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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十三章

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選び (3)

 セレナは椅子に座ったまま、膝を抱え、指先で顔の横に垂れる髪をいじった。

 赤い瞳が月光に反射してわずかに光る。

 そして、ほとんど皮肉のように薄く笑った。


「……冷たいね、ノックス。」

 声は小さいが、言葉の端に鋭い刃が潜む。

「確かに、現実的な答えではある。けど、どうしてそこまで自分を軽く見れるの?」


 少し体勢を変え、長い髪がさらりと肩を滑り落ちた。

 その視線は鋭く、まるで心を抉るようだった。


「自分だけは安全圏にいる“傍観者”だって言いたいんだろうけど……アリアンの気持ちやお前の行動は、そんな単純な理屈で割り切れるものじゃない。」


 ノックスはセレナの言葉に反論するでもなく、怒りも見せなかった。

 むしろ、さらに静かに落ち着いた表情になる。


 ゆっくりと立ち上がり、バルコニーへ向かう。

 夜風が肩をかすめ、ひやりとした感触に思わず肩を震わせた。


 振り返ったノックスの緑の瞳は、月光を映して澄んでいた。

 しかし、その奥には深く固い決意が潜んでいる。


「自分勝手なのは分かってる。でも……事実だろ。」

 声は低く抑えられていたが、確信を伴っていた。


「人間の感情は複雑すぎて、俺には絡まった糸みたいだ。ただ一つ分かるのは、お前があの子の家族だってことだ。」


 言葉を区切って、少しだけ声を和らげる。

 だがその意志は変わらない。


「彼女が俺を憎むならそれでいい。構わない。でも、お前は違う。お前がそばにいないと、あの子は立ち直れない。」


 セレナは無言で、椅子の肘掛けを指先でコツコツと叩いた。

 その音は鈍く、ゆっくりとしたリズムで感情を抑え込むようだった。

 しばらくして視線を上げると、赤い瞳が月光を反射し、ぼんやりと光る。


 小さくため息をつき、低い声を落とした。

「……簡単に承諾はできない。でも、考えてはみる。」


 そしてまた目を夜空へと向けた。

 その深さに自分の迷いを溶かすかのように。


 ノックスはそれ以上何も言わなかった。

 バルコニーに立ったまま、冷たい風を受けている。

 しかし、その風ではこの部屋に満ちた重たい空気を払い去ることはできなかった。


 セレナはゆっくりと椅子から立ち上がる。

 その動きは夜の黒鳥のように静かでしなやかだった。

 バルコニーへ歩み出ると、月光が彼女の長い黒髪を淡く照らし出し、煙のように柔らかな輪郭を描く。


 手を欄干に置き、ふと後ろを振り返る。

 赤い瞳が闇の中で微かな火を灯したように煌めいた。


 その時、ノックスの低い声が背後から響いた。

 小さいが、はっきりと届く声だった。


「……お前も、俺の姉さんだ。」


 セレナの動きが止まった。

 背中を向けたまま、わずかに硬直する。

 数秒の沈黙の後、そっと小さく頷いた。


 言葉はなかった。

 そのまま身を翻し、欄干を越えて夜の空気へと跳び下りた。

 黒髪が夜風に翻り、闇へと溶けていくように姿を消す。

 着地の音もなく、その気配すらも静かに消えていった。


 そして一階の窓辺。

 カルマが壁に体を預け、ぼんやりとその方向を見上げていた。

 月明かりが赤い髪をやわらかく照らし出し、その横顔に淡い影を落とす。


「……こんな時間に、何をやってんだか。」

 軽く息を吐くように呟く声は、少し気だるげで、それでいてどこか含みがあった。


 去っていったセレナの方向を一瞥し、カルマはゆっくりと家の中へ戻る。

 その髪が月光を受けて、流れるような光を描き、何事もなかったように静かに消えた。




