祭り (7)
昼食後、ノックスはトレーニングウェアに着替え、普通科の活動エリアへと向かった。
彼が近づいたとき、ちょうどアリアンが活動教室の扉から顔を覗かせた。
手にはぬいぐるみの小道具を持ち、頬には少し絵の具がついている。ノックスの姿を見つけた瞬間、彼女は少し驚いたように目を見開き、それからぱっと笑顔になって駆け寄ってきた。
「来てくれたんだ! 午前の演目、見れなくて残念だったな……すごくカッコよくて、あと――ちょっと危なかったって聞いたよ?」
アリアンは軽快な口調でそう言いながらも、周囲をちらりと確認し、声を潜めてノックスに顔を近づけた。
「……ねぇ、バレるの怖くなかったの?」
ノックスは彼女を見て、いつも通りの無表情で答える。
「そのときは、そんなこと考えてなかった。カスパがすぐにフォローしたから、たぶん問題ない。」
「そっか……」
アリアンは安心したように息をついたあと、ノックスの服装に目を向けた。
「服、着替えたんだ?」
「制服が破れて、予備もない。だから午後のシフトは免除された。」
少し間をおいて、変わらぬ淡々とした口調で続ける。
「特に用事もなかったし、ちょっと見に来ただけだ。」
その言葉を聞いた瞬間、アリアンの中で何かがふっと和らいだ。
――覚えててくれた。昨日の約束を。そして、ちゃんと来てくれた。
彼にとってはただ「ついで」かもしれない。でも、それでもいい。彼が自分のために一歩踏み出した、それだけで十分だった。
「……こうして来てくれるだけで、嬉しいよ。」
彼女は小さくつぶやき、すぐに照れたように続けた。
「ま、ノックスは別に私と一緒にいたいわけじゃないと思うけど。」
ノックスは彼女の顔を見て、何も答えなかった。
アリアンもそれ以上は言わず、先に微笑んだ。
そのとき、校内放送が鳴り響く。
『午後の学院プリンセス選抜に出場する生徒は、校庭裏の特設ステージ控え室までお越しください。』
「あっ……私の番だ。」
アリアンは深く息を吸い、手に持っていたぬいぐるみを近くのクラスメイトに渡す。
「私、出場するの。」
そして少し間を置き、ぽつりと付け加える。
「セレナも、出るよ。」
「……セレナ?」
ノックスの眉がわずかに動く。その名に、確かな驚きがこもっていた。
その反応に、アリアンの笑顔が少しだけ固まった。
――やっぱり、彼の中で気になるのはセレナなんだ。
「……うん。」
短く返事をすると、彼女は無理にでも笑みを作り、ノックスの手首を取った。
「準備、ちょっと手伝ってくれない? 実は、緊張してて……」
ノックスは一瞬きょとんとし、彼女の手と顔を見比べたあと、静かにうなずいた。
そのまま二人は、舞台裏の控え室へと歩き出した。
ノックスはアリアンに手を引かれながら、舞台裏の準備エリアへと歩いていった。
幕の端を通り過ぎたそのとき、彼の視線は自然とある一点に引き寄せられた。
そこには――セレナが静かに立っていた。
両手を前に組み、目線は床に落とされたまま。周囲のざわめきにも反応せず、まるで彼女だけが別の空間にいるかのようだった。
何人かの男子生徒が彼女の周りで話しかけていた。内容は、これからの演目についてだったり、衣装や小道具のことだったり。
だがセレナは、ただ小さく頷くか、わずかに身体をそらすだけで、会話に真正面から応じることはなかった。
その顔には期待もなければ、緊張もない。
あの紅い瞳は、すべてを見透かしているかのようにただ静かで――終わりだけを待つ人形のようだった。
(……出たくないのに、結局来たんだな。)
ノックスは心の中でそう呟いた。
そして一瞬だけ、彼の視線はセレナの目と交差する。
だが彼女はわずかに視線を落としただけで、何の反応も示さなかった。
「なにボーッとしてんの、ちょっとマント直して~!」
アリアンの声が、彼の意識を引き戻す。
彼女はすでに舞台衣装に着替えていた。色鮮やかな魔法姫ドレスに、キラキラ光るティアラと魔法のステッキ。
裾には星と月をあしらった手縫いの飾りがゆらゆらと揺れている。
「……相変わらず派手だな。」
ノックスは小さく呆れたように言いながらも、手は自然と動き、アリアンのマントを丁寧に整えた。
「当然でしょ!」
アリアンはくるりと一回転し、スカートをふわりと揺らした。
「今回の演目は短いお芝居とダンスのコラボ! ダンスは自分で振り付けたの、ちゃんと見ててよね!」
ノックスは小さく「うん」と頷くだけだった。
そのとき、校内放送が流れた。
『次の出場者は――普通科一年、アリアンさん。演目は「星の魔法姫」です!』
「よしっ……!」
アリアンはステッキを振り、ノックスの方へ振り返る。
「行ってくるね! 応援しててよ~!」
そう言って、風のように舞台へと駆けていった。
舞台に灯りがつき、音楽が鳴り響く。明るいリズムに、魔法らしい音響効果が重なる。
アリアンは登場と同時に観客の視線を一気に惹きつけた。
大袈裟な表情とテンポの良いセリフ回しで、観客席からは次々と笑い声が上がる。
後半では他の生徒たちと一緒に簡単なグループダンスまで披露し、その可愛らしさと元気な演出に、会場全体が和やかな空気に包まれた。
「……ずいぶんと雰囲気が違うな。」
舞台袖からそれを見つめるノックスの表情は、普段よりもどこか柔らかかった。
演目が終わると、観客席から大きな拍手が巻き起こる。
アリアンは息を切らせながら舞台裏に戻ってくると、すぐにノックスを見つけ、期待に満ちた目で問いかけた。
「どうだった? わたし、ちゃんとやれてたでしょ?」
「……お前らしい演目だったな。」
「それって褒めてるってことでしょ? うん、そう受け取る!」
アリアンは満足げに笑った。
少しして、次の放送が流れる。
『続いての出場者は――ハンター科1年、セレナさん。演目は剣舞です。』
舞台裏が一瞬で静まり返る。
それまでざわざわしていた生徒たちも、思わずステージ方向に視線を向けた。
セレナが立ち上がる。
動作に無駄はなく、冷静で洗練された所作。
腰に帯びた剣がわずかに揺れ、その姿はまるで異界から現れた黒の騎士のようだった。
ノックスは彼女の背中を見つめる。
先ほどのアリアンの眩しさとは対極の、冷ややかで研ぎ澄まされた空気がそこにあった。
セレナは誰にも視線を向けず、ただ一度深く息を吸い――
無言でステージへと向かった。




