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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十三章

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選び (1)

 アリアンはそっとドアを押し開けた。

 部屋の灯りは消えていて、窓の外の月明かりだけがかすかに室内を照らしている。


 目に入ったのは、ベッドにだらしなく横たわるセレナの姿だった。

 黒髪が乱れて広がり、赤い瞳が月光を受けてほのかに光っている。


「セレナ!」

 アリアンは慌てて駆け寄り、彼女の体を隅々まで目で追った。

「大丈夫? 怪我したの? それとも具合悪いの?」


 セレナはゆっくりと寝返りを打ち、薄く笑みを浮かべた。

「そんなに焦らないで。平気だよ。……ほら、あれ見て。」


 指差した先には、ベッド脇に置かれた鞄と小さな袋。

 中には見慣れた服や、いくつかの私物が顔を覗かせていた。


「……これ、私の?」

 アリアンは一瞬呆けたように見つめ、すぐに目を見開いた。

「えっ、まさか……帰ったの?」


 セレナは小さく頷き、頬杖をついて横目で彼女を見た。

「お前に必要だと思ったから、取ってきた。」


 アリアンの顔色がさっと変わる。

 声も少し強くなる。


「ちょっと、正気? 今あそこに戻るなんて危険すぎるでしょ。もし父さんの手の者に捕まったら——」


「捕まるわけないでしょ。」

 セレナはあっさりと言い、伸びをして見せた。

 その軽い口調が、逆に答えを濁しているようにも思えた。


「そんなの……」

 アリアンは言葉を詰まらせ、悔しそうに唇を噛む。

「こんなののために、命懸けることないのに……」


 セレナは小さく笑った。

 瞳に少し意地悪そうな光を宿しながら、からかうように言う。

「でも、お前、喜んでる顔してるよ?」


 アリアンはハッとして視線を落とした。

 袋の中には、着慣れた古い服、よく使うノート、そしてベッドサイドに置いていた小さな飾りまで入っていた。


「……別に、こんなことしなくてもよかったのに。」

 声はだんだんと弱くなり、瞳にも複雑な色が滲む。


 セレナは横を向いたまま、小さく微笑んだが、それ以上何も言わなかった。

 そのまま目を閉じ、眠る準備をするように息を整える。

 あるいは、アリアンの目を避けるためだったのかもしれない。


 アリアンはそんな彼女を見つめ、ゆっくりと鞄を下ろした。

 ベッドの縁に腰を下ろし、指先でシーツをなぞりながら視線を落とす。

 言葉にできない感情が胸の奥を渦巻いていた。


 セレナは片目を薄く開けて、赤い瞳を向けた。

 月光を受けてわずかに光るその視線は、じっとアリアンを観察するように動かない。


「……何考えてんの?」

 声こそ出さないが、そんな問いかけが込められているようだった。


 アリアンはその視線を感じながら、何も言えずに俯いたまま動かない。

 月明かりの下、二人の間に小さくて重い沈黙が落ちていた。


 アリアンがゆっくり顔を上げ、セレナと視線を交わした瞬間、胸が小さく震えた。

 赤い瞳はどこか決意を宿しつつも、深い疲労が滲んでいて——(エン)を思い出させた。

 何も言わなくても、内心を見透かすようなあの眼差し。


「セレナ……本当に、自分の手で……父さんを止めるつもりなの?」

 アリアンはかすれる声で問いかけた。


 セレナは一瞬だけ黙ったが、目を逸らさずに小さく頷いた。


「それしかない。」

 その言葉は淡々としていたけれど、強い意志がにじんでいた。


 アリアンの呼吸が詰まり、胸が苦しくなる。

 指先が無意識にシーツを握りしめ、関節が白くなる。


「でも……あの人は、私の父親なんだよ……。何をしたって、それは変わらない。」

 その声は震え、ほとんど自分に言い聞かせるようだった。


 セレナの目がわずかに揺れる。

 分かっているのだ、どれほど残酷なことを言っているかを。

 イアンがどんな罪を重ねても、アリアンにとっては切り離せない「親」であることを。


「分かってる。」

 セレナの声はいつになく低く、穏やかだった。


「でも、あの人は『父親』である以上のことをしてきた。お前も、全部見たろ。友達に、周りの人に、そして……お前自身に何をしたか。」


 少しだけ言葉を切り、息を飲むように続けた。

「それは、許しちゃいけないことだ。」


 アリアンの肩が震え、首を振った。


「分かってるよ……でも、憎めないんだ。何をされても……父親だから……」

 声が途切れ、涙が頬を伝った。

 愛情と理屈がぶつかり合い、どうしても解けない痛みが胸を刺す。


 セレナはじっとその様子を見つめ、目を細めた。

 自分がやることは、アリアンの世界を壊す。

 たぶん憎まれる。

 でも、止めなければ終わらない。

 それだけは分かっていた。


 しばらく黙っていたセレナは、そっと目を閉じ、息を整えた。

 そしてゆっくり体を動かし、アリアンのそばに寄る。


 ベッドが小さく沈み、アリアンは気づいたが、顔を上げなかった。

 次の瞬間、セレナの腕が後ろからそっと肩を抱きしめる。

 長い黒髪がアリアンの胸元に垂れ、ひやりとした感触が肌をかすめた。


 アリアンは小さく息を呑み、でも抵抗せず、握りしめていたシーツから手を離した。

 ただ俯いたまま、そのぬくもりを感じていた。


「……ごめん。」


 セレナが低く、ほとんど耳元で吐息のように囁く。

 言い訳じゃない。ただ、どうしようもない言葉だった。


 アリアンの肩が小さく震え、唇を噛んだまま涙がこぼれる。

 分かってる、謝らなくていいって。

 でも、止められない。


「言わないでよ、そんなの……」

 声が震え、掠れていた。

「分かってるけど……分かったって、痛いのは変わらないよ……」


 セレナは何も返さなかった。ただ、腕に少しだけ力を込めた。

 その温度だけが、二人を繋ぎ止めていた。


 月明かりが静かに差し込む中、二人は寄り添って座り込んでいた。

 どちらも何も言えずに、ただ互いの体温を感じ合う。


 黒い髪がアリアンの胸元に絡みつき、彼女の涙を吸い込むように揺れていた。

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