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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十三章

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選び (6)

 アイデンは資料をもう一ページめくり、声を少し抑えた。


「セレナのケースは少し特殊だ。彼女は君たちの娘として、ノックスとは全く異なる力を受け継いでいる。それをイアンは察知していた。だからこそ、心臓移植を利用してセレナの力をアリアンに移そうとした。」


 エンの眉がわずかに動き、その声は冷たく沈む。

「……結果は?」


 アイデンは首を横に振った。

「失敗だ。セレナの力はむしろ深く潜った。その影響で髪の色も変わり、今の黒髪のセレナになった。そしてアリアンには、何の能力の兆しもなかった。イアンの計画は潰えたが、爪痕だけは残した。」


 カルマが小さく鼻で笑い、皮肉を込めて言う。

「命を弄んだくせに、自分の計画すらまともに完成させられなかったってわけだ。」


 アイデンは少しの間黙り、低い声で続けた。

「単なる失敗って言葉で片付くものじゃない。セレナもアリアンも、身体にはイアンの痕跡が残っている。それがこれから先も、彼女たちに影響を及ぼし続ける可能性がある。」


 エンは椅子に深くもたれ、目を細めた。

「……今できることは、あの男の影から二人を解放する手助けをすることだな。ちゃんと、自分の選択をできるように。」


 カルマは小さく息を吐き、目に鋭い光を宿す。

「イアンの計画は潰えた。それなら、奴が仕込んだ伏線なんか全部潰してやればいい。」


 アイデンは頷きつつも、静かに付け加える。

「ただ……完全にその影響を断ち切るには時間が要る。特にアリアンの場合、彼女自身が自分の価値を築けるように支えていかないと、イアンの影は心から消えない。」


 エンは視線を外の窓に向けたまま、低く呟いた。

「……何にせよ、まずはイアンを始末する。それからだ。」


 しばし、室内を重い沈黙が満たした。

 その中でカルマがスクリーンのデータをじっと見つめ、ふと目を細めた。


「……ちょっと待って。」


 エンとアイデンが同時に彼女を見る。

 カルマはアリアンの診断画像を指し示し、ゆっくりと呟いた。


「アリアンの“魔力反射”特性……つまり、彼女の身体が魔力を自然に拒絶して弾き返すなら……導脈内に残った干渉魔力も排斥できる可能性があるんじゃない?」


 彼女の指先がスクリーンの特定のポイントを叩く。

 声は徐々に確信を帯びたものになる。


「もしその特性を媒介にして、ノックスの中の異物魔力を外に引きずり出すことができれば……侵襲的な導脈手術なんかしなくて済むかもしれない。」


 アイデンが一瞬驚いたように黙り、すぐに真剣な目になる。


「つまり……アリアンとノックスを一時的に魔力リンクさせる?」


 カルマは頷く。


「彼女の“拒絶”を誘導する形で、外部からの磁場のように干渉させる。魔力を彼女に流し込むんじゃなく、彼女の“反発特性”を使ってノックスの中の異質魔力を崩すんだ。理論上は可能だと思う。」


