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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第九章

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共鳴 (6)

 夜風は静かに庭を撫で、月明かりが花々の間に影を落とす。

 上空から降り立ったノックスは、庭先で待つ母の姿を見つけた。カルマは花壇の前に立ち、まるで彼の帰りを予感していたかのように、そっと視線を上げた。


「来たのね。」

 そう一言だけ告げると、彼女は踵を返して家の中へと歩き出す。

 ノックスは無言でその背を追った。


 屋内は静かで、柔らかな灯りが空間を包んでいた。

 書斎の机の前にはエンが座っており、その目の前のモニターにはアイデンの姿が映し出されていた。


 アイデンは画面越しにノックスを見つめ、いつもの皮肉を滲ませた口調で言う。

「ようやく帰ったか。待ちくたびれたぞ。」


 ノックスの視線は父とアイデンの間を行き来しながら、眉をひそめた。

「……これは、どういうことだ?」


 アイデンは意味ありげに微笑んだ。

「時が来たってことだ。あとは“家族の問題”だな。俺はこれで失礼する。」


 そして通話は切れ、モニターが静かに暗転した。

 エンは深く息を吸い、静かな声で言った。


「アイデンから、今日の出来事はすでに聞いた。お前が知りたいこと……すべて話そう。」


 三人はテーブルを囲み、重苦しい空気が部屋を満たしていく。

 エンはテーブルを見つめながら、抑えた声で語り始めた。


「五年前のあれは……単なる襲撃じゃなかった。」

 その言葉に、ノックスの肩がぴくりと動く。


「当時、我々は学園とギルドの両方の仕事に奔走していた。より高位の任務にも関わっていてな……。だから、お前たちをシッターに預け、安全を確保していたつもりだった。だが……それが間違いだった。」


 エンの拳が静かに握られる。


「その日、近くで高位魔物の気配があるという偽の情報が入った。俺はすぐに現地へ向かったが、それが罠だった。俺たちの注意を逸らしている間に、奴らは……お前とソレイアを連れ去ったんだ。」


