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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十二章

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断章 (6)

 ノックスは瞬きをし、じっとアリアンの顔を見つめた。

 彼女の中に隠された感情を探るように。

 心の中で思いを巡らせた。――身体検査の結果のことだろうか。それとも、イアンをどう受け止めればいいか分からなくなっているのか。


 彼女をイアンから救い出すために自分たちが選んだ危険な策。

 アリアンがイアンに抱く微妙で深い感情は、ノックスには完全には理解しきれないものだった。


 だが今、この場に立つ彼女の姿は、その全てを物語っていた。

 小さく縮こまり、服の裾をぎゅっと握りしめて、どう言葉にすればいいかも分からずに。


 ノックスはそれを見つめ、胸の奥が痛んだ。

 これはただの「場所を変える」だけの話じゃない。

 イアンとの分離は、アリアンにとって世界そのものの再構築を意味する。

 信じてきたもの、当たり前だと思っていたものがすべて壊れ、作り直されようとしている。


 だからこそ、彼は言葉を選び、優しく、けれど真剣に問いかけた。

「……身体検査のことを気にしてる? それとも……イアンのこと?」

 一拍置いてから、さらに続けた。

「……それとも、あの人を離れてから、全部が変わっちまった気がするのか?」


 アリアンは返事をしなかった。まだ顔を伏せたまま、考えているようだった。

 ノックスは黙って彼女を見守った。

 その沈黙は無意味じゃない。

 それはきっと、迷いながらも答えを探すための時間だった。


 ノックスは吊り帯で支えられた自分の左腕を一瞥し、無意識に苦い気持ちが胸を過った。

 直感で分かっていた。父はきっとアリアンに何かを告げたのだろう。現実を直視し、自分の立場を選ばなければならない――そんな残酷な話を。


 彼女の迷いは、もはやイアンへの依存だけが理由ではない。

 目の前の人々とイアンの対立、その間に立つ自分をどうするのか――その問いに向き合わされているのだ。


 ノックスは思い出していた。

 アリアンを救うためにセレナが選んだ危険な計画、自分も迷わずそれに加担し、自ら危険に身を置くことを選んだ。

 それでも今、彼女は選ぶことのできない苦しみの中にいる。


「アリアン。」


 低く落ち着いた声で言った。

 その声音は優しく、だがどこか探るようだった。


「……もしかして不安に思ってる? もし俺たちが本当にイアンと戦うことになったら……どちらの側に立つべきかって。」


 アリアンはその言葉を聞いて、ふっと顔を上げた。

 そして意外にも、笑い声を洩らした。

 その笑みは澄んでいるようで、しかし苦みが滲んでいた。


「どうして……いつもあなたには全部見透かされちゃうんだろうね。」

 声は震えていた。


 心の奥を隠そうとするように。

 ノックスはその笑顔を見つめながら、決して気持ちを軽くすることはできなかった。

 視線を伏せ、考えがどんどん遠くへ漂っていく。

 いざその時が来たなら――イアンと正面から対峙しなければならないその時、

 きっと何もかもが、今のように単純では済まされない。


 セレナか、自分か。

 誰かが決意しなければならない。

 それは決して後戻りのできない選択――

 ためらいなく「排除」を遂行する者が必要だ。


 ノックスの胸が重く沈んだ。

 それが現実だと理解していた。

 誰もそれから逃れることはできない。

 だが、アリアンにとっては――

 その現実はきっと、耐えがたい痛みになるだろう。


 イアンがしたことは、決して許されるものではない。

 自分たち家族にした残虐な行為、そして実の娘にまで手をかけたこと。

 それでもアリアンは、彼への想いを断ち切れずにいる。


 ――もしその時が来たら、

 彼女は自分たちをどう見るのだろう。

 憎むだろうか。

 もう二度と許せなくなるのだろうか。


(……多分、それなら。)


 ノックスは指先をそっと握り込み、心の奥底でそっと決意を刻んだ。

 もしその日が来たなら――

 自分がその手を汚す役目を負うと。


 セレナには、この汚れを背負わせたくない。


(……アリアンが許せないなら、それでいい。)

 心の中で静かに言葉が流れた。

(俺一人を憎めばいい。)


 そのとき、アリアンの声が彼の考えを引き戻した。


「ノックス……また何か考え込んでる?」

 少し呆れたような声音に、わずかな優しさが滲んでいた。


 ノックスは顔を上げ、彼女の目を見つめた。

 そして淡い笑みを浮かべる。


「いや……何でもない。ただ……どうすればお前がこんなに不安にならずに済むのかなって考えてただけ。」

 口調は柔らかく軽いが、胸の奥の重さは消えなかった。


 アリアンは一瞬きょとんとし、やがて少し疲れたように笑った。


「……心配しないなんて無理だよ。でも、みんなあんなに強いんだもん。私も置いていかれないようにするしかない……少なくとも、これ以上足を引っ張らないように。」

 そう言いながら、ふとノックスの腰元を見つめ、その視線が止まった。


「……翼の傷……あの時……痛かった?」


 ノックスはわずかに目を伏せた。

 すぐには答えられなかった。


「……大丈夫だよ。今はもう痛くない。」

 声はかすかに震えた。


 だが胸の奥では、刃が翼骨を裂く痛みがまだ生々しく蘇っていた。

 魔力を無理やり剥がされる、あの底知れぬ恐怖と苦痛が。


 アリアンはそれ以上何も問わず、ただ俯いたまま、震える声で呟いた。

「……私、止められなかった……」


 ノックスは何か言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。

 今この場で続ける話じゃないと分かっていた。

 彼は小さく息を吐き、そっと告げる。


「……アリアンはもう十分頑張ってる。無理に全部背負わなくていい。」


 アリアンは顔を上げ、少しぎこちない笑みを浮かべた。

「……うん。」


 それ以上、二人は何も言わなかった。

 ただ沈黙がゆっくりと重みを失い、わずかに空気が和らいでいく。


 ノックスはしばし考えを巡らせていた。


 ――この問題は一度棚上げしたにすぎない。


 決着は必ずつけなければならない。

 視線を訓練場の片隅へ向ける。


 やがて来るそのときに、何を決意すべきか。

 セレナともきちんと話し合わなければならない。


「……これからどうする?」

 アリアンの声が彼を現実に引き戻す。


 ノックスは穏やかに笑みを返した。

「もう終わりだ。お前も休んだ方がいい。」


「……分かった。無理はしないでね。」

 アリアンは小さく手を振り、静かに背を向けて歩き出した。


 ノックスはその背中を見送りながら、胸の奥でそっと誓った。

 ――どんな結末になろうと、この責任だけは自分が引き受けると。


- 第十二章 (完) -

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