共鳴 (4)
「セレナが紋章室を狙っているように見えた。彼女は以前、あの周辺に紋章を設置していた。明らかに不審な行動だった。
アリアンから、『何かを回収する』って言ってたと聞いて……だから、俺は来た。」
ノックスは冷静に言った。
「回収?」
その一言を聞いた途端、アイデンの目が鋭くなり、顔色も一変した。
「……セレナが、その言葉を使ったのか? 本当に?」
アリアンはその反応に一瞬怯んだが、それでもしっかりと頷いた。
「うん……間違いなく、『回収』って言ってた。お父さんがそう言ってたのを聞いたの。」
アイデンはメガネを押し上げ、深く彼女を見つめながら低く問うた。
「君の父親は、誰だ?」
アリアンは戸惑いながらも、答えた。
「イアン……私の父の名前は、イアンよ。」
その名を聞いた瞬間、アイデンの動きが僅かに止まる。
目の奥に、明らかに動揺と複雑な感情が走った。
「……“黒の狩人”、イアンか。」
「知ってるの?」アリアンは不安げに尋ねた。
アイデンは冷たく彼女を一瞥し、重々しく言った。
「君の父親はギルドの正式なハンターではない。だが、かつてギルドと協力関係にあった人物だ……娘がいたとは、知らなかった。」
彼は少し視線を逸らし、低く続けた。
「もし彼が『回収』という言葉を使ったのなら、紋章室の中にあるものは、彼と何らかの関係がある可能性がある。」
アリアンの顔色が一気に青ざめた。
「紋章室に封じられているのって……何なの?」
アイデンは深く息を吸い、重く沈んだ口調で言った。
「名に意味はない。我々は『冥域の霊』と呼んでいるが、それはただの呼称だ。実態は……誰にもわからない。」
「冥域の霊……?」アリアンの声が震える。
「じゃあ、あの封印されてたものって……?」
アイデンの表情に、一瞬だけ痛みが走った。
「それは……五年前、我々を襲った存在だ。」
その言葉に、ノックスの目が大きく見開かれる。
彼の中で何かが繋がった。
「五年前……」ノックスは低く呟き、視線をアイデンに向ける。
その目には、疑念と怒りが混じっていた。
「アイデン……その襲撃って……俺の家族がやられた、あの時のことか?」
アイデンは黙って頷いた。その目に、どこか後悔の色が浮かんでいた。
ノックスの拳が無意識に握られる。胸の奥で、何かがざわめいた。
そのやり取りを見ていたアリアンは、次第に焦燥と怒りに呑まれていく。
「……もう、何がなんだかわかんない!」
声を荒げ、彼女は叫んだ。
「セレナが人間じゃないとか、今度はお父さんが関係してるって……それに、あの化け物を送り込んだとか、そんなの全部……嘘でしょ!?」
彼女の目には涙が浮かび、拳を強く握りしめる。
「証拠もなしに、なんでそんなこと言えるのよ……!?」
アイデンは冷静に答えた。
「私は、彼がそれを送り込んだとは言っていない。ただ……関係している“可能性”があると言ったまでだ。」
「じゃあ、可能性があるだけで父を疑うの!?」
アリアンは一歩後ずさり、顔を強張らせながらも必死に言葉を返した。
ノックスがようやく口を開いた。
「アリアン、落ち着け。誰もお前の父を断定して責めてるわけじゃない……でも、事実として、イアンの名がこの件に現れている。それだけは否定できない。」
「……君まで、そんなこと言うの?」
アリアンはノックスを睨みつけ、声を震わせた。
ノックスは視線を逸らし、低く答えた。
「俺たちは真実を追っているだけだ。もしお前の父が本当に関係しているなら、セレナの行動も……無関係ではないはずだ。」
アリアンは唇を噛み締めた。
父の冷たい態度、セレナの沈黙。
その記憶が、彼女の胸に鋭く突き刺さる。
「二人とも……私には何も話してくれなかった……」
ノックスは少し柔らかな声で言った。
「なら、彼らから答えを聞くべきだ。俺たちじゃなくて。」
