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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十一章

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覚醒 (8)

 アリアンは部屋の片隅に立ったまま、ノックスの言葉に耳を傾け、信じがたい衝撃を覚えていた。

 彼女の視線はセレナとノックスの間を何度も行き来し、まるで二人の会話の中から、自分が知り得なかった真実を見つけ出そうとするかのようだった。


「ソレイア……?」


 彼女はその名を小さく繰り返し、その瞳には困惑と戸惑いが浮かんでいた。

 セレナがこんな話を口にするのは初めてだった。「ソレイア」という名前さえ、まるで異世界の言葉のように、彼女の中に入り込んできた。


 セレナはその反応に気づいたが、眉をわずかにしかめただけで、すぐに無表情に戻った。

 そして、アリアンの方を見ず、冷ややかな声で言った。

「これはあんたには関係ない、アリアン。理解する必要も、関わる必要もない」


 その一言に、アリアンの胸に鋭い痛みが走った。まるで突き放されたような感覚。

 感情を抑えようとしたが、彼女の瞳には明らかな戸惑いと失意が滲んでいた。


「関係ないって……いつもそう言う。でも……あなたは私の妹でしょ?」

 アリアンは震える声で呟いた。

「少しくらい……知る権利があると思わない?」


 その言葉に、セレナはようやくアリアンの方へ視線を向けた。

 だがその瞳は、底知れぬ湖のように静かで、感情を読み取ることはできなかった。

 彼女は何も答えず、目をそらしてしまう。


 ノックスは二人の間に漂う緊張を察し、眉をひそめた。

 セレナが決して冷酷な人間ではないことを、彼は理解していた。

 それでも、彼女には簡単には語れない理由があるのだろう。


 その沈黙を破ったのはアイデンだった。彼は低く、しかし確信を持った声で問いかけた。

「つまり、やつの目的は単なる支配じゃない……完全に、お前たちの力を利用するつもりだったということか」


 ノックスは静かにうなずき、その声には冷たい響きが混じっていた。

「彼の言葉によれば……この力の潜在性は、我々が想像する以上のものだ。そして、彼はそのために長い時間をかけて準備していた」


 そう言って彼はセレナに目を向けたが、それ以上は口にしなかった。

 彼女の内面に踏み込むことは、今は避けるべきだと判断したのだろう。


 視線を戻し、ノックスは深く息を吸い、探るような口調で尋ねた。

「いつから、真実を知っていた? それに……どうして今になって、イアンを裏切る決断をした?」


 セレナの表情がわずかに陰り、目の奥に複雑な感情が浮かぶ。

 彼女は背筋を伸ばし、落ち着いた口調で言った。


「裏切り? 私は最初から、あの人に忠誠なんて誓ってない」

「私が見せていた『忠誠』なんて、ただ生き延びるための演技に過ぎない」


 そう語った彼女は、一度目を伏せ、思考を整理するかのように小さく息を吐いた。

 そしてもう一度、まっすぐにノックスを見つめる。


「私は自分が誰かを、決して忘れたことはない。私はソレイア。あの人に操られるセレナなんかじゃない」

 その言葉は、長年覆い隠されていた真実の仮面を剥がす刃のようだった。


 ノックスは彼女を見つめたまま、目を見開いていた。

 信じられないという感情と、内に潜む震えが混ざった表情。何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。


 アリアンもまた、その場に立ち尽くしていた。

 セレナの言葉は、雷鳴のように彼女の脳を打ち砕いた。


「ソレイア……?」

 またしても繰り返されたその名前。それは遠く、そして重い響きを持っていた。


 彼女の心には説明できない複雑な想いが渦巻く。困惑、動揺、そして……痛み。

 セレナは誰なのか? 本当に、今まで信じていた『妹』なのか?

