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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第十章

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祭り (7)

 昼食後、ノックスはトレーニングウェアに着替え、普通科の活動エリアへと向かった。

 彼が近づいたとき、ちょうどアリアンが活動教室の扉から顔を覗かせた。

 手にはぬいぐるみの小道具を持ち、頬には少し絵の具がついている。ノックスの姿を見つけた瞬間、彼女は少し驚いたように目を見開き、それからぱっと笑顔になって駆け寄ってきた。


「来てくれたんだ! 午前の演目、見れなくて残念だったな……すごくカッコよくて、あと――ちょっと危なかったって聞いたよ?」


 アリアンは軽快な口調でそう言いながらも、周囲をちらりと確認し、声を潜めてノックスに顔を近づけた。


「……ねぇ、バレるの怖くなかったの?」


 ノックスは彼女を見て、いつも通りの無表情で答える。

「そのときは、そんなこと考えてなかった。カスパがすぐにフォローしたから、たぶん問題ない。」


「そっか……」


 アリアンは安心したように息をついたあと、ノックスの服装に目を向けた。

「服、着替えたんだ?」


「制服が破れて、予備もない。だから午後のシフトは免除された。」

 少し間をおいて、変わらぬ淡々とした口調で続ける。

「特に用事もなかったし、ちょっと見に来ただけだ。」


 その言葉を聞いた瞬間、アリアンの中で何かがふっと和らいだ。

 ――覚えててくれた。昨日の約束を。そして、ちゃんと来てくれた。


 彼にとってはただ「ついで」かもしれない。でも、それでもいい。彼が自分のために一歩踏み出した、それだけで十分だった。


「……こうして来てくれるだけで、嬉しいよ。」

 彼女は小さくつぶやき、すぐに照れたように続けた。

「ま、ノックスは別に私と一緒にいたいわけじゃないと思うけど。」


 ノックスは彼女の顔を見て、何も答えなかった。

 アリアンもそれ以上は言わず、先に微笑んだ。


 そのとき、校内放送が鳴り響く。


『午後の学院プリンセス選抜に出場する生徒は、校庭裏の特設ステージ控え室までお越しください。』


「あっ……私の番だ。」

 アリアンは深く息を吸い、手に持っていたぬいぐるみを近くのクラスメイトに渡す。


「私、出場するの。」

 そして少し間を置き、ぽつりと付け加える。


「セレナも、出るよ。」


「……セレナ?」

 ノックスの眉がわずかに動く。その名に、確かな驚きがこもっていた。


 その反応に、アリアンの笑顔が少しだけ固まった。

 ――やっぱり、彼の中で気になるのはセレナなんだ。


「……うん。」

 短く返事をすると、彼女は無理にでも笑みを作り、ノックスの手首を取った。

「準備、ちょっと手伝ってくれない? 実は、緊張してて……」


 ノックスは一瞬きょとんとし、彼女の手と顔を見比べたあと、静かにうなずいた。

 そのまま二人は、舞台裏の控え室へと歩き出した。



 ノックスはアリアンに手を引かれながら、舞台裏の準備エリアへと歩いていった。

 幕の端を通り過ぎたそのとき、彼の視線は自然とある一点に引き寄せられた。


 そこには――セレナが静かに立っていた。

 両手を前に組み、目線は床に落とされたまま。周囲のざわめきにも反応せず、まるで彼女だけが別の空間にいるかのようだった。


 何人かの男子生徒が彼女の周りで話しかけていた。内容は、これからの演目についてだったり、衣装や小道具のことだったり。


 だがセレナは、ただ小さく頷くか、わずかに身体をそらすだけで、会話に真正面から応じることはなかった。


 その顔には期待もなければ、緊張もない。

 あの紅い瞳は、すべてを見透かしているかのようにただ静かで――終わりだけを待つ人形のようだった。


(……出たくないのに、結局来たんだな。)

 ノックスは心の中でそう呟いた。


 そして一瞬だけ、彼の視線はセレナの目と交差する。

 だが彼女はわずかに視線を落としただけで、何の反応も示さなかった。


「なにボーッとしてんの、ちょっとマント直して~!」


 アリアンの声が、彼の意識を引き戻す。

 彼女はすでに舞台衣装に着替えていた。色鮮やかな魔法姫ドレスに、キラキラ光るティアラと魔法のステッキ。

 裾には星と月をあしらった手縫いの飾りがゆらゆらと揺れている。


「……相変わらず派手だな。」

 ノックスは小さく呆れたように言いながらも、手は自然と動き、アリアンのマントを丁寧に整えた。


「当然でしょ!」

 アリアンはくるりと一回転し、スカートをふわりと揺らした。


「今回の演目は短いお芝居とダンスのコラボ! ダンスは自分で振り付けたの、ちゃんと見ててよね!」


 ノックスは小さく「うん」と頷くだけだった。


 そのとき、校内放送が流れた。

『次の出場者は――普通科一年、アリアンさん。演目は「星の魔法姫」です!』


「よしっ……!」

 アリアンはステッキを振り、ノックスの方へ振り返る。


「行ってくるね! 応援しててよ~!」

 そう言って、風のように舞台へと駆けていった。


 舞台に灯りがつき、音楽が鳴り響く。明るいリズムに、魔法らしい音響効果が重なる。

 アリアンは登場と同時に観客の視線を一気に惹きつけた。

 大袈裟な表情とテンポの良いセリフ回しで、観客席からは次々と笑い声が上がる。

 後半では他の生徒たちと一緒に簡単なグループダンスまで披露し、その可愛らしさと元気な演出に、会場全体が和やかな空気に包まれた。


「……ずいぶんと雰囲気が違うな。」

 舞台袖からそれを見つめるノックスの表情は、普段よりもどこか柔らかかった。


 演目が終わると、観客席から大きな拍手が巻き起こる。

 アリアンは息を切らせながら舞台裏に戻ってくると、すぐにノックスを見つけ、期待に満ちた目で問いかけた。


「どうだった? わたし、ちゃんとやれてたでしょ?」


「……お前らしい演目だったな。」


「それって褒めてるってことでしょ? うん、そう受け取る!」

 アリアンは満足げに笑った。


 少しして、次の放送が流れる。

『続いての出場者は――ハンター科1年、セレナさん。演目は剣舞です。』


 舞台裏が一瞬で静まり返る。

 それまでざわざわしていた生徒たちも、思わずステージ方向に視線を向けた。


 セレナが立ち上がる。


 動作に無駄はなく、冷静で洗練された所作。

 腰に帯びた剣がわずかに揺れ、その姿はまるで異界から現れた黒の騎士のようだった。


 ノックスは彼女の背中を見つめる。

 先ほどのアリアンの眩しさとは対極の、冷ややかで研ぎ澄まされた空気がそこにあった。


 セレナは誰にも視線を向けず、ただ一度深く息を吸い――

 無言でステージへと向かった。

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