選び (9)
夕焼けがオレンジ色に燃え、公道を斜めに射す光が車体に長い影を落とした。
車は広い道をひた走る。
だが車内は、走行音以外に音がなかった。
助手席のカルマは黙ったまま、モニターに映る座標を確認していた。
点滅するのは自分たちの現在位置。
それを見て、小さく息を吐き、口元にかすかな笑みを浮かべたが、何も言わず視線を後部座席へと向けた。
アリアンは窓に寄りかかり、暮れかけた景色を虚ろな目で追っていた。
その瞳は焦点を結ばず、思考はどこか遠い場所をさまよっていた。
その空気を切り裂くように、前席の炎が口を開く。
低く、しかし一切の甘さを許さない声だった。
「イアンを止める。それは避けられない。」
アリアンがはっとして顔を上げる。
目に浮かぶのは怯えと戸惑い。
「どうして……そこまでしなくちゃいけないの?」
炎は前方を見据えたまま、平板な声で告げた。
「奴は諦めない。こちらが手を引いても、奴は手を引かない。お前は……ただイアンの娘というだけで巻き込まれた。」
アリアンの喉が詰まり、胸が早鐘を打つ。
頭では理解できても、心がそれを拒絶していた。
炎は一瞬だけ言葉を切り、少しだけ声を落とした。
だがその響きは、逆に重みを増していた。
「だが誰がそれをやるかは、別の問題だ。」
ルームミラー越しに彼女を見据える視線があった。
その緑の瞳には、ほんのわずかだが柔らかさが滲む。
「誰がやったとしても――それを許すのか、憎むのか、決めるのはお前だ。」
「だが覚えておけ。その人間は後悔しない。それはお前や、皆が生きるためだ。」
車内が張り詰める。
それを破るように、カルマが振り返った。
その緑金色の目は優しさと鋭さを同時に湛えていた。
「今決めなくてもいい。
ただ忘れないで。お前がどう選んでも、支える奴は必ずいる。」
アリアンは目を見開き、すぐに伏し目がちになる。
唇を噛み、服の裾を握りしめた。
炎はルームミラー越しにその様子を見て、小さく息を吐くように言った。
「アリアン。」
ビクリと肩を揺らし、焦点を失った目で炎を見返す。
「俺の息子が最初に作った武器は銃だ。
娘は銃を捨て、刃を選んだ。」
淡々とした声が続く。
「お前は……何のためだと思う?」
アリアンは言葉を失った。
その問いが胸に深く突き刺さった。
声にならない嗚咽が喉を締め付けた。
彼の「息子」と「娘」。
ノックスとセレナの顔が脳裏をよぎる。
いつもそばにいた二人。
それぞれの選択も、痛みも――全て自分のためだった。
ノックスの静かな優しさ、セレナの不器用な守り方。
全部、彼らなりの愛だった。
なのに自分は――
父の愛を問うことばかりで。
「本当に愛してるの?」と何度も。
その答えを得ることが何よりも大事だと信じ込んでいた。
けれど、たとえイアンが「愛してる」と答えたとして。
だから何だというのか。
目に、涙がにじむ。
その言葉は現実を変えない。
セレナの痛みを消さない。
カルマや炎が抱えた喪失も、何もなかったことになどできない。
結局、自分は何を得たのか。
問い続けて、何が変わったのか。
車窓の外、黄昏の光が眩しく反射する。
アリアンの目はその光を追いながら、次第に空っぽになっていった。
――どうして、こんなに固執したのだろう。
――どうして、手放せなかったんだろう。
張り詰めた空気を、カルマが静かに破った。
「……分かってほしかったんだよ、エンは。」
その声は低いが、確かだった。
「お前を大事に思う人間を、裏切らないでほしかっただけ。」
アリアンの心臓がズキリと痛む。
顔を上げようとしたが、カルマの瞳を見られなかった。
その瞳は、あまりにも真っ直ぐで、温かかった。
「……ごめん。」
かすれるような声だった。
けれどそれは、今のアリアンに絞り出せる唯一の言葉だった。
炎は何も言わず、ただ前を見つめ続けた。
アクセルを少し踏み込み、車の速度が上がる。
その声は低く、重い決意を滲ませた。
「……イアンは、おそらく学院を狙っている。」
カルマの眉が動き、鋭い光が宿る。
「……アリアンを囮にしたってこと?」
炎の瞳は冷たく光る。
「本人が誘いに来たんだ。ほぼ間違いない。」
カルマは吐き捨てるように言った。
「時間がない。」
夜が本格的に降りてくる中、車は沈黙のまま加速を続けた。
橙色の残光は、もうすぐ完全に闇に飲まれようとしていた。




