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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十三章

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選び (4)

 カルマの声が、ノックスが階段を上ろうとしたその時に響いた。

「……あんたの魔力の流れ、ちょっとおかしいよ。」


 ノックスの足が止まる。

 だが振り返らずに、淡々と答えた。


「平気だ。ただの疲れだ。」


「嘘つき。」


 カルマは変わらぬ平静な声で、しかし鋭さを帯びていた。

 椅子を軽く回し、手で背を叩くように示す。


「座れ。ほら、こっち向け。」

 その口調は柔らかいのに、有無を言わせない圧があった。


 ノックスはわずかに逡巡したが、結局素直に近づき、椅子の背に体を預けた。

 顔を伏せたその仕草は、普段と変わらぬ無駄のない抑制。


 カルマはゆっくりと彼の上着をめくり、腰から背中にかけての肌を露わにする。

 指先が彼の左腰のあたりをなぞった。


 そこには肌とほとんど同じ色で溶け込むような、細く深い暗赤の筋が走っていた。

 翼の根にまで食い込むように刻まれたそれは、外傷ではなく、魔力経路そのものに走った裂け目。


 普段は目立たないが、魔力の流れが滞る今は赤く熱を帯びていた。

 カルマが小さく息を吐く。

「……この傷。」


 ノックスは答えず、うつむいたまま。

 食いしばった顎がわずかに震え、白くなった指先が椅子を握り込む。


 その時、机上のノートPCからアイデンの声が落ち着いた調子で割り込んだ。

「セナは外傷の処置をしていたが、そこまでは気づいていないようだ。」


 エンが目を細め、低い声で問う。

「……どういうことだ。」


 カルマは一度モニターを見やり、声を落ち着かせて説明を始める。

「別にセナの落ち度じゃない。これは人間には出ないタイプの傷だよ。」


 指でノックスの翼根を軽く押さえながら、視線は真剣だ。

「この辺り——導脈の交差点で翼根の節点。魔族にとっては魔力流の心臓みたいなもん。ここを大きく損傷すると、全身の魔力循環にダイレクトに影響する。」


 声を低くしつつも、今度は優しく手を当てる。

「……翼、広げてみな。状態を見せて。」


 ノックスは喉を詰まらせるように一度息を飲み込む。

 そしてゆっくりと魔力を流し始めた。

 だがそれは途切れ途切れで、割れた水脈を通すように不安定だった。


「……っ!」

 翼膜が無理やり伸びると同時に、カルマが両手で根を押さえ魔力の流れを整える。


 だがノックスの体は反射的に痙攣し、額に汗が滲む。

 椅子の背を握る指は白く変わっていた。


 それでも何とか翼が広がる。

 震えて、荒ぶる獣のように今にも崩れそうに見えた。


 カルマは指先に魔力を集め、導脈を探るようにゆっくり触れる。

 長い沈黙の後、やっと小さく息を吐いた。


「……理屈上はもう癒着も終わってる。副翼骨の再生も進んでるし、致命傷は残らない。」


 しかし、眉をひそめたまま指を深い節点に沿わせる。


「でも、この裂け目は……おかしい。普通の切り傷じゃない。導脈に異質な魔力の痕が刻み込まれてる。」


 ノックスは顔を伏せたまま、わずかに眉を寄せた。

 カルマは声を落ち着けて続ける。


「つまり、あんたの体だけじゃ排除できない。魔力が自己修復しようとするたびに、この異物を弾こうとして痛みが走る。」


 エンが短く問う。

「放っておくと?」


 カルマの声が少し重くなった。

「この異物が導脈に定着して、魔力流そのものを阻害する構造を作る。そうなったら、基礎魔力制御すら難しくなる。」


 手を離し、軽く肩をすくめるように言った。

「今ならまだ大丈夫。若いし導脈の柔軟性もある。今からしばらく魔力出力を止めて、体に追い出させればなんとかなる。」