 もし違うのだとしたら、今までの絆は……一体なんだったのだろうか。


 アリアンはセレナの背中を見つめたまま、問いを口に出すことはなかった。

 ただ唇を噛みしめて、心の奥に感情を押し込める。


「……それが、お前が動いた理由か?」

 アイデンがメガネを押し上げ、低く尋ねる。


 セレナは答えず、ただノックスに視線を移し、話題を逸らすように言った。

「今はこれを話している場合じゃない。次にどう動くかを決めるべきだ」


 ノックスはしばし二人の姉妹を見つめたあと、静かにうなずく。

「……ああ。今必要なのは感情じゃなく、計画だ」


 セレナも深くうなずき、強い意志を込めた声で言い放つ。

「彼の計画を暴き、二度と私たちの運命を操らせない。そのために、これからが本番よ」


 話が一区切りついた頃、ノックスの瞼は次第に重くなっていき、眠気が波のように押し寄せ、もはや意識を保つことができなくなっていた。

 彼の視線はセレナとアリアンの間を彷徨い、まだ何かを言いたげだったが、結局は小さく息を吐き、そっと目を閉じた。

 その様子に、他の者たちも自然と空気を読み、誰もノックスをこれ以上は煩わせなかった。


 最初に口を開いたのはアイデンだった。

 その声にはわずかな気遣いが滲んでいた。


「今夜はこれで終わりにしよう。しっかり休んで、続きは明日にしようか」


 ノックスは微かにうなずくと、そのまま深い眠りに落ちていった。

 セナは静かに布団を整え、ノックスの呼吸が安定していることを確認すると、そっと立ち上がり、以後の看護を引き受けた。


 アイデンはアリアンとセレナに目配せし、三人は無言のまま医療室を後にした。

 廊下には柔らかな灯りだけが灯り、その明かりが彼らの影を細く引き伸ばしていた。

 靴音だけが、静かな空間に響いていた。


 やがて、アイデンは曲がり角で足を止め、振り返ってセレナに問いかけた。

「セレナ、エンとカルマに会いに行くつもりはあるか?」


 セレナはわずかに眉をひそめ、しばらく黙考するように目を伏せた。

「今、会うの?」


「そうだ。きっと二人とも、君に会いたがっている」

 アイデンの声は穏やかだったが、その奥には深い思いが込められていた。


 アリアンは黙って二人のやり取りを見つめていた。少し驚いたように目を見開きかけたが、すぐに言葉を飲み込み、そのまま黙ってセレナの返事を待った。


 セレナは短く沈黙し、拳を無意識に握りしめた。指先が白くなるほどに力が入っていた。

 やがて、目を上げた時、そこには迷いを断ち切ったような決意が宿っていた――だが、その奥にはどこか突き放すような冷たさもあった。


「今は……ふさわしくない」

 その言葉は冷たく、曇りのない断言だった。

「他にやるべきことがある」


 アイデンはその返答を聞き、どこか納得したように目を細めた。まるで予想していたかのように。


「君の選択を尊重する。ただ、忘れないでくれ。いつか必ず向き合わなければならない。それは、逃げて済む話じゃない」


 セレナは一瞬だけ唇を動かしたが、結局何も言わず、背を向けて廊下の奥へと歩き出した。

「……時が来たら話すわ」


 アリアンはその背中を見つめ、胸に複雑な想いが渦巻いた。

 小さく呟くように、隣のアイデンに尋ねた。


「……どうして彼女、会いたくないの? 再会できたなら、嬉しいはずじゃ……ないの?」


 アイデンは黙ってセレナの消えていく方を見つめていたが、やがて低く、深い声で答えた。


「単純な嬉しさや悲しさで片付けられるようなことじゃないんだ。彼女には時間が必要なんだよ……今は、まだその時じゃないだけさ」


 アリアンはうつむき、まだ胸に引っかかる想いはあったが、それ以上は追及しなかった。

 そのままアイデンの隣に並び、静かに歩き出した。

 しばらくして彼女は口を開いた。声には困惑が混じっていた。


「アイデン……さっき父さんに攻撃された時、私は……咄嗟に体でかばったの。なのに、何ともなかった。逆に、父さんの魔力を跳ね返したみたいで……」


 彼女は足を止め、真剣な目でアイデンを見つめた。


「ねぇ……私の身体、一体どうなってるの? ちゃんと調べてもらえない?」


 その言葉に、アイデンは歩みを止め、ゆっくりとメガネを押し上げてから言った。


「検査を受けたい気持ちは分かるよ。でも以前も言ったように、学院の規則では保護者の同意が必要だ」


「でも今の状況じゃ……」

アリアンの声には切実な響きがあった。


「……まあ、今回ばかりは例外でもいいかもしれないな」

 アイデンはそう言って小さくうなずいた。

「明日、セレナと話をしてみよう。今の君にとって一番の保護者は、彼女だからね」


 アリアンはほっとしたように頷き、瞳の奥に感謝と不安が交差した。

 アイデンは彼女の疲れた表情を見て、少し柔らかな声で言った。


「今日はもう休みなさい。部屋はすぐに用意する。君とセレナ、二人分な」


「……ありがとう」


 アリアンは小さく呟き、再びアイデンと並んで歩き出した。

 知りたいことは山ほどあったが、今は心を落ち着ける時間が必要だと、彼女自身が一番わかっていた。


- 第十一章(完) -

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