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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第九章

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共鳴 (5)

 夜風は冷たく、木々の葉が静かに揺れ、月光が地面にまだらな影を落としていた。

 アイデンの姿が闇に消えたあと、ノックスもその場を離れようとしていた。


 手にしていた記録装置をしまい、符紋室から視線を外し、踵を返そうとしたそのとき――耳元でかすかな物音が聞こえた。


 ノックスはすぐに立ち止まり、警戒心を露わにして森の奥を鋭く見つめる。

 すると、陰の中から聞き慣れた声がした。


「……アイデンはもう行ったのか?」

 声と共に、カイルの姿が木々の間から現れた。金色の髪が月明かりにきらめき、背にある金属製の翼がかすかな音を立てる。


 ノックスは眉をひそめ、冷静に問う。

「……お前、なんでここにいる?」


 カイルは肩をすくめ、いつもの気だるげな笑みを浮かべながら答えた。

「こんな騒ぎ、眠れる方がどうかしてるだろ? 

 普段なら符紋室の近くに寄るなってきつく言われてるけどな……タロスには止められたけど、どうしても気になってさ。先に来た。」


 彼は近くの倒れた木を指さし、冗談めかした口調で続けた。

「いくら寝てても、あんな音を聞いたら起きるだろ?」


 ノックスは表情を変えずに問い返す。

「お前一人か?」


 言い終えるか否か、重い足音が背後から響いてきた。

 地面がわずかに震える中、タロスの巨体が木立の間から現れる。

 その厳しい表情は、カイルの軽率な行動に対する苛立ちを隠していなかった。


「来るなって言っただろ。トラブルの元になるって……」

 タロスは睨みつけるようにカイルを一瞥したあと、ノックスへと視線を移し、鋭い声で尋ねた。

「……一体、何が起きたんだ?」


 ノックスは二人を見回し、淡々と語り始めた。

「セレナが符紋室に侵入し、封印を解除しようとした。中にある何かを『回収』するのが目的だった。」


「回収?」

 カイルが眉を上げ、驚きの色を浮かべる。

「彼女、何を企んでるんだ?」


 タロスの表情が一層険しくなる。

 低く、重たい声で問う。

「『回収』って……つまり、符紋室に封印されていたものは、彼女のものだったってことか?」


 ノックスは首を横に振り、答える。

「彼女のじゃない。彼女の父親のものらしい。

 アイデンの話では、その存在は彼女の父親――イアンと何らかの関係があるそうだ。ただ、詳細はまだ不明だ。」


 タロスは無意識に拳を握りしめ、符紋室の方向を睨む。

「……なら、彼女は目的を持って動いてたってことだ。ただの突発的な行動じゃない。」


 ノックスは頷き、試すようにタロスを見た。

「お前は学院創立時からここにいたな。――五年前、何があったか、知っているのか?」


 タロスは一瞬表情を曇らせたが、すぐに元に戻し、少し躊躇して口を開いた。

「……正直、俺も詳しくは知らない。あの符紋室は五年前に作られた。『強力な存在』を封じるために、ってだけ聞かされてる。」


「それだけか?」ノックスは眉をひそめる。


 タロスはうなずいた。

「アイデンは中に何がいるのかを一度も明かさなかった。俺たちには、ただ『決して近づくな』と何度も言っていただけだった。最初の頃は皆興味津々で、いろいろ憶測も飛び交っていたが……何も起きないまま時が経つにつれ、誰も口にしなくなった。」


 カイルは木に寄りかかりながら、不満げに口を開いた。

「それって、まるで彼のいつものやり方だな。危険なものを隠して、肝心なことは教えない。もし本当にセレナが『回収』を命じられてたなら、それってつまり――あれは彼女の家にとって重要な存在だったってことだろ?」


