祭り (2)
放課のチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩む。
「よしよしよし、行くぞー!」
カスパはすぐさま席を立ち、まるで待ってましたと言わんばかりに振り返ると、ノックスの手首をがしっと掴み、そのままズルズルと廊下へ引っ張っていく。
「どこへ?」
眉をひそめるノックスが、やや不機嫌そうに尋ねる。
「もちろん活動室だよ! 学園祭の準備手伝うって約束したでしょ? 今日は逃がさないからね!」
唐突な情熱に押され、ノックスは何も言わずについて行くことにした。
人通りの少なくなった廊下で、カスパがふとあたりを見回し、小声で呟く。
「そういえば……今日、アリアン全然見てないな。静かだと思ったら、そっか。」
ノックスの足が一瞬止まり、その目がわずかに揺れる。
昨夜の符紋室での騒動、そしてアリアンが父親とセレナのことを知った時の、あの傷ついた表情が脳裏に浮かんだ。
(……彼女には、まだ整理する時間が必要か。)
だがそれ以上に、ノックスの心に居座っていたのはセレナの存在だった。
――ソレイア。……思い出しているのか?
あの魔力の共鳴。言葉にできない既視感が、いまだ胸の奥で燻っていた。
「おーい、ぼーっとしてないで!」
カスパの声が思考を引き戻す。
すでに活動室の前に到着しており、カスパはためらいもなく扉を開けた。
「来たぞー! こいつ、ついに引っ張ってきた!」
室内では3、4人のクラスメイトがテーブルを囲んで紙を切ったり、メニューを作ったりしていた。振り返ったその瞬間——
空気が一瞬、固まる。
驚きはあるが、恐怖ではない。ただ、「え、本当に来たの……?」という純粋な驚き。
ノックスの目が室内をひと通り見渡す。壁には手書きのカフェ企画表、角には制服や小道具、布類が積まれている。
数秒間の沈黙ののち、彼は落ち着いた声で口を開いた。
「……悪い。すっかり忘れてた。手伝えることがあれば、言ってくれ。」
クラスメイトたちは目を見合わせ、さらに驚いた表情を浮かべた。
カスパはにっこり笑い、ノックスの背中を叩く。
「言っただろ? 見た目は冷たいけど、こいつ、実はいいやつなんだよ。」
ノックスは否定せず、ただ黙ってメニューの束を手に取った。その目にわずかな波が揺れる。
そのとき、カスパが「そうだ!」とばかりに額を叩く。
「そういえば、ノックス! 『学院プリンス選抜』のこと、絶対忘れてるだろ?」
ノックスは眉をひそめる。
「……それって何だ?」
「やっぱりな!」
カスパは肩をすくめて笑った。
「だからさー、劇をやるんだよ。簡単なやつ。もう脚本も俺が書いたから安心して!」
「……劇?」
「そう! 定番の『王子が姫を助ける』ってやつ。俺たちが悪役やるから、お前がカッコよく登場して倒して、姫にセリフ言えば終わり! 三分で終わるから!」
ノックスは静かに頷いた。
「……いいよ、何でも。」
「ちょ、お前やる気なさすぎっ!」
カスパは嘆きながらも楽しそうに続ける。
「学園祭、人生初なんだろ? もっとテンション上げてこーぜ!」
その時、部屋の隅で制服の背中に悪魔の翼を装着しようとしていた女子が、黒い角の小道具を手に笑いながら言う。
「テーマ、決まったじゃん?『悪魔喫茶』! 全員、角と翼つけるの~!」
別の子が付け加える。
「男子は執事、女子は魔女スタイル! めっちゃ映えるよね~!」
カスパがドヤ顔でノックスを指差す。
「で、このノックスが演じるのは『無口な執事』!
『いらっしゃいませ、ご主人様』だけ言ってくれればOK!」
ノックス:「……」
カスパは堪えきれず吹き出す。
「いや、顔が完全に『お前なんか仕えたくねぇ』って言ってるよな!」
その一言に、教室内が一気に笑いに包まれる。
慣れないながらも、ノックスはこの初めての「輪」の中に、確かに存在していた。




