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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十二章

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断章 (3)

 アリアンの頬を涙が伝った。彼女はかすれた声で尋ねた。

「じゃあ……セレナの力は……今もあるの……?」


 セレナは少し黙り込んだ後、ゆっくりとうなずいた。


「実験のせいで、完全には失われなかった。ただ、体はそのせいで損傷を負った。イアンにとって私は『価値が下がった』存在になったのよ。」


 彼女は短く息を吐き、記憶を追うように目を伏せた。


「だからこそ、私は隠れることができた。もう最優先のターゲットじゃなくなったから。」


 セレナはふとノックスを見た。眉をひそめ、不安そうに、そして悔しげに言葉を続けた。

「でも……イアンの目標はお前に移った。お前の力は、私たち二人を合わせた以上だと彼は考えている。」


 ノックスの胸が苦しく締め付けられ、低い声が漏れた。

「つまり……ずっと機会をうかがってたってことか。」


 セレナは唇を固く結び、重くうなずいた。

「そう。彼の計画は止まってなんかいない。ただ方向を変えただけ。お前の力は彼にとって最後のピースなの。」


 ノックスの拳が震え、声に抑えた怒りが滲んだ。

「そんな計画のために……お前たちを何度も……。」


 セレナはノックスを見つめ、苦しげに、しかし決意を込めて言った。

「だからこそ、止めなきゃいけない。絶対に、あいつの計画を止める。」


 アリアンの肩が小さく震え、涙声で絞り出した。

「ごめん……セレナ、私、何も知らなかった……。」


 セレナはゆっくりと手を上げ、そっとアリアンの肩に触れた。

 声は低く、しかし揺るぎない強さを帯びていた。


「それはお前のせいじゃない、アリアン。イアンの狂気をお前が背負う必要はない。私にとって、お前が生きてくれることが、何より大事なんだ。」


 部屋の空気が重苦しく沈んだその時、ずっと黙っていたアイデンがようやく口を開いた。

 低くゆっくりとした声が、張り詰めた空気を割った。


「……こうして話を聞くと、本当に重すぎる内容だな。セレナが受けた仕打ち……それにイアンの狂気じみた計画。エンとカルマにとっては、まさに悪夢だ。あの二人の娘がこんな目に遭っていたなんて……」


 彼は一度言葉を切り、メガネを軽く押し上げる仕草をした。その指先は、わずかに震えていた。

 アイデンの視線は部屋をゆっくりと巡り、やがて机の上に落ち着いた。


「どう説明すればいいのかも分からない。エンもカルマも、お前たちを守るためにどれだけ尽くしてきたか……それでも結局、こんな結果になってしまった。真実を知った時、あの二人がどう受け止めるのか……想像すらしたくない。」


 部屋は短い沈黙に包まれた。ただ、それぞれの呼吸音だけが微かに響く。


 セレナは少し表情を和らげ、低い声で言った。

「これは私たちの問題よ。あの人たちに、これ以上背負わせる必要はない。もう十分すぎるほどしてもらったんだから。」


 ノックスは目を伏せ、深く息を吸い込んだ。その指先は小さく震え、無意識に自分の腕を掴む。

 セレナはその仕草を見て、少し柔らかい声で続けた。


「ノックス、全部を自分で抱え込む必要なんてない。当時、私たちは子供だった。何もできなかったし、止められなかった。それはお前のせいじゃない。」


 ノックスはゆっくりと顔を上げ、セレナを見つめた。

 その瞳には葛藤と感謝が滲んでいた。かすれた声で、低く言う。

「分かってる……でも、やっぱり考えてしまう。もし、あの時……」


 セレナは首を振り、強い声で遮った。


「もしあの時、何ができたっていうの? 選択肢なんか最初からなかった。もう過去のことで自分を責めるのはやめて。今私たちが考えるべきなのは、これからどうするか。それだけよ。」