 朝。

 カーテンの隙間から差し込む陽光が、一階のダイニングテーブルを柔らかく照らしていた。


 ノックスは目をこすりながら階段を下りてくる。

 すでにテーブルにはカルマとエンが座っていた。

 カルマは脚を組み、手には熱いコーヒー。

 ノックスに気づくと、だらりとした笑顔で手を振った。


「朝メシ、食べる?」

 気だるげな声で問いかける。


 ノックスは軽く頷き、空いている席に腰を下ろした。

 カルマはコーヒーを啜りながら、じっとノックスを観察して、ニヤリと眉を上げる。

「おいおい、その服……制服じゃねーじゃん。学校行かないつもり?」


 ノックスは自分のラフな服を見下ろし、向かいのエンに目をやった。

「……少し、休学できるか? 研究に集中したい。」


 エンは画面を見たまま、すぐには返事をしなかった。

 そしてゆっくりと、ノートPCの画面を軽く動かす。

 そこに映っていたのは、アイデンの顔だった。


「……聞こえたな、アイデン。」


 ノックスは一瞬だけ驚いた顔をした。

 スクリーン越しのアイデンはメガネを押し上げ、口元に薄い笑みを浮かべる。


「いいだろう。こちらで手配する。」


「……ありがとう。」

 ノックスは短く礼を言って立ち上がろうとした。


 だが背後から、エンの静かな声が飛ぶ。

 その声は穏やかでいて、奥に鋭さを含んでいた。


「イアンは近いうちにまた冥域の霊を狙うはずだ。決着の時期も近い。……昨夜、何を話した?」


 ノックスの足が止まる。

 わずかに体が硬直し、ゆっくりと振り返る。

 再び席に腰を下ろし、じっとエンを見た。


 その深い目に驚きの色をにじませる。

「……やっぱり、知ってたのか。」


 エンは答えず、茶を口に運ぶだけだった。

 だがその無言の重さが、すべてを物語っていた。


 カルマは楽しげに肘をつき、顎を乗せたまま視線を向ける。

「ふふん。隠し通せるとでも思った? あんた昨日の音、結構派手だったよ。」


「……で、話せ。」

 エンの声は変わらず穏やかだが、その眼差しはノックスを逃さない。


 ノックスはしばらく黙っていた。

 指先でテーブルを軽く叩くように押さえ、深く息を吐く。

 視線をエンに向けたとき、その目にはわずかな戸惑いと葛藤が揺れていた。


 不意に、昨夜のセレナの赤い瞳が脳裏に浮かぶ。

 冷たく、鋭く、そしてどこか疲れたような決意を秘めた目。


 ……エンの目も同じだ。

 深く、静かで、しかし過去を背負った重さがある。


 そして気づく。

 セレナは自分の「姉」だけじゃない。

 両親の娘であり、アリアンの妹であり——もっと大きな何かを背負っている。

 その重さを、自分は理解していなかった。


 胸がきゅっと締め付けられる。

 やっと絞り出した声は、少しかすれていた。


「……意見は……一応はまとまった。でも、完全に一致したわけじゃない。」


 エンはじっとノックスを見つめる。

 沈黙が続く。

 ノックスの指先がテーブルをそっと叩く音だけが響く。


 カルマがニヤリと笑い、頬杖をついたまま小さく吐き捨てる。

「“まとまった”ねえ。要はどっちも譲らなかったってことじゃん。ノックス、ほんと優しいよね。」


 エンは視線を落とし、茶を見つめたままぼそりと呟いた。

「……最終的な結果を決めるのは、話し合いじゃなくてお前たちの行動だ。」


 その言葉が落ちた瞬間、空気が少しだけ重くなる。

 ノックスは目を伏せ、眉をわずかに寄せた。

 胸の奥がざわりと波立つ。


 小さく頷き、何も言わずに椅子を引いた。

 ゆっくりと階段へ向かう背中は、どこか重たかった。


「……おい、ノックス。」

 カルマの声が、不意に背後から響いた。

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