 エンが低く尋ねる。

「リスクは?」


 カルマは率直に答えた。

「まだ分からない。アリアンの体質が特殊すぎる。ただ、もし制御できれば、ノックスにとっては無理やり排除するより安全だ。」


 アイデンは真剣な顔で頷いた。

「分かった。データを再構築してシミュレーションを回す。」


 カルマも短く「うん」と答えたあと、目を細めて窓の外を見つめた。

 声は低く、けれどどこか希望を帯びていた。


「もしこれで……アリアン自身が“変わるきっかけ”をつかめるなら。あの男の影を、自分で振り払えるかもしれない。」


 エンはカルマをじっと見つめた。

 何も言わなかったが、その瞳にはかすかな光が宿っていた。

 まるで、まだ残された道を見ているように。


◆ ◆ ◆ 


 夕陽が学院の長い通りを暖かな橙色に染めていた。

 石畳には長い影が交差し、まるで静かな絵画のようだった。


 アリアンは鞄を背負い、小さな足音を立てながら寮へ向かって歩いていた。

 一日中の授業で身体は重く、俯いたままの視線はどこか虚ろで、頭の中ではまだ授業の細かい内容がぐるぐると回っていた。


「お嬢様。」

 柔らかい声が前方から響いた。

 ひんやりした夕方の空気を切り裂くように、けれどどこか懐かしい響きだった。


 アリアンは足を止め、顔を上げた。

 街角に立つ一人の女性が目に入る。

 深い色のコートをまとい、穏やかな笑みを浮かべたその横顔を、夕陽が優しく縁取っていた。


 ――ヘレンだった。


 アリアンは目を瞬かせ、信じられないように声を漏らした。

「どうして、ここに……?」


 ヘレンは一歩近づき、変わらぬ柔らかな眼差しを向けた。


「学院にいるって聞いて。お顔を見に来ました。お嬢様、元気にしていらっしゃいますか?」


 アリアンは一瞬言葉を失った。


 ヘレン――数年前、あの家にやって来たばかりの頃から、混乱した日々の中でわずかな温もりをくれた人。

 今も変わらぬ穏やかな口調で、ただ家族の話をするように語りかけてくる。

 その何気ない優しさが、逆に胸を強く締めつけた。


「……大丈夫。元気、だよ。」

 声はかすれ、喉が乾くような感覚に襲われた。

「わざわざ……私に会いに来たの?」


 ヘレンはそっと頷き、穏やかな微笑みを浮かべた。

「はい。でも……実は、もうひとつお伝えしたいことがあって。」


 声を少し落とし、そっとアリアンに近づく。

 その表情は真剣さを帯びていた。


「旦那様は……本当にお嬢様を案じていらっしゃいます。どんなことがあっても、お嬢様は一番大切な娘だと、いつも口にされていました。」


 アリアンの瞳がかすかに揺れる。

 下ろした手が無意識に鞄の紐を強く握りしめた。


“お嬢様”と呼ばれるその響きが、遠い記憶を引きずり出す。

 幼い頃、優しく抱き上げられたこと。物語を聞かせてもらった夜。

 だけど――


 セレナのことを思い出した。

 父のした数々の行い。血で染まった光景。

 その思いが津波のように押し寄せ、今しがた感じたぬくもりを容赦なく打ち消した。


「……本当に、彼が私を大切に思ってるって思うの?」

 声はわずかに震えていた。抗うような響きが混じる。


 ヘレンは微笑みを崩さず、しかしその目は真剣だった。

「旦那様なりのやり方はあったかもしれません。でもお気持ちは変わっていません。ずっと後悔されていました。もっと愛してあげたかったって。」


 彼女の声は低く、柔らかいが、確かなものを伝えようとしていた。

「ただ、もう一度だけ。会ってお話ししてほしいって。それだけなんです。」


「……もう一度。」

 アリアンは小さく呟き、目線を落とした。


「お嬢様。」

 ヘレンはそっとアリアンの手を包み込むように握った。

「許せとは言いません。ただ……会ってほしいんです。今すぐでなくてもいい。どうか考えてみてください。」


 アリアンは唇をぎゅっと噛んだ。

 心の中の天秤がゆっくりと傾いていくのを感じながらも、それを正面から見つめる勇気が出なかった。


 ヘレンはポケットから小さな紙片を取り出し、そっと差し出した。

「これは連絡先です。会いたくなったら、ここに来てください。」


 アリアンは一瞬ためらい、でも結局はそれを受け取った。

 何も言わずにポケットへしまい、か細い声で絞り出した。


「……考える。」


 ヘレンは優しく頷き、少しだけ安堵したように微笑む。

「ありがとうございます。」


 そのまま一歩引いて、夕暮れの街角に立ち尽くした。

 アリアンが背を向けて歩き出すのを、静かに見送る。

 彼女の背中が橙色の光に溶け、やがて長い通りの向こうへ消えていった。

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