 ノックスは静かに息を吐き、魔力を引いて翼を消す。

「……分かった。」


 低く答えると、服を整え、無言で階段へ向かっていく。


 部屋には短い静寂が落ちた。

 カルマはその背中を見送りながら、指先で軽くカップを叩く。

 その目は少し陰を帯びていた。


 やがて、カルマはぽつりと呟いた。

「……あいつ、あんたに似てるね。何でも一人で抱え込むところ。」


 エンは返事をせず、茶をゆっくりと回した。

 その沈黙は肯定とも否定とも取れた。


 カルマは小さく笑い、肩を揺らした。

「冷たいよね、あんたも。全部理屈で考えて、感情なんて二の次。」


 エンは視線を上げず、ただ低く言った。

「……お前が一番知ってるだろ。」


 カルマは鼻で笑い、カップを口に運んだ。

 目はまだ、ノックスが消えた階段の方をじっと見つめていた。

 それは未来を思うようでいて、同時にどこか遠い過去を見ているようだった。


◆ ◆ ◆ 


 時はゆっくり流れ、あっという間にまた一週間が過ぎた。

 学院の日常は何も変わらず動き続けていたけれど、アリアンにとってはどこか静かすぎるくらいの時間だった。


 ノックスが休学してから、生活の中で大きなものが欠けたような感覚があった。

 でもそれが何なのか、うまく言葉にできなかった。


 その日、放課後の訓練場。

 武器の手入れをしていたカスパを見つけ、アリアンはなんとなく近づいた。

 カスパは顔を上げて手を振る。


「お、アリアン。今日はどうしたの、珍しいね?」


 アリアンは近くのベンチに腰を下ろし、軽く微笑んだ。


「別に……ただの通り道。」

 目は彼の手元の武器を追いながらも、どこか上の空だった。


 カスパは刃を布で拭きつつ、軽い調子で話を続けた。

「そういえばさ、ノックス休学したんだって? アリアンなら知ってるかと思ってた。」


 その言葉に、心臓が小さく跳ねた。

 けれど顔は崩さずに、あくまで無関心を装う。


「……何も聞いてない。ただ、研究に集中したいんじゃない?」


 カスパは肩をすくめて笑った。

「まあね。せっかく馴染んできたのに、すぐ休学とはな。でも、もうすぐ冬休みだし大差ないか。なんか先に休みに入ったみたいで羨ましいわ。」


 アリアンは何も返さず、視線を落として地面を見つめたままだった。

 カスパはその様子をちらりと見て、手を止めた。

 声の調子を少しだけ変える。


「……仲良かったじゃん。冬休み中に遊びに行けば? みんなで集まればいいさ。」


 アリアンはゆっくり顔を上げ、作り笑いを浮かべた。

「考えとく。」


 カスパは一瞬黙ったが、すぐに刀を鞘に収め、軽く肩を叩く。

「ま、ただの提案。気が変わったら声かけろよ、俺も連れてけ。」


「……うん。」

 小さな声で返し、アリアンは立ち上がった。

 気楽そうな会話を装ったその時間が、逆に息苦しく思えた。


 訓練場を出た後も、胸の奥はざわついたままだった。

 ノックスがいないことを「大したことない」と思いたかったのに、カスパに言われたせいで変に意識してしまう。


 もうすぐ冬休み。学院の空気は少しずつ浮き立ち、周りはどこか開放的になっていくのに、アリアンの心は置いてけぼりのようだった。


 学院内を歩く途中、不意にノックスの姿を見た気がした。

 赤い髪、落ち着いた背中。

 慌てて近づくと、そこには誰もいない、静かな廊下があるだけだった。


 その距離感が、いやに現実味を帯びて胸を締めつけた。

 たとえ再会しても、何を話せばいいのか分からない。

 見えない壁が少しずつ大きくなっていくようで、不安が膨らむのに、理由を探すこともできなかった。


 もうすぐ冬休みだというのに、周りが楽しげになればなるほど、自分だけが取り残されていく気がした。

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