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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十三章

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選び (9)

 夕焼けがオレンジ色に燃え、公道を斜めに射す光が車体に長い影を落とした。

 車は広い道をひた走る。

 だが車内は、走行音以外に音がなかった。


 助手席のカルマは黙ったまま、モニターに映る座標を確認していた。

 点滅するのは自分たちの現在位置。

 それを見て、小さく息を吐き、口元にかすかな笑みを浮かべたが、何も言わず視線を後部座席へと向けた。


 アリアンは窓に寄りかかり、暮れかけた景色を虚ろな目で追っていた。

 その瞳は焦点を結ばず、思考はどこか遠い場所をさまよっていた。


 その空気を切り裂くように、前席のエンが口を開く。

 低く、しかし一切の甘さを許さない声だった。

「イアンを止める。それは避けられない。」


 アリアンがはっとして顔を上げる。

 目に浮かぶのは怯えと戸惑い。

「どうして……そこまでしなくちゃいけないの?」


 エンは前方を見据えたまま、平板な声で告げた。

「奴は諦めない。こちらが手を引いても、奴は手を引かない。お前は……ただイアンの娘というだけで巻き込まれた。」


 アリアンの喉が詰まり、胸が早鐘を打つ。

 頭では理解できても、心がそれを拒絶していた。


 エンは一瞬だけ言葉を切り、少しだけ声を落とした。

 だがその響きは、逆に重みを増していた。


「だが誰がそれをやるかは、別の問題だ。」


 ルームミラー越しに彼女を見据える視線があった。

 その緑の瞳には、ほんのわずかだが柔らかさが滲む。


「誰がやったとしても――それを許すのか、憎むのか、決めるのはお前だ。」


「だが覚えておけ。その人間は後悔しない。それはお前や、皆が生きるためだ。」


 車内が張り詰める。

 それを破るように、カルマが振り返った。

 その緑金色の目は優しさと鋭さを同時に湛えていた。


「今決めなくてもいい。

 ただ忘れないで。お前がどう選んでも、支える奴は必ずいる。」


 アリアンは目を見開き、すぐに伏し目がちになる。

 唇を噛み、服の裾を握りしめた。


 エンはルームミラー越しにその様子を見て、小さく息を吐くように言った。


「アリアン。」


 ビクリと肩を揺らし、焦点を失った目でエンを見返す。


「俺の息子が最初に作った武器は銃だ。

 娘は銃を捨て、刃を選んだ。」


 淡々とした声が続く。

「お前は……何のためだと思う?」


 アリアンは言葉を失った。

 その問いが胸に深く突き刺さった。

 声にならない嗚咽が喉を締め付けた。


 彼の「息子」と「娘」。

 ノックスとセレナの顔が脳裏をよぎる。

 いつもそばにいた二人。

 それぞれの選択も、痛みも――全て自分のためだった。


 ノックスの静かな優しさ、セレナの不器用な守り方。

 全部、彼らなりの愛だった。

 なのに自分は――


 父の愛を問うことばかりで。

「本当に愛してるの?」と何度も。

 その答えを得ることが何よりも大事だと信じ込んでいた。


 けれど、たとえイアンが「愛してる」と答えたとして。

 だから何だというのか。

 目に、涙がにじむ。


 その言葉は現実を変えない。

 セレナの痛みを消さない。

 カルマやエンが抱えた喪失も、何もなかったことになどできない。


 結局、自分は何を得たのか。

 問い続けて、何が変わったのか。


 車窓の外、黄昏の光が眩しく反射する。

 アリアンの目はその光を追いながら、次第に空っぽになっていった。


 ――どうして、こんなに固執したのだろう。

 ――どうして、手放せなかったんだろう。


 張り詰めた空気を、カルマが静かに破った。

「……分かってほしかったんだよ、エンは。」


 その声は低いが、確かだった。

「お前を大事に思う人間を、裏切らないでほしかっただけ。」


 アリアンの心臓がズキリと痛む。

 顔を上げようとしたが、カルマの瞳を見られなかった。

 その瞳は、あまりにも真っ直ぐで、温かかった。


「……ごめん。」

 かすれるような声だった。

 けれどそれは、今のアリアンに絞り出せる唯一の言葉だった。


 エンは何も言わず、ただ前を見つめ続けた。

 アクセルを少し踏み込み、車の速度が上がる。

 その声は低く、重い決意を滲ませた。


「……イアンは、おそらく学院を狙っている。」


 カルマの眉が動き、鋭い光が宿る。

「……アリアンを囮にしたってこと?」


 エンの瞳は冷たく光る。

「本人が誘いに来たんだ。ほぼ間違いない。」


 カルマは吐き捨てるように言った。

「時間がない。」


 夜が本格的に降りてくる中、車は沈黙のまま加速を続けた。

 橙色の残光は、もうすぐ完全に闇に飲まれようとしていた。

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