祭り (9)
夜が静かに降り始め、学院内の照明が次々と灯されていく。
広場の特設ステージは夜用の装飾に切り替えられ、空中には柔らかな光球がふわふわと漂い、宵闇を幻想的に染め上げていた。
空気にはキャンディーや揚げ物の甘く香ばしい匂いが立ちこめ、青草と秋風の清涼さと混ざり合う。
生徒たちは思い思いに集まり、運動着や私服姿で夜のひとときを楽しんでいた。
中には特異種の生徒たちもいて、自前の光輪や耳飾り、グリッターのメイクで一際目を引いている。
そのとき、場内アナウンスが響く。
「まもなく、『後夜祭』が始まります。投票結果の発表もございますので、どうぞそのままお楽しみください!」
わっと歓声が上がり、広場の熱気が一層高まる。
広場の隅、ノックスとアリアンは並んで立っていた。
彼女の手には食べかけのたこ焼き、顔は走り回ったせいか、照明のせいか、少し赤い。
ノックスは白い運動シャツにジャケットを肩に掛けただけのラフな格好で、表情は静かだったが、賑やかな空気と隣にいる彼女の存在が、内心に小さなざわめきを生んでいた。
「これが……後夜祭か。」
ノックスはライトアップされたステージを見つめながら、ぽつりと呟く。
アリアンは竹串を口にくわえたまま、ぱちぱちと瞬きをしてから言った。
「うん、初めてでしょ?こういうの。」
ノックスは何も言わずに頷いた。
しばし沈黙が流れ、アリアンがふっと笑った。
「でも……こうして、たくさん人がいるのに、静かに隅っこで立ってるってのも、悪くないよね?」
ノックスはちらりと彼女を見て、小さく頷く。
そのとき、ステージのライトが点滅し、司会者が登壇すると、場内は一気に沸き立った。
「皆さん、お待たせしました!
いよいよ、今年の“学院プリンス&プリンセス”の結果発表です!」
歓声と拍手が巻き起こり、生徒たちは続々とステージ前に詰めかける。
アリアンはノックスの袖を引っ張りながら言った。
「ほら、前に行こ~。もしかしたら、あんたが受賞するかもしれないし!」
「……ありえない。」
「わかんないよ?」
彼女はいたずらっぽく笑いながら、ノックスの腕を引いて前へ進んでいく。
星のようなライトが、夜の空気の中に降り注ぐ。
その光は、青春という名の旋律を、静かに、しかし確かに奏で始めていた――。
「それでは――今年の“学院プリンセス”に選ばれたのは……ハンター科一年、セレナさんです!」
拍手と歓声が一気に広がる。観客席の前列ではハンター科の生徒たちがどっと湧いた。
しかし、ステージのスポットライトが向けられた先にセレナの姿はなく、司会者が一瞬戸惑ったような間を置いた後、続けた。
「……ですが、セレナさんはすでに帰宅されたようですので、賞の授与は後日、改めて行われます!」
場内からは少し残念そうな声が漏れる。
「そして、“学院プリンス”に選ばれたのは――特異科のカイルくん!」
再び大歓声。
カイルが堂々とステージに上がり、手を振りながら満面の笑みで応える。
黄金のメタルウィングが照明に照らされて眩しく煌めき、その姿はまるで空に舞い上がる王子のようだった。
「えっ? カイルなの……?」
アリアンは思わず声を漏らし、ステージで得意満面のカイルと、隣で無表情を保つノックスを見比べ、違和感に眉をひそめた。
そのとき、聞き慣れた声が横から割り込んできた。
「はあ~……惜しいな、ほんと惜しかった……」
カスパが仕事用のエプロン姿のまま、疲れきった顔で歩いてきた。呼吸すら整える気がなさそうな様子でぼそぼそと呟く。
「せっかくの完璧な演出だったのに……あんなに盛り上がったのに、まさか失格とは……」
「えっ? 失格? それって……」
アリアンが驚いてカスパを見た。
「うん、もうステージ降りたときには言われてた。」
ノックスが淡々と答えた。
「理由は――未報告の装置の使用、だってさ。」
カスパが疲れた顔で手を振った。「お前さ、いきなり翼とか開くなよ……こっちは『演出です!』って必死でごまかしたんだからな!」
だがノックスはふっと笑った。どこか納得したように、そして少しだけ感謝を込めた笑みだった。
「……たぶん、あれはアイデンが俺を守るために考えた措置だ。表向きの理由で、裏では助け舟だったんだと思う。」
「守る……って?」
アリアンが思わず問い返す。
「……あれは“普通の装置”じゃないからな。」
ノックスはそれだけ言って、説明は省いた。だがその一言だけで、アリアンもカスパも何かを察したように、静かに頷いた。
そのとき、ステージのライトが再び明滅し、司会者の声が響いた。
「それでは続いて――“今年のベストクラス賞”の発表です!」
観客席が再びざわめきに包まれる。
「受賞したのは――符紋科一年、“特異執事&魔女カフェ”の皆さんです!」
拍手と歓声が爆発した。
カスパはさっきまでの疲労感を一気に吹き飛ばし、驚きと歓喜に目を見開いた。
「えっ!? マジで!? うちのクラス!?」
「おめでとう、カスパ。」
アリアンがくすくすと笑いながら背中を軽く叩く。
「夢じゃないよな……これ……泣いていい……?」
カスパの目にうっすら涙。
アナウンスは続く。
「では、ベストクラス賞を受賞した符紋科一年の皆さんには、“今夜の後夜祭ダンス”のリードをお願いします!」
焚き火の周囲にライトが灯り、音楽が流れ始める。
空に浮かぶ光球がゆっくりと回転し、柔らかな旋律が校庭中に広がっていった。
「ほら! ノックス! 主役だぞ! いくぞ!!」
カスパが叫びながらノックスの手首を引っ張る。
「ノックス! 今日だけは断らせないよ~!」
アリアンも笑いながら反対側から手を取る。
両側から引っ張られながら、ノックスは訳も分からぬまま焚き火の中心へと連れて行かれた。
それでも、彼の表情にはかすかに笑みが浮かんでいた。
――それは、彼が初めて「学院の中にいる」と自覚した、確かな笑顔だった。
-第十章 (完)-




