選び (8)
アリアンはその場に立ち尽くしていた。
目の前で繰り広げられる光景が、胸を締め付けるように痛かった。
カルマが火炎を纏って魔獣を切り裂く姿。
そして、その奥に立つ父の、あまりにも冷たい眼差し。
心が引き裂かれそうだった。
「お父さん……どうして……こんなことをするの?」
声は震え、涙がにじんだ。
言葉にした瞬間、喉が詰まりそうになった。
イアンは面倒そうに視線を向ける。
「アリアン、まだ分からないのか。
私はお前とセレナのためにやっている。
お前たちが本当の自由を得られるように。」
「自由……?」
アリアンの声は震え、瞳には涙が光った。
首を振り、ついに頬を伝う涙をこぼした。
「その“自由”は……他の人を苦しめてまで手に入れるものなの?
本当に私たちのことを思ってるの?」
イアンの目は一切動じず、冷たい声が返ってくる。
「理解する必要はない。
いずれ結果が証明する。
私が正しかったことを。」
「証明だと?」
カルマの声が響いた。
魔獣の群れを切り裂きながら火炎を纏い、跳躍して姿を現す。
背後で赤い炎が竜のようにうねり、空気を震わせた。
「イアン、それがお前のやり方か。
綺麗事で自分の罪を覆い隠すつもりか。」
言い終えるより早く、カルマは再び地を蹴った。
両手に火炎の長刃を生み出し、イアンめがけて一直線に飛び込む。
魔獣が立ちはだかるも、その一振りごとに灼熱の閃光が迸り、肉を焼き灰に変えた。
イアンは鼻で笑うと、片手を軽く上げた。
黒い光が収束し、分厚い魔力の盾がカルマの刃を受け止める。
そして反撃のように魔力を放出し、カルマを数歩吹き飛ばした。
「今度は引かない。
お前がエンにしたこと、ソレイアを奪ったこと、全部返してやる。」
カルマは空中で体勢を立て直し、緑金色の瞳を鋭く光らせた。
再び炎の刃を構え、イアンを睨みつける。
だが、その瞬間。
「だから言っただろ。
お前はすぐ熱くなる。」
平坦だが芯のある声が、戦場の空気を裂いた。
カルマの動きがぴたりと止まる。
驚愕と共に、その声を探して目を向けた。
「……エン?」
暗がりの中からゆっくりと歩み出てきたのは炎だった。
機械仕掛けの符紋装置が脚部で小さく駆動音を立て、光が瞬いた。
その表情は冷静そのもの。
イアンは皮肉げに口角を歪めた。
「おや、これはまた賑やかに。
もう二度と立ち上がれないかと思っていたが。」
「“英姿”を見せてくれるのか?」
炎は一切表情を変えない。
「言い合いをしに来たんじゃない。
今日はシンプルだ。
――二人を連れて帰る。」
イアンの目が細まり、嘲笑が深まる。
「連れて帰る?
五年前に出来なかったことが、今なら出来るとでも?」
炎は無言で手元の銃を持ち上げた。
ゆっくりとマガジンを入れ替える。
乾いた装填音が鳴り、場の空気が張り詰めた。
その仕草を、アリアンは息を呑んで見つめた。
その落ち着き、迷いのない動作に、一瞬だけ胸がざわめいた。
イアンの指先に黒い魔力が渦巻いた。
「不可能を可能にする気か?」
低く吐き捨てるように言い、闇色の矢を数本放つ。
それは破空音を立てて一直線に炎を射抜かんとする。
だが炎は、ただ無言で引き金を引いた。
轟音が空気を裂き、撃ち出された弾丸が魔力の矢とぶつかる。
爆光と煙が弾け、地面には深い裂け目が刻まれた。
イアンの姿は黒煙に紛れたかと思うと、すぐに横手へと瞬間移動し、
今度は黒い長剣を生成し炎に斬りかかる。
炎は符紋装置を駆動させ、流れるように身を逸らしつつ、逆手に銃を向けて数発連射した。
弾丸は震動を伴い、黒い盾を砕き割る。
イアンはわずかに押し返され、目を細めた。
「小細工だ。」
吐き捨てるイアンの周囲の地面が再び割れ、魔獣が咆哮を上げて這い出す。
「またそれか。」
カルマは舌打ちし、火炎を纏って地を蹴る。
巨大な炎の刃が魔獣を一閃し、焼け焦がした肉片が崩れ落ちる。
炎は静かに銃口をイアンに向けたまま、冷たい声で呟く。
「……霧化か。」
黒煙が周囲に溶けるように広がり、イアンの気配が掻き消える。
カルマはわずかに目を見張り、声を詰まらせた。
「消えた……?」
炎の視線はその残響を追うように冷たく走る。
「偽物だ。本物はもう学院を狙いに行った。」
その言葉にカルマの顔色が変わる。
「っ、あの野郎……!」
炎はすでに背を向け、歩き出していた。
「行くぞ。」
カルマは悔しげに奥歯を噛みしめ、背後を振り返った。
そこには、ただ立ち尽くすアリアンの姿があった。
涙で濡れた目で、震える唇を噛みしめ、動けずにいる。
カルマは小さく嘆息し、荒っぽく手を伸ばした。
「何してんの、来な!」
その声にアリアンは小さく肩を震わせた。
目を見開き、カルマを見て、そして炎の背中を見つめる。
胸がきつく締め付けられるようで、言葉が出なかった。
それでも、カルマの手に引かれるまま、一歩を踏み出した。




