断章 (1)
朝の光がカーテンの隙間から斜めに差し込み、部屋を柔らかく照らしていた。
アリアンはゆっくりと目を開け、まだ少しぼんやりした意識を取り戻す。頭を横に向けた瞬間、思わず声を詰まらせた。
セレナがフード付きのスポーツウェアを着たまま、猫のように丸くなって自分の隣で眠っていたのだ。
規則正しい寝息を立て、完全に熟睡しているようだった。
「セ、セレナ!?なんでここにいるの?」
驚いて勢いよく体を起こし、小さく叫んでしまう。
その声に反応するように、セレナが眉をひそめてゆっくり目を開けた。
彼女は眠たげに長いあくびをして、何事もなかったかのように言った。
「おはよう、姉さん。」
アリアンの顔が一気に赤くなり、言葉を詰まらせながら問い詰める。
「な、なんで私のベッドにいるの……!?」
セレナはまるで当然のように目をこすりながら、無頓着な口調で答えた。
「起こしに来たんだけど、あんまり気持ちよさそうに寝てるからさ。起こすのも悪いなって思って……そのまま私も寝ちゃった。」
そう言って、もう一度気だるげにあくびをした。
「そ、そんなのダメに決まってるでしょ!ここ私のベッドだよ!」
アリアンは信じられないという顔で抗議する。
だがセレナは肩をすくめて、まったく悪びれる様子もなく言い返す。
「ちょっと寝ただけじゃん、別にいいでしょ。ほら、さっさと起きて準備しなよ。今日はやること多いんだから。」
その飄々とした態度に、アリアンは大きくため息をつくしかなかった。
複雑な思いを胸に抱えつつも、結局は言われた通りに布団を出て、今日を始める準備を始めた。
アリアンとセレナは学院の廊下を並んで歩く。
借り物のスポーツウェアを着ているせいで、アリアンはどこか落ち着かない様子だった。
一方、セレナは軽い足取りで、何も背負っていないかのように歩いている。
アリアンは我慢できずに声をかけた。
「ねえ、セレナ、昨日のこと……」
だがセレナは振り返りもせず、歩みを止めることもなく、淡々と答えた。
「今はその話をする時じゃない。」
アリアンは口を噤み、不満そうに眉を寄せたが、結局はそれ以上追及しなかった。
二人はそのまま進み、やがて学院長室の前へとたどり着いた。
扉を開けた瞬間、アリアンの視線は中の様子に引き寄せられた。
デスクの向こうではアイデンが書類をめくっており、ソファにはノックスが無造作に座っていた。
ノックスは白いシャツを着て、袖を無造作にまくり上げていた。左腕は吊り包帯で固定され、右手首には包帯が巻かれている。
肩に引っかけた上着はずり落ちそうで、赤い髪は寝癖のように乱れ、口にはサンドイッチをくわえたままだった。
「ノックス!」
アリアンは思わず駆け寄り、心配そうに声を上げた。
「怪我、大丈夫なの?少しは良くなったの?」
ノックスは少し疲れたような目をしながらも、無理に笑みを作って答えた。
「大したことないよ。軽いヒビだし、見た目よりはマシだ。」
そう言って、吊った左腕を軽く持ち上げてみせ、わざとらしく軽口を叩いた。
だがアリアンは納得しないように顔をしかめ、彼の全身をじろじろ見てしまう。
包帯の隙間から覗く傷や、どこか痛みに耐えているような目の下の隈を見つけてしまい、思わず声を詰まらせた。
「もっとちゃんと休んでよ……そんなのじゃ、治るものも治らないよ。」
そのやり取りを見届けたセレナは、部屋を見渡してから入ってきた。
その目が探るように動いたのをアイデンは見逃さず、薄く口角を上げて言った。
「心配するな。エンとカルマはいない。外へ調査に出ている。」
セレナは一瞬だけ表情を止め、口を開きかけたが、結局何も言わずに視線を逸らした。
そしてソファの一角に腰を下ろし、腕を組んで壁を見つめる。無言で、だがその眼差しにはわずかな緊張が滲んでいた。
アリアンはというと、相変わらずノックスをじっと見つめていた。
ノックスはそんな彼女の視線を避けるように、わざとサンドイッチをかじる仕草をしてみせ、肩からずれかけた上着を直した。
本当は包帯の下よりも、誰にも見せられない翼の根が痛むことを、悟られたくなかったからだ。
アイデンは軽く咳払いをして、部屋に流れる気まずい沈黙を断ち切った。
「さて、どこから話すべきかな。アリアン、君の頭の中には夜空の星みたいに疑問がいっぱいだろう?」
アリアンは少しムッとしたように腰に手を当て、不満げに言った。
「そうよ!みんな何も説明してくれないし、結局どういうことなの?」
セレナはソファに斜めに寄りかかりながら、淡々と言った。
「簡単に言えば、私とノックスは双子。小さい頃に引き離されたの。」
その口調はあまりにも軽く、まるで他人事のようだった。
ノックスはその言葉に眉をひそめ、不満げに言い返した。
「兄妹だろ、正しくは。」
セレナは口元をわずかに釣り上げ、挑発するような視線を向けた。
「その未熟さで?どう見ても私が姉でしょ。」
言い終えると、二人は同時にアイデンの方を見た。まるで判定を求めるように。
突然注がれる双子の視線に、アイデンは頭をかき、少しうんざりしたようにため息をついた。
「えっと……別にどっちでもいいんじゃないか?そんなに重要な問題か?」
しかしその言葉で終わるかと思いきや、二人の視線は全く逸れず、むしろより真剣さを増していた。
アリアンはその様子を見て、思わず吹き出した。
「なんだか、今の二人、普通の兄妹みたいだよ。」
その一言に、少し張り詰めていた空気が和らいだ。
けれどもノックスとセレナは、どちらも視線をそらさず、頑なに自分の立場を譲ろうとしなかった。
アイデンは額を押さえ、小声でぼやいた。
「まったく、この一家相手は骨が折れるな……」
アリアンの笑い声も徐々に小さくなり、やがてその表情は複雑なものに変わった。
兄妹だと認め合う二人を見ていると、胸の奥に説明しがたい寂しさが広がった。
彼女はふと目を伏せ、声を絞り出した。
「二人が本当の家族なら……私は何なの?」
その言葉に、セレナの目がかすかに揺れたが、すぐに真剣な色を帯びた。
「アリアン、あんたは私の姉だ。それは変わらない。」
しかしその断言は、アリアンを安心させるどころか、逆に彼女の心をざわつかせた。
彼女は自分の手を見つめながら、低く苦しげに呟いた。
「いつもそう言うけど……本当にそう思ってる?いつも私を遠ざけて、何も話してくれないじゃない。今になって急に“姉”だなんて、そんなの……根拠あるの?」