 ノックスは短く黙り、やがて小さく頷いた。

 その目はまだ深い影を宿していたが、わずかに解放されたようでもあった。


「……たしかに、逃げてばかりじゃいけないな。」


 セレナはその言葉にわずかに口角を上げた。ほんの一瞬だけの小さな笑みだった。

「そう。その通りよ。今のお前は、もう何もできなかった子供じゃない。」


 アイデンはメガネを押し上げ、わずかに苛立ちを滲ませた声で口を開いた。

「だが、今回のお前たちの計画は無謀すぎる。ノックスを囮にしてイアンの巣窟に乗り込むなんて、危険すぎる策だ。」


 セレナは鋭く睨み返し、冷たい声で返した。

「そっちだって同じでしょ? ノックスを前面に立たせて敵を引きつけたとき、あんたたちだって彼を囮にしてた。」


 アイデンの目が鋭く細まり、声も低くなった。

「だが、それは綿密に準備した上での配置だ。お前たちのような一か八かの特攻とは違う。昨日の作戦が失敗していたらどうするつもりだった?」


 ノックスは二人の間に漂う張り詰めた空気を断ち切るように、深く息を吐き、落ち着いた声で言った。


「もうやめろ。俺は自分が囮になるのを嫌だと思ったことはない。それは俺が選んだことだ。」

 その言葉は重く響き、争いかけていた空気をピタリと止めた。


 セレナは視線を落とし、一瞬の沈黙の後で小さな声を漏らした。

「……それでも、あんたが傷つくのを見たくない。」


 アイデンはため息をつき、視線を窓の外へ投げた。その横顔には疲れが滲んでいた。

「……とにかく、次の計画はもっと慎重に立てる必要がある。イアンは簡単に諦める相手じゃないし、次は絶対に失敗できない。」


 アリアンは少し逡巡しながら、意を決したように口を開いた。

「……それと。昨日の戦いで、私、父さんの攻撃を反射したの。私は力を継いでないって思ってたけど……あれは何か関係があるの?」


 セレナの眉がわずかに動き、意外そうな声を出した。

「言われてみれば……忘れてたわ。昨日は状況がぐちゃぐちゃで深く考えなかったけど、たしかに変だった。」


 アイデンは顎に手をやり、メガネの奥の目を細めた。

「重要な手がかりかもしれないな。アリアンのその反応は、心臓移植の影響が出た可能性がある。身体検査で何か分かるかもしれない。」


 アリアンは不安げに眉を寄せ、か細い声を出した。

「身体検査って……危ないことじゃないの?」


 アイデンは首を横に振り、少しだけ声を和らげた。

「心配いらない。基本的な検査だけだし、侵襲的なことはしない。それに、セレナにも受けてもらいたい。二人のデータを比較することで、この手術がどんな影響を残したかが分かるかもしれない。」


 セレナはしばらく考え、やがて肩をすくめた。

「別にいいわよ。検査したって減るもんじゃないし。あの実験が何を残したのか、はっきりさせられるならそれでいい。」


 アリアンはその返事を見て、小さく息を吐いて頷いた。

「……分かった。お願い、アイデン校長。」


 アイデンは軽く頷き、穏やかな声で告げた。

「分かった。準備が整い次第、すぐに連絡する。それまで二人とも休んでおけ。」


 アリアンとセレナは視線を交わし、セレナが無言で小さく頷くと、アリアンを促すようにして出口へ向かった。


 ノックスは二人の背中を見送ったあと、アイデンに向き直り、真剣な目で言った。

「アイデン、俺にも聞きたいことがある。父さんの足の符紋装置についてだ。」


 アイデンの眉がわずかに動いたが、すぐに考え込むような顔になる。

「……あの装置がどうした?」


 ノックスは静かに頷き、真っ直ぐにアイデンを見つめた。

「時間制限があって、使うたびに負担がかかってるのは分かる。けど、その仕組みを詳しく知りたい。研究させてほしい。」


 アイデンはじっとノックスを見つめ、その目に複雑な色を宿した。

 やがて、静かにメガネを押し上げて口を開いた。

「お前は……それで父親を助けたいんだな。」


 ノックスは一瞬言葉に詰まり、しかし迷いのない声で頷いた。

「そうだ。もしあれが父さんを蝕んでいるなら、どうにかしたい。見ているだけなんて、もう嫌なんだ。」


 アイデンの口元にわずかな笑みが浮かび、その声に柔らかさが滲む。

「……お前は本当に、立派になったな。分かった。装置の仕組みは複雑だが、資料をまとめておく。お前の怪我が少し落ち着いたら、研究を始めるといい。」


 ノックスは目を伏せて小さく息を吐き、それからしっかりとアイデンを見上げ、低く礼を言った。


「ありがとう、アイデン。」

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