手からは、未だ燻る炎の余熱が消えていく。


 セレナは一瞥をくれて眉をひそめた。

「余計な手出しはいらない。」


「余計?」ノックスは薄く笑い、挑発するように声を落とした。

「ずいぶん余裕なさそうじゃないか。」


 セレナは無視し、冷たく吐き捨てる。

「邪魔するな。」


 ノックスは肩をすくめ、薄い笑みを浮かべたまま、指先を弾くように炎を放つ。細い炎の糸は正確に魔物の動脈を切り裂き、断末魔を残して崩れ落ちた。


「安心しろ、精密さには自信がある。」

 その声は怠そうで、だが確実に挑発を孕んでいた。


 セレナは返事をしない。だがその動きに、一瞬の硬さがにじむ。彼女の戦いは速攻で仕留めることが信条だ。ノックスの炎は精密だが、その赤い閃光が視界を横切るたび、刹那の注意を奪われる。


 魔物を一体切り伏せた刹那、ノックスの炎が肩先をかすめた。火傷はしない距離だが、セレナの動きが一瞬止まった。


「ノックス!」

 振り返り、血のような瞳を鋭く光らせる。

「私を燃やすつもりか?」


 ノックスは手の平を見せて肩をすくめ、飄々とした口調を崩さない。

「燃やしはしないさ。でもお前が速すぎて、たまにはかち合う。」


「……私のリズムを乱すな。」

 冷たい声を吐き、再び刀を振る。魔物の頭が裂け、血飛沫が夜気に散った。


「わかった、なるべく合わせる。」

 ノックスは声を緩めたが、手元の炎はなおしなやかに揺れる。後方から溢れる魔物を狙い、狭い範囲の炎を正確に撃ち込む。時折セレナの動きを邪魔しかけるが、先ほどよりはずっと控えめだった。


「……悪くないだろ?」

 にやりと口角を上げ、まだ軽口を忘れない。


「……せめて、気を散らせるな。」

 セレナは短く吐き捨て、視線を魔物に戻す。


 タロスが低く唸る。

「ったく、全然息が合ってねぇ……突っ込むやつと、煽るやつ。」


 カイルが慌てて声を張る。

「今はケンカしてる場合じゃない!まだ湧いてくるぞ!」


 ノックスは肩を竦め、小さく笑って炎を絞った。

「了解、ちゃんと援護するさ。」


 炎の閃光はより細く鋭く、セレナの間合いを邪魔せずに魔物の心臓を正確に射抜いた。彼の緑の瞳にはまだどこか茶化した色があったが、その動きは確かに彼女を支援していた。

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