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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十一章

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覚醒 (4)

 イアンは背筋を伸ばし、手を一度だけ打ち鳴らした。

「この時間を、たっぷり楽しめ。」


 彼は額の前髪をかき上げ、露わになったのは眉骨まで斜めに走る深い傷跡だった。魔具か何かで斬り裂かれたような古傷――その痕跡は異様に鮮明だった。


「どうしてこうなったか、知ってるか?」

 その口調はあまりにも淡々としていて、まるで日常の一幕を語っているかのようだった。


 ノックスは答えず、ただ冷たい視線で彼を見据えた。彼は知らないし、知る必要もないと、自分に言い聞かせるように。

 イアンはその無反応に対して、冷笑を浮かべた。


「……お前がやったんだよ。」


 彼はそう言って、ノックスの腰骨あたりに指をあてる。ゆっくりと背中へ滑らせ、翼の根に触れる。

 その部分は一見、何の異常もない肌だった。しかし、その下には、まだ開かれていない“それ”が存在していた。


「お前が幼かった頃、この翼で俺の額を貫いた。――この傷が、その証だ。」


 イアンの指がごく僅かに力を込めると、ノックスの身体が反射的に震える。そこは、彼の中でも最も敏感な部分だった。


「ずっと気になっていたんだ。この翼がどんな仕組みで動いているのか、どんな可能性を秘めているのか。」


 言葉と同時に、イアンは腰から重たい装置を取り出し、手元の操作パネルに何かを入力した。


「今日は、その答えを見せてもらうぞ。」


 カチッという乾いた音。


 次の瞬間、地下室に濃密な魔力の波動が走り、床や壁に刻まれた符紋が深紅と蒼白の光を帯びて点滅する。空間そのものが軋むような圧力に包まれ、ノックスの胸を強く締め付けた。


「ッ……!」


 不意に、全く別種の魔力がノックスの体内に流れ込んだ。

 それは彼のものではなかった。冷たく、不純で、まるで異物のような感触だった。それが神経の奥深くにまで染み渡り、ひとつひとつの思考をねじ曲げていく。

 彼の全身が痙攣し、意識が浮き沈みを繰り返す。血の流れが逆転するような錯覚、息が詰まり、鼓動のひとつひとつが痛みとして響く。


 腰の奥から、何かが無理やり引き出される感覚。

 封じられていた翼が、ゆっくりと、そして苦しげに展開されていく。

 それは自分の意思ではなかった。まるで肉の奥から力ずくで引き裂かれるような、拒絶を無視した暴力的な展開だった。


 漆黒の翼膜が震える。その先端がかすかに明滅し、不安定な光が揺れる。

 彼の背にあるものは、本来ならば力の象徴であるはずだった。だが今は、未成熟のまま晒された弱点であり、内面の脆さの象徴となっていた。


「……面白いな。やはり、お前の翼は“ただの道具”じゃない。」

 イアンは低く呟きながら、じっとノックスの翼を見つめていた。


 ノックスの呼吸が乱れ、額から滴った汗が顎を伝って床に落ちた。吊るされた両腕は限界を迎えつつあり、背中の痛みが熱となって意識を蝕んでいく。


 翼は、魔力の侵入に抵抗していた。小さく、しかし確かに震え、折りたたもうとするように必死で縮こまっている。まるで、助けを求めているかのようだった。

 それは――彼の一部だった。自分自身の、どうしようもなく“魔族”である証明。


「お前の翼は、魔力だけで動いてるんじゃない。」

 イアンの声が耳元に低く囁かれる。


「意志と繋がってるんだ。だからこそ……それは、お前が“生きている証”なんだよ。」


 ノックスはその言葉に抗おうとしたが、声が出なかった。全身が痺れ、呼吸すらもままならない。意識は曖昧になり、黒い霧が思考を覆っていく。

 それでも、彼は意識を失うわけにはいかなかった。


 だが――

 イアンの手が、再び翼の端に触れる。


 まるで芸術品を扱うように、慎重に、そして残酷に指先で副翼骨をなぞる。

「繊細だな。どこまでなら壊れないか……試してみるか?」


 ノックスは奥歯を噛みしめ、身体中の筋肉が緊張で軋むのを感じた。


「……さあ、どうなるかな。」

 イアンの低い声が耳を打った。


 その時、ノックスの中で、何かが音を立てて砕けた。

 全身の感覚が一気に爆ぜ、視界が揺れる。背中を貫く感覚に、理性が追いつかず、彼はわずかに声を漏らしていた。


「……くっ……ぅあ……ッ……」


 イアンは満足そうに頷き、ノックスの顔を覗き込む。


「……まだ意識はあるな。やるじゃねぇか。」

 彼はゆっくりと立ち上がると、まるで作品を完成させた彫刻家のような目でノックスを見下ろした。


「でも、まだ足りない。……お前には、もっと面白い“部分”があるはずだ。」

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