その言葉に、アリアンの感情が爆発した。
「……彼らに聞けって? 私をずっと蚊帳の外にしてきたあの二人に?」
彼女の声はかすれ、目に浮かんだ涙が頬を伝った。
「真実を隠してるのは、あんたたちだって同じじゃない!」
ノックスは返事をせず、そっと目を逸らした。
その声には、どこか諦めに似た色が混じっていた。
「俺たちは、ただ真実を知りたいだけだ。もしお前の父親がこの件に関わっているのなら……セレナの行動も、完全に無関係とは言えないだろう?」
アリアンは唇を噛みしめ、何も言い返せなかった。
思い浮かぶのは、父の冷たい態度と、いつも心を閉ざしたままのセレナの横顔。
それらの記憶が、心の中で鋭く突き刺さる。
ようやく絞り出した声は、かすれていた。
「……セレナも、お父さんも……私にこういうこと、何も教えてくれなかった……」
ノックスの目に、一瞬だけ優しい色が浮かぶ。
だがその口調は、相変わらず冷静だった。
「だからこそ、俺たちじゃなくて、彼らから答えを聞くべきなんじゃないか。俺たちに怒る前に。」
その言葉を聞いた瞬間、アリアンの中で張り詰めていた感情がついに爆発した。
目元がうっすらと赤く染まり、唇を噛みながら、怒りと失望が入り混じった声で叫んだ。
「彼らに聞けって……? 私をずっと蚊帳の外にしてきた、あの二人に?」
その声音には、諷刺と悔しさが滲んでいた。
ノックスは何も答えず、ただ黙って彼女を見ていた。
その沈黙が、むしろ彼女をさらに怒らせた。
アリアンはきつく唇を結び、踵を返すと、そのまま駆け出した。
振り返ることなく、夜の闇の中へ消えていった。
彼女の背を見送りながら、アイデンは静かに溜息をついた。
疲れの色が、その声に滲んでいた。
「……お前も今日は帰れ。続きはまた今度だ。」
ノックスは目を逸らし、低くしかし鋭い声で言い返した。
「だったら、次は逃げずに話してくれ。俺は……すべての真実を知りたいんだ。」
アイデンは一度足を止め、振り返り、ノックスを見据えた。
その瞳はどこまでも深く、しかし感情を見せることはなかった。
「……ノックス。前にも言ったろ。お前の両親から聞くべき話だ。」
ノックスの拳が、無意識に強く握られる。
「……もし話してくれるなら、俺は最初から、お前を頼らなかった。」
アイデンはそれに返事をしなかった。
ただ静かにメガネを押し上げ、ゆっくりと踵を返して歩き出す。
「早く知ればいいってもんじゃないさ。時が来れば……すべては見えるようになる。」
その声は夜の風に流され、次第に遠ざかっていった。
ノックスは、その背中を黙って見つめていた。
月明かりの下、彼の影は長く伸び、黒い地面に溶け込んでいた。
彼の胸の中には、重く沈んだ疑問と、解けない怒りが渦巻いていた。
空を見上げる。
夜風が頬を撫でるたびに、冷静さが少しずつ戻ってくる。
ふと、母・カルマとの会話が脳裏に蘇る。
あの時、少しだけ覗いた過去の断片。
彼女の言葉は多くを語らなかったが、何かを暗示していた。
だが、今の彼にはっきりわかるのは――
あの時の答えが、まだ核心に届いていないということだった。
むしろ、謎は増え続けていた。
セレナ。アリアン。アイデン。そして、イアンという男。
「彼らの関係……五年前の事件……一体何が隠されているんだ……?」
ノックスは目を閉じ、深く息を吸った。
アイデンの警告が耳の奥で響く。
――知れば知るほど面倒ごとに巻き込まれる。
けれど今の彼にとって、それは選択の余地のないことだった。
真実は、もう目の前まで来ている。
「……答えは遠いだけじゃない。ますます見えにくくなっている。」
その呟きは、誰にも届くことなく、夜に溶けていった。
ノックスは感情を押し殺し、静かにその場を離れた。
セレナの行動は、きっと終わらない。
そして、あの五年前の闇も――まだ終わっていなかった。