 ノックスは黙って話を聞きながら、頭の中で断片的な情報を繋ぎ合わせていった。

「五年前……符紋室、冥域の霊、イアン……すべては、どこかで繋がっているはずだ……」


 カイルは興味深そうにノックスを見やり、軽く問いかける。

「で? さっき他に何か分かったことは? 封印が危なかったのは分かるけど……他にも異常があった?」


 ノックスは少し考えた後、静かに口を開いた。

「……封印を立て直す時、セレナが手を貸してきた。最初は、任務に失敗したことへの償いだと思ってたが……彼女の魔力が封印に流れた時、妙な共鳴が起きた。」


「共鳴……?」カイルが眉を上げる。

「それ、なんかロマンチックな魔法みたいだな。でも、そういうのって普通は滅多に起きないぞ?」


 タロスは口を閉ざしたまま、深刻な表情で何かを考え込んでいた。

 やがて、彼は重く口を開く。


「ノックス……実は前から気になってたことがある。ずっと言いそびれてたが……」


 ノックスは鋭く彼を見据え、眉を寄せた。

「なんだ?」


 夜風が肌を撫で、木々が微かに揺れる中、タロスは深く息を吸い込んだ。まるで、口にすべきかどうかを慎重に測っているかのようだった。

 その視線が鋭くなり、重々しい声で言葉を紡ぎ始める。


「……カルマ様が七年前に産んだ子供のことだが……」


 言いかけて、タロスは一度言葉を止めた。ノックスの反応を探るように。

 ノックスはわずかに目を細めたが、その表情に動揺はなかった。


「続けてくれ。」


 タロスはうなずき、声を潜めて言った。

「当時、耳にした話がある……カルマ様は双子を産んだらしい。男と女、二人の子供だ。」


 その言葉は雷鳴のようにノックスの胸を打ち抜いた。

 一瞬、思考が止まり、彼は呆然としたままタロスを見つめた。次の瞬間、目に宿る光が鋭さを増す。


「……つまり、俺は双子の片割れだった……?」


 タロスは静かにうなずく。

「俺が知っているのは、あくまで噂にすぎない。だが、初期には確かにその話が出回っていた……。

 その後、なぜか自然と消えていった。そしていつしか、お前だけがカルマ様の子供だと皆が信じていた。俺も、もう一人を見たことはない。」


 隣で聞いていたカイルが興味深そうに眉を上げる。

「双子か……。面白いじゃないか。だとすれば、もう一人はどこに行った?」


 ノックスは沈黙したまま、何かを必死に思い出そうとしていた。

 断片的な記憶が脳裏を駆け巡る。やがて、一つの名前が浮かび上がる。


「……ソレイア。」


 彼は自分でも気づかぬうちに、その名前を呟いていた。

 カイルの耳は鋭い。すぐにその名を拾い上げる。


「ソレイア? 古語で“太陽”の意味だよな。お前の名前が“夜”を意味するノックスなら……“太陽と夜”、まるで対のような名だ。」


 その言葉はノックスの胸に鋭く突き刺さった。

 記憶の中に、以前アイデンが言った一言がよみがえる。


『……ソレイアのこと、まだ引きずってるのか?』


 あの時、父・エンは鋭い目をしながら低く答えた。


『忘れられるわけがないだろう。』


 アイデンはそれ以上何も言わず、話題をそらした。

 だがノックスはその一瞬の沈黙に、明らかな違和感を感じ取っていた。


『昔の友達……か?』

 ノックスは小さく呟いた。


 そしてもう一つ、母・カルマとの会話が浮かび上がる。


『……ソレイア。その人も……関係しているのか?』


 そう問うと、カルマは笑みを僅かに凍らせ、視線を逸らしながら呟いた。

『……ええ。』


 その目に浮かんだ深い悲しみは、決して“友達”を想うだけの感情ではなかった。

 それは、母としての喪失と後悔の色だった。


(……彼女は、俺の姉妹だった……のか?)

 ノックスの心に、かつてないほど強い動揺が走った。


 だが同時に浮かんだ疑問は――なぜ、ソレイアは“存在ごと”隠されたのか。

 なぜ、自分だけが育てられ、彼女の話は一切出てこなかったのか。


(……そして、もし彼女が……セレナだったとしたら?)


 ノックスの拳が、静かに震えていた。

 混乱した思考を断ち切るように、彼は夜空を仰いだ。


(……今はここで考えても、答えは出ない。)


 ノックスは短く言い、カイルとタロスに向き直る。

「――すまない。俺は行く。」


 そう言い残し、悪魔の黒翼を広げ、宙へと舞い上がった。

 彼の姿はすぐに夜の空へ溶けていき、見えなくなった。


 カイルはその背中を見上げながら、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。

「……普段は地に足のついた奴なのに。今夜はよほど動揺したらしいな。」


 一方、タロスは複雑な顔で小さく呻いた。

「……まずいことを言ってしまったかもしれん……。」


 カイルは苦笑しながら肩を叩いた。

「気にすんなって。あいつは、いつだって冷静だ。自分の中で答えを見つけられる奴さ。」


 タロスは黙って首を横に振った。

「……いや、今夜ばかりは、あいつの目に……確かに迷いがあった。」

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