 カルマがそっと補足する。

「彼らは家を襲い、私たちが気付く前に……ふたりを連れ去った。」


 エンの目には、当時の記憶が焼き付いているようだった。

「途中で、ある脅迫が届いた。『一人で来い。支援を呼べば子供たちの命はない』と。」


 ノックスは言葉を挟まず、黙って父の話に耳を傾け続けた。


「指定された場所に着いたとき、奴らは……お前とソレイアを人質にして立っていた。」


 エンは目を閉じ、唇を震わせる。


「『我々の要求を呑め』と……。最初は俺が狙いだと思った。だが話が進むにつれて、やつらが本当に興味を持っていたのは、お前たち二人の“力”だったと気づいた。」


 カルマの声が静かに重なる。

「あんたとソレイアが持つ力は……私たちの想像を超えていた。それに気づいた敵は、それを手に入れようとした。」


 エンは深くうなだれた。

「俺は、隙を見て救い出そうとした。だが……奴らは“冥域の霊”を解き放ったんだ。」


 その名前を聞いた瞬間、ノックスの表情が変わる。

「……!」


「その怪物は、すべてを喰らう“終わり”のような存在だった。俺はそれを止めようと必死だったが……到底敵わなかった。」


 エンは拳を震わせながら言葉を続ける。

「最終的に、俺の目の前で……ソレイアは連れ去られた。いや、もしかしたら、あれに喰われたのかもしれない。今もわからない。」


 ノックスは息を詰め、絞り出すように尋ねる。

「……俺は? 俺はどうやって……」


 エンはその問いに静かに答えた。

「お前は……自力で拘束を抜け出した。幼かったにもかかわらず、すでに魔力の兆しが現れていた。ソレイアとは異なり、最初から明確に違う性質を持っていたんだ。」


 カルマも、ノックスを見つめながら言う。

「だからこそ……敵はあの二人を標的にしたのかもしれない。運命の線が……最初から交差していたの。」


 ノックスは俯いたまま、混乱した思考の渦に囚われていた。

 そんな彼に、カルマが静かに語りかける。


「私とアルが現場に着いたとき……冥域の霊はまだそこにいたの。あのとき、あの土地はもうすぐ飲み込まれる寸前だった。」


 ノックスは顔を上げた。

「アル……?あのときも、あいつは……?」


 カルマは頷き、足元に丸くなっている小さな獣にそっと手を置く。

「アルは、ただの魔獣じゃない。霊獣よ。異界の力を封じ、あるいは解き放つ力を持っている……。

 あのとき、ようやく少し力を取り戻していたから、命がけで封印に協力してくれたの。でも……その代償は大きかった。力をほとんど失って、今のような姿になってしまった。」


 アルは小さな目でノックスをじっと見つめる。その眼差しはどこか、彼の胸の奥に眠る疑念を見透かしているようだった。


 カルマの声が続く。

「完全な回復には長い時間が必要……でも、アルがいなかったら、あの怪物は封印できなかった。」


 ノックスは息を飲んだ。

「じゃあ……ソレイアは……。もし冥域の霊が封じられたのなら、彼女の力や……魂は……?」


 エンが静かに口を開いた。


「だからこそ、俺は封印を選んだ。……あれを完全に消し去ることができなかったのは、ソレイアがその中に“いるかもしれない”からだ。」


 その言葉に、ノックスの胸がきつく締め付けられた。呼吸が苦しくなる。

 思い返すのは、つい先ほどの魔力の共鳴。

 瑠璃のように鋭く、どこか懐かしい……あの感覚は、忘れようにも忘れられなかった。


「タロスが……さっき、あることを言った。」

 ノックスは深く息を吸い、目を閉じてから、静かに語り出す。

「彼は言ったんだ。俺には双子の姉妹がいたと。最初は信じていなかった……でも、今なら分かる。すべての説明が合致する。」


 カルマが軽く首を傾げ、冗談めかして言う。

「タロス……あの角の生えた子ね。覚えてるわ。」


 ノックスは微かに頷きながら、険しい表情で続ける。

「俺は……セレナが、ソレイアなんじゃないかと思ってる。」


 カルマの指がぴたりと止まる。

 その一言で、彼女の表情は完全に凍りついた。


 エンも目を細め、低く問う。

「……その“共鳴”か?」


 ノックスは小さく頷きながら答えた。

「彼女が封印に魔力を注いだとき……俺の魔力と、明確に響き合った。あれは他の誰とも感じたことがない感覚だ。」


 その場の空気が凍りつく。

 エンとカルマは視線を交わし、その目の奥には、焦りにも似た緊張が宿っていた。


「もし……もしセレナが本当にソレイアだとしたら……なぜ彼女は他人の家の“妹”として育っているんだ?」

 ノックスの声には怒りと困惑が混ざっていた。


 カルマは視線を落とし、ただ静かにアルの背を撫でる。

 その沈黙が、言葉よりも多くを物語っていた。


 エンが口を開く。低く、重い声だった。

「すべての始まりは、五年前のあの襲撃にある。あの敵たちの目的が何だったのか……今でも全貌は見えていない。ただ一つ確かなのは……やつらは、諦めていない。」


 ノックスの目が鋭くなる。

「……そして“あの男”が全ての鍵を握っている。」


 エンが低く呟く。

「イアン。――あの男が。」


 カルマがようやく顔を上げた。声は震えていなかったが、その瞳の奥にあるものは、悲しみに近いものだった。


「もし本当にセレナがソレイアなら……彼女の存在は、最初から仕組まれていたはず。私たちはずっと探していた。だけどまさか……こんなに近くにいたなんて。」


 エンが唇を引き結び、目を細める。

「イアンは……ただの関係者じゃない。やつは裏で動いていた。封印の存在を知り、ソレイアの力を知り……利用している。」


 ノックスの声は低く、そして冷たかった。

「彼がすべてを知っているなら……なぜセレナを学園に送り込んだ?俺たちを監視させるためか、それとも……もっと別の目的があるのか?」


 カルマは目を閉じ、そっと呟いた。

「セレナ自身……自分が誰なのか、分かっていないのかもしれない。記憶を消されている可能性もある。それが事実なら……彼女は“敵より危険”よ。」


 エンの視線はさらに重く沈み、額の影がすべての感情を押し潰しているようだった。

 その声は低く、しかし揺るぎない決意を帯びていた。


「これまでお前を危険から遠ざけてきたのは……ソレイアのように失われるのが怖かったからだ。敵の手に堕ちることも、姿を消すことも……だが、皮肉なことに――手放した今になって、お前は彼女の痕跡を見つけた。」


 カルマがわずかに眉を上げ、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「……結局、アイデンの計略が効いたってことね。」


 エンの手がぴくりと止まり、その目には読み取りづらい感情が一瞬だけ閃いた。唇をかみしめ、深い沈黙ののちに言葉を返すことはなかった。


 カルマはその様子に小さく息を吐き、口調は淡々と、しかし明確な不満をにじませて続けた。


「あの男は……最初からそういう考えだった。ノックスをギルドと学院の“看板”として目立たせて、敵の目を引く。

 罠の餌にするつもりだったのよ。あなたはそれを“危険すぎる”と拒んだけど……今となっては、アイデンの冷酷な判断の方が正しかったのかもね。」


 エンは冷たく鼻を鳴らし、腕を組んで低く言い放った。


「……効いた? それはつまり、ノックスを餌にして、真実を釣り上げるという賭けだったんだぞ。命を賭ける覚悟もないくせに、誰かを巻き込んで勝算を語るなんて――それは作戦なんかじゃない。ただの博打だ。」


 カルマは黙り込んだまま、手元のアルの背中を撫でていた。目を伏せ、何も言わなかったが、その肩からは深いため息がこぼれていた。


 ノックスは沈黙を守りつつ、じっと二人を見つめていた。その目には迷いはなかった。むしろ――決意が滲んでいた。


(……囮でも、何でもいい。俺は、真実を見つけ出す。)


 エンはそんな彼の表情を見て、一瞬目を細めた。そしてゆっくりと口を開く。

「たとえソレイアが今どんな姿であろうと……彼女は俺たちの娘だ。もう二度と、間違いは許されない。一手一手、慎重に進めなければならない。」


 カルマも頷き、静かな声で言った。

「敵の目的が何なのか……それを突き止めない限り、私たちも動けない。イアンの狙いがソレイアだけじゃないとしたら、次は……あんたよ、ノックス。」


 ノックスは短く息を吸い込み、数秒間思考に沈んだ。そして目を上げ、力強く言った。

「……分かってる。どんな目的があろうと、全部暴いてやる。そして、ソレイア……彼女を、俺が取り戻す。」


 エンは黙ってノックスを見つめた後、静かに言葉を続けた。

「……いいだろう。ならば、これからの一手も慎重に。何か掴んだら、すぐに報せろ。」


 カルマは柔らかく微笑み、ノックスの肩に手を置いた。

「でもね、約束して。一人で突っ走らないこと。慎重に――それだけは守って。」


 ノックスは頷いた。胸の奥にまだ消えぬ重さはあったが、両親の言葉が確かな支えとなっていた。

 やがて彼は立ち上がり、黙って階段に向かって歩き出す。

 その背中には、すでに次の一手を思案する静かな覚悟が宿っていた。


 -第九章 (完)-

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