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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十三章

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選び (2)

 深夜。

 ノックスはベッドに横たわりながら、疲労に覆われた体とは裏腹に、頭の中は荒れる海のように波立っていた。

 何度も寝返りを打ち、腰の古傷がじくりと痛む。

 皮膚の下に走るあの亀裂はまだ癒えきっていない。時折、焼けつくように疼いて「まだ終わってない」と告げてくるようだった。


 小さく息を吐き、起き上がる。

 その時、隣の書斎から微かな物音がした。

 何かがそっと机に触れるような、小さな音。


 ノックスは眉をひそめ、ゆっくりと体を起こした。

 ベッド脇の上着を手に取り、肩にかけながら足音を殺して書斎へ向かう。


 ドアを押し開けると、窓が開け放たれ、夜風と月光が差し込んでいた。

 白い月光が部屋の中央を照らし、そこにぽつんと置かれた椅子が浮かび上がる。


 椅子にはセレナが座っていた。

 膝を抱えて、長い黒髪を肩から垂らし、わずかに揺れる。

 顔は腕にうずめていて、表情は見えない。

 聞こえるのは、ゆっくりとした規則正しい呼吸音だけ。


 まるで何かの答えを待っているように、あるいは世界そのものから逃げるように——動かない。


 ノックスはしばらくドアの前で黙って立ち尽くした。

 月光に照らされる彼女の髪を見て、その静けさと冷たさを感じる。


 そして、背中の痛みが少し和らぐのを覚えた。

 治ったわけじゃない。ただ、同じようにこの夜に孤独を抱えている誰かがいると分かったからだ。


 やがて小さく口を開いた。

 少し皮肉を込めた軽い声。


「ここ、自分の家だろ。ドアから入ればいいのに。」


 セレナはゆっくりと顔を上げ、頬にかかる髪を払いのける。

 薄い笑みを浮かべ、平坦な声で答えた。


「まだ、その時じゃない。」


 ノックスは肩をすくめて部屋に入る。

 近くの椅子を引き寄せて腰を下ろし、まっすぐにセレナを見た。


 今度は真面目な口調になる。

「……アリアンのこと、だろ。」


 セレナはすぐには答えなかった。

 目線を外に向け、夜空をじっと見つめる。

 表情は相変わらず落ち着いていたが、その瞳の奥で何かが揺れていた。


 その沈黙こそが、ノックスには答えだった。

 小さく息を吐き、手を組んで膝に置いた。


「ちょうどいい。こっちも話がある。」


 視線を送ると、セレナはゆっくりと顔を戻し、わずかに首を傾けて続きを促した。

 言葉はなくても「話せ」という合図だった。


 月光が静かに差し込む書斎は、無言のまま緊張を孕んだ空気に包まれていた。

 夜風がカーテンを揺らし、冷たさを運んでくる。

 だがその冷気以上に、二人の間にあるものは重かった。


 ノックスはまっすぐセレナを見据え、低く、だがはっきりと言った。


「俺がやる。」


 セレナはわずかに眉を動かす。

 その小さな反応を、月光が鋭く切り取るように瞳を光らせた。


 何の話か、もちろん分かっていた。

 イアンをどうするか——誰がその手を汚すか。


 それでも、意外だったのだろう。

 少し間を置いて、ゆっくりとした声で切り返した。


「……一番関係ないのは、あんただよ。」

 その声は冷たくもなく、ただ静かで、核心を突くようだった。


 イアンがみんなに与えた傷。

 それはセレナにもアリアンにも深く刺さっている。


 でもノックスは——直接は何も奪われていない。

 彼だけは、傍観者でいられるはずだった。


 その意味を、セレナはちゃんと分かっていて、そのまま言葉にしたのだった。


 ノックスはすぐには答えなかった。

 右手の親指で、自分の左腰を軽く指し示す。

 声は落ち着いていた。


「俺だって、あいつに刻まれたものを忘れられない。」


 セレナは小さく笑った。

 それは冷たさというより、見抜いたような、馴染んだ笑いだった。

 頬杖をついて首を傾け、鋭い視線を向ける。


「でも分かってるでしょ? イアンに翼を折られたって、あんた自身、私たちほど重いとは思ってない。」


 ノックスの口元に苦い笑みが浮かぶ。

「その通りだ。だからこそ俺がやる。俺が動けば、一番傷が浅く済む。」


 その声には決意が宿っていた。

「それに……アリアンは絶対に、お前にだけはやってほしくないだろ。自分の“妹”にそんな役を背負わせたくないはずだ。」


 セレナはじっとノックスを見つめた。

 赤い瞳が月光を反射し、彼の姿を映し出す。


 ノックスの表情は穏やかで、だが奥に沈んだ決意が滲んでいた。

 復讐心じゃない。ただ、自分を刃にする覚悟だった。


 セレナの口元にわずかな冷笑が浮かぶ。

 声は低く、しかし鋭い。


「……ノックス。本気でそれでアリアンの痛みを軽くできると思ってる?」


 少し身を起こし、長い黒髪が肩を滑る。

 視線は真っ直ぐ、逃げ場を与えない。


「彼女はあんたが手を下したって楽になんかならない。むしろ、あんたを許せない自分を責め続けるだけだ。」


 ノックスは眉を寄せ、何か言いかけたが、セレナは間を与えなかった。

 声がさらに鋭さを増す。


「分かってないね、アリアンの気持ち。あんたがやるって決めたところで、彼女はただ苦しむ。どんな形でも自分を責める。それがあの子なんだよ。」


 ノックスは言葉を失ったように目を伏せた。

 しばらく沈黙が落ちた。


 外からは風が木の葉を揺らす音、そして時計の針が刻むわずかな音だけが聞こえた。

 月光は静かにセレナを照らし、彼女の輪郭を冷たく浮かび上がらせる。

 やがてノックスは低い声で呟いた。


「……逃げてるわけじゃない。」


 ゆっくりと顔を上げ、セレナを見つめ、そして視線を夜空へと移す。


「セレナ。俺とアリアンは違う種族だ。俺は悪魔で、彼女は人間だ。生きる時間が違う。」


 その声は冷たく、感情を押し殺した響きだった。

「俺にとって彼女は……ただの通過点に過ぎない。」


 その言葉は、部屋に重く落ちた石のようだった。

 ノックスは再びセレナを見た。

 感情を削ぎ落としたような声で続ける。


「彼女が俺をどう思ってるのかは分からない。だけど俺は違う。重要なのはお前と彼女の関係だ。お前たちは家族だろ。それさえ壊れなければ、俺がいなくてもアリアンは生きていける。」

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