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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十二章

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断章 (5)

 アリアンはノックスの背中を見送ったあと、訓練場にぽつんと取り残され、急に胸が締め付けられるような緊張を覚えた。

 静まり返った空間に、エンの低く落ち着いた声が響いた。


「アリアン。」


 アリアンはびくっとして背筋を伸ばし、まるで先生に指名された生徒のように緊張して答えた。


「はい!」


 エンはモニターから視線を外さず、冷静な口調で言った。

「これから起こることを、理解しているか。」


 アリアンは一瞬目を瞬かせ、眉を寄せた。

「これからのこと……?」


 エンの赤い瞳がゆっくりと彼女に向けられ、その視線は鋭く真っ直ぐだった。

「アイデンとの会話は聞いている。お前は、自分の父親――イアンに、ある種の依存をしているようだな。」


 アリアンは息を呑み、拳を強く握りしめた。唇を噛むが、すぐには返事ができなかった。エンの言葉の本当の意味が、すぐには掴めなかったからだ。

 エンは再び視線をモニターに戻しつつ、声を低く落とした。


「これから、俺たちはイアンと敵対する。戦いは避けられない。そのとき、ノックスもセレナも、お前の敵になるかもしれない。」


 アリアンの心臓が一気に締めつけられた。エンの言葉が鋭い針のように胸に刺さり、目を大きく見開いたまま、反論しようとしても言葉が詰まって出てこなかった。


「それを受け入れられるか。」


 エンの声は冷徹だったが、その奥底にかすかな苦悩が滲んでいた。まるで彼自身が、それを問いかけながらも警告しているかのようだった。


 アリアンは動けず、その場に立ち尽くした。エンの言葉はあまりにも重く、頭が真っ白になる。そんなこと、これまで考えたこともなかった。ノックスやセレナと、本当に戦う日が来るなんて――。


「わたし……」

 声が震え、喉が詰まってうまく続けられない。


「分からない……本当に、分からない……」

 彼女は無意識に衣服の裾をぎゅっと掴んだ。それはいつも彼女が不安を抑えるための癖だったが、今はその仕草さえ心を落ち着けることができなかった。


 エンの横顔をじっと見つめながら、胸の奥に複雑な感情が渦巻く。

 その目に一瞬だけ見えた、鋭さの裏に隠れた痛み。彼もまた、簡単に言えない重荷を抱えているのではないか――そんな直感が脳裏をよぎった。


「エンさん……」

 アリアンは恐る恐る声をかけた。か細くて、ほとんど聞き取れないくらいの声だった。

「……何か、伝えたいことがあるんじゃないですか?」


 エンはすぐには答えなかった。無言のまま、モニターの向こうを見つめていた。

 だがその声は、どこか遠くを思い出すように低く落ち着いていた。


「……言ったところで、意味があるとは限らん。」

 その声には静けさがあったが、隠しきれない疲弊もにじんでいた。


「だが覚えておけ。どんな選択にも、必ず代償がある。」


 アリアンは唇を噛み締め、彼の言葉の意味を測りかねたまま、それでも尋ねずにはいられなかった。

「……じゃあ、エンさんは? 昔は、どうやって選んだんですか?」


 その問いかけに、エンの瞳がわずかに揺れた。

 ゆっくりと彼女の方を向き、その瞳は深い夜のように暗く澄んでいた。


「昔の選択、か。」


 彼は小さく呟き、口元にかすかな弧を描いた。それは嘲笑とも、自嘲ともつかない複雑な表情だった。


「……あの頃の俺には、選ぶ権利なんてなかった。」


 そう言って視線を落とし、両手で車椅子の肘掛けを強く握りしめた。その指先に力がこもり、感情を無理やり押し込めるように。

 そしてもう言葉を継がなかった。ただ深い沈黙が、二人の間に落ちた。


 ちょうどそのとき、訓練場の扉が開き、ノックスの姿が現れた。

 彼は片手にタブレットを持ちながら歩み寄り、軽い口調で言った。


「アイデンが言ってた。データは全部もう入ってるってさ。設計図の取り残しはないって。」


 エンは顔を上げ、ノックスを一瞥した。声は相変わらず静かだったが、どこか疲れが滲んでいた。

「俺の勘違いだったかもしれん。」


 ノックスは二人の間に漂う空気の異変を敏感に察知し、足を止めて眉をひそめた。

「……今、何話してた?」


 エンは手を軽く振り、問いを制するように首を横に振った。

「気にするな。今日のところはもう終わりにしよう。俺は先に戻る。お前はここでアリアンと話してやれ。」


 そう言って、炎はゆっくりと車椅子を回し、夕暮れの光が差し込む出口へ向かって進んだ。

 その背中は、夕陽の陰影の中でどこか孤独そうに見えた。


 ノックスとアリアンは無言のまま、その背中を見送った。

 訓練場には機械の微かな駆動音だけが響いていた。

 ノックスはアリアンのそばまで歩み寄り、彼女のうつむいた顔を見つめ、眉を寄せた。


「……どうした? なんか悩んでる顔してるぞ。」


 アリアンはゆっくりと顔を上げ、ノックスの目を見返したが、喉が詰まったように言葉が出てこなかった。

 エンの言葉が頭の中で何度も反響した。


 ――『これから、俺たちはイアンと敵対する。戦いは避けられない。そのとき、ノックスもセレナも、お前の敵になるかもしれない。』


 目の前のノックスの顔は見慣れたはずなのに、今はどこか遠い存在のように感じられた。

 ――彼は自覚しているのだろうか。

 彼もまた、父を「排除する」役割を担う可能性があることを。


 そして自分は――それを受け入れられるのか。


 アリアンは唇を噛みしめた。必死にその思いを押し込めようとしたが、押し込めるほどにその不安と恐怖は鮮明になった。

 ノックスが父のもとで受けた苦痛を思い出す。あんな目に遭うべきではなかった――そう思うのに、なぜこんなにも複雑なのだろう。


「アリアン?」

 ノックスの声が優しく響く。そこには不安が滲んでいた。

「言いたいことがあるなら言えよ。」


 アリアンは首を横に振り、無理に笑みを作った。

「……何でもないよ。ただ……これからのことを考えると、ちょっと怖くて。」

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