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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十一章

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覚醒 (6)

 夜風が吹き抜け、三人の足音が静かな夜道に響いた。

 月明かりの下、彼らの影は細長く伸び、揺れながら重なり合っていた。


「……どこに行けばいいの?」

 息を切らしながら、アリアンが不安げに尋ねる。


 彼女の手はノックスの身体をしっかりと支えていた。ノックスの顔色は蒼白で、傷口から滲む血が月光を浴びて不気味に輝いていた。

 セレナはわずかに顔を横に向け、ノックスの様子を確認しながら眉を寄せた。


「学院へ。……あそこなら、まだ安全なはず。」


 そう言いながらも、ノックスの顔を再び見た彼女の胸には、鋭い痛みが走った。

 思い浮かぶのは、あの午後、ノックスと交わした言葉。


 ――『君のせいで、すべてが変わった。でも、私は……あの人を恐れたことなんてない。』


 あのとき、彼の態度はいつも通り冷ややかだった。

 けれどその言葉には、確かに揺るがぬ意志があった。


 セレナは胸の奥に浮かぶ感情を飲み込み、前を向いたまま足を進める。

 その背中越しに、小さく、それでも確かに届く声で語りかけた。


『ノックス……一芝居、打ってもらいたいの。』


 ノックスはわずかに眉をしかめ、訝しげに問い返す。

『芝居? 君は一体、何をしようとしてる?』


 セレナは一歩歩みを止め、振り返りざまに言葉を吐いた。

 その視線は冷たく、鋭く、決して揺らがなかった。


『イアンはあなたの力に目をつけた。そして、アリアンを駒として使ってあなたを罠に誘い込んだ。私は……その隙を突くしかなかった。』


『君が俺に、従ったふりをしろと言ったのは……そのためか?』

 ノックスの目が細まり、低く抑えられた声が返る。


 セレナの口元に、苦く歪んだ笑みが浮かんだ。

『私は……最初から、イアンに忠誠なんて誓っていない。私にとって大切なのは、アリアンだけ。彼女は……私の姉だから。』

『彼女をあの男の手から救うには、ああするしかなかった。……でも、それがこんな代償を生むなんて、思いもしなかった。』



 現在へと戻る。


 セレナの足取りはなおも速く、確かだった。

 けれど、その胸の奥には、自分自身への後悔が渦巻いていた。


 彼女は低く、小さな声で――それでもノックスには届くように――呟く。


「……ごめん。本当に、あそこまでされるとは思ってなかった。あなたにこんな傷を負わせるなんて……アリアンを助けたくて、それだけだった。でも、代償は……あまりにも……」


 ノックスは俯いたまま、何も答えなかった。

 アリアンはそんな二人を交互に見つめ、疑念に満ちた目を向けるが、沈黙を破ることはしなかった。


 セレナはやがて、遠くに見える学院の灯を見据えながら、決然と告げる。

「学院に着いたら、すぐにアイデンたちに連絡を。……もう、私たちに後戻りする道はない。」


 三人の影は月光の下で重なり合いながら、未来へと向かって走り続けていた。

 それはまるで、複雑に絡み合う運命の糸が、静かに、しかし確実に一つの結末へと導いているかのようだった。


 やがて、夜の闇の向こうに学院の輪郭がかすかに浮かび上がる。

 アリアンはノックスを支えながら、小さく励ますように声をかけた。


「もうすぐよ……もう少しだけ、頑張って……!」


 だがそのとき――空気が突然、重く淀んだ。

 まるで何か不吉なものが、その場を覆ったように。


 遠くの樹影の中、真紅に光る双眸が不気味に煌めいた。

 次の瞬間、闇から一頭の巨大な魔獣が、鋭い爪を振りかざして飛び出してきた!


「危ない!」

 セレナが即座に反応する。黒い閃光のように跳び出し、抜刀と同時に一閃。


 斬撃が夜空を裂き、魔獣の身体を見事に真っ二つに切り裂いた。血の飛沫が地面を濡らし、鉄のような匂いが周囲に立ち込める。


 だが、それで終わりではなかった。

 セレナの刀が沈黙したその瞬間、周囲の森の奥から、再び低く唸るような咆哮が響いた。


 次々と姿を現す、異形の魔獣たち。まるで待ち伏せていたかのように、彼らを中心に円を描くように包囲する。

 アリアンは顔を青ざめさせ、ぐらつくノックスを必死に支えながら叫ぶ。


「なんで……学院の近くに魔獣なんて……!」


 ノックスはかすかに頭を上げようとしたが、重傷のせいで言葉が出ない。ただ首を振り、アリアンに戦場から遠ざかるよう促す。


 セレナは周囲を睨みつけ、唇を噛みしめる。

「……やっぱりね。」


 この魔獣たちは、自然に現れたものではない。

 誰かが意図的にけしかけたのだと、彼女は即座に察した。


「私の後ろに隠れて!」

 そう叫ぶと、再び刀を振り抜く。


 彼女の動きは黒き影のようにしなやかで、速い。

 一太刀ごとに魔獣の咽喉を裂き、血飛沫を散らすが――数の暴力は容赦なく彼女を追い詰めていく。


 岩陰に身を寄せるアリアンは、焦燥と罪悪感に胸を詰まらせながらノックスに問いかける。

「セレナ一人じゃ、無理だよ……ノックス、何とかできるんでしょ……?」


 ノックスは震える息の中で答えた。


「……無理だ……体が……動かない……」

 怒りと悔しさに拳を握りしめる彼の目には、己の無力さへの憤りが浮かんでいた。


 セレナは魔獣を相手に戦いながら、ちらりと二人の方を振り返る。

 その視線に浮かぶのは、強い決意と……一瞬の焦りだった。


「誰も……通さない……絶対に!」


 だが、彼女の呼吸は次第に乱れていく。

 汗と血が混じった手で刀を握り、息を吸うたびに肩が揺れる。

 森の奥から、なおも新たな咆哮が近づいてくる。


「クソッ……!」

 セレナは低く呟き、血に濡れた刃を握り直した。


 このままでは、三人全員がここで力尽きてしまう――その恐れが現実味を帯びてきた、そのときだった。


 パンッ――


 乾いた銃声が夜を裂いた。続いて、一頭の魔獣が頭部を撃ち抜かれ、地に崩れ落ちる。


 さらに連続する銃声。

 それらの弾はすべて魔獣の急所を正確に貫き、無駄が一切なかった。


 セレナが反射的に視線を向けると、木々の間から一つの影が姿を現す。

 白銀の短髪が月光に照らされ、凛と輝いた。


「見つけたぞ。」


 エンは冷静な声でそう告げると、銃口をまだ下ろさず、後方に向かって呼びかけた。


「アイデン!」


 続いて、影の中からアイデンが姿を現した。

 彼は迷わずノックスのもとへ駆け寄り、その身体を支えて傷を確認する。


「……動けるか?」

 ノックスはかすかに頷く。息も絶え絶えながら、その目に意志の光が宿っていた。


 アイデンは素早く判断を下す。

「もう時間がない、今すぐ撤退するぞ。」


 セレナは一瞬、ノックスを見つめ、その後で静かに背を向けた。

「私は残る。こいつらは私が食い止める。」


「そんなのダメよ!」

 アリアンがセレナの腕を掴んで叫ぶ。

「一人でなんて……!」


「もう黙って!」

 セレナはその手を振り払い、鋭く言い切った。

「アリアン、あんたはアイデンと一緒にノックスを連れて行って。私はここに残る。」


 アイデンは鋭くエンに視線を向け、短く告げる。

「時間制限に気をつけろ。」


 そのままノックスを支え、学院へ向けて退却を開始する。


 セレナは刀を構え直し、迫りくる魔獣たちを睨みつける。

 その横で、炎が静かに言った。


「行くぞ。」


 月光の下、刀と銃が冷たく輝き、彼ら二人の前に咆哮が轟いた。

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