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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第九章

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 ノックスの視線は符紋室の封印に釘付けだった。

 目の前の異常事態に、もはや静観は許されない。

 彼は腰に携えていた符紋道具を取り出し、呼吸を整える。


 ——今ここで動かなければ、「冥域の霊」は完全に脱走するかもしれない。

 それだけでなく、セレナ自身も巻き込まれる可能性が高い。


 ノックスが彼女に近づこうとした、その瞬間——

 凍てつくような殺気が空気を切り裂いた。


「これ以上、近づかないで。」

 冷えきった声が響く。

 セレナの手にある片刃の剣が、夜の闇に鋭い光を放ち、ノックスの胸元を正確に捉えていた。


「何をしている……?」

ノックスは眉をひそめ、低く唸るように言った。

「このままでは封印が崩れる。あの魔物は、お前の命令になど従わないぞ。」


 セレナは何も答えず、剣をひるがえし、そのままノックスに向かって斬りかかってきた。

 ノックスは身を翻してかわし、符紋道具が展開したバリアで斬撃を防ぐ。

 しかし、その一撃の重さに、彼は思わず一歩後退した。


「……正気か?」

 ノックスの声には怒りと困惑が混じっていた。


「あなたが……そうさせたのよ!」

 セレナの声は抑えた怒気を含み、もう一度鋭く斬りかかる。


 ノックスは後方に跳び、バリアで応戦する。

 金属と魔力の衝突音が夜の空気に響き、火花が散った。


 彼女の動きは最初こそ目的が明確だった——ノックスを符紋箱に近づけさせないこと。

 だが、戦いが続くにつれ、その斬撃には余計な力が込められ、精密さを欠いていった。

 まるで任務ではなく、自身の内にある何かをぶつけるかのような、衝動的な攻撃に変わっていく。


 ノックスはその異変に気づき、眉をさらにひそめた。

「……お前の今の動き、封印を守るためとは思えない。」


 セレナは答えず、剣を振り上げ、再び切りかかってきた。


 戦いは次第に激しさを増し、セレナの攻撃はますます荒れていった。

 鋭さはあれど、そこにはもはや冷静さや判断力は見られなかった。


 ノックスは防御しながら観察を続ける。

 そして気づいた——彼女の瞳に、見たことのない感情が宿っている。

 それは、怒りと痛み。そして、自分への執着のような、ねじれたものだった。


 問いかけようとするが、言葉が喉に詰まる。

 不用意に話せば、彼女をさらに逆上させてしまう。そんな直感があった。


 そして、激しい一撃のあと、セレナの動きがふと止まる。

 その場で肩を上下させて息を整え、虚ろな目で宙を見た。

 地面に置かれた符紋箱は、未だ淡い光を放っていたが、彼女の視線はそこに向いていなかった。


 ノックスはこの隙を逃さず、呼吸を整えながら問いかける。


「……お前は一体、何をしたいんだ?」

 その声は低く、警戒と戸惑いを含んでいた。


 セレナは唇を引き結び、何も言わない。

 代わりに剣を再び構える——その刃には、もはや理性の欠片も残っていなかった。

 それはただ、爆発寸前の感情をぶつけるだけの、荒々しい暴力だった。


 ノックスの符紋道具がバリアを張り、どうにかそれを受け止める。

 彼の目は冷静だったが、内心には得体の知れない不安が広がっていく。


「……お前、俺に怒ってるんじゃないのか?」

 その問いは、まるで心の奥を見抜くような一言だった。


 セレナの動きが一瞬止まり、彼と視線が交差する。

 そして、彼女は氷のような声で返す。


「私の問題よ。あなたには関係ない。」


 ノックスの眉はさらに深く寄る。

 封印よりも、今の彼女の不安定さの方が——

 彼にとっては、はるかに危険だった。


 ノックスの符紋道具とセレナの片刃の剣が再び激突した。

 金属と魔力がぶつかり合い、夜の闇に火花が散る。

 二人の睨み合いは一触即発、どちらも一歩も引かない。


 だが、その時だった。

 符紋室の奥から、低く唸るような咆哮が響き渡り、同時に強烈な魔力の波動が空気を震わせた。


 ノックスとセレナは同時に動きを止め、視線を符紋室の方へ向ける。

 すると、封印の隙間から、黒い触手が鋭く飛び出してきた。

 それは腐蝕性の気配をまといながら、二人に向かって勢いよく迫る。


「危ない!」

 ノックスが鋭く叫び、身を翻して回避しようとしたその瞬間——

 触手は驚異的な速さで彼らを捉え、あっという間に空中へと持ち上げた。


 黒い触手は凄まじい力を伴いながら、ノックスとセレナを高く持ち上げ、

 次の瞬間、勢いよく近くの木々へと叩きつけた。

 轟音と共に、何本もの太い木がへし折れ、木片が四散する。


 ノックスは背中を強打され、苦悶の表情を浮かべる。

 奥歯を噛み締め、悲鳴を抑えながら、彼の手から符紋道具が落ちた。

 触手の力はさらに強く締めつけ、骨ごと砕こうとしてくる。


 セレナの状況も深刻だった。

 剣を取り落とし、体は触手に縛られ、

 肌には魔力の浸食による赤い痕が浮かび上がる。見るも痛々しい。


「クソ……っ」


 ノックスは荒い息を吐きながら、なんとか脱出しようと力を込める。

 だが、その拘束は尋常ではない。


 その時、遠くから鋭い魔力の衝撃波が飛来し、ノックスを捕らえていた触手を正確に撃ち抜いた。

 触手は悲鳴を上げ、その魔力の圧力がわずかに弱まる。

 ノックスはその隙を逃さず、力を込めて拘束を振りほどいた。


「誰だ……?」

 ノックスは視線を攻撃の方向へ向けた。


 ——木陰から、見慣れた影が姿を現す。

 銃口からまだ煙を上げているそれは、他でもない、アリアンだった。

 その表情にはこれまで見せたことのないほどの決意と集中が浮かんでいた。


「ノックス!」

 アリアンは叫びながら、再び銃を構えた。


 ノックスはその意図を理解し、すかさず背中から悪魔の翼を展開。

 空中でバランスを取りながらアリアンに小さく頷く。


 アリアンはためらわず、もう一度引き金を引いた。

 鋭い弾丸がセレナを捕らえていた触手を撃ち抜き、

 小さな爆発とともにその魔力を吹き飛ばす。


 触手が悲鳴を上げて崩れ落ちると同時に、セレナの体は宙を舞い、急速に落下していく。

 彼女は姿勢を立て直そうとしたが、連続した衝撃で体力が限界に近づいていた。

 地面が迫り、視界がぐらつく。


「……くっ」

 セレナは歯を食いしばり、目を閉じる。


 だがその直後、力強い腕が彼女の体を支えた。

 彼女の体はふわりと宙に浮き、落下の衝撃を感じることはなかった。


 目を開くと、すぐそばにノックスの冷静な横顔があった。

 彼の背には悪魔の翼が広がり、夜空を滑るように飛んでいる。


「……本当に、手間のかかるやつだな。」

 ノックスはぼそりと呟いた。

 口調は淡々としていたが、その語尾にはどこか呆れにも似た優しさが滲んでいた。


 セレナは目を伏せ、唇を噛み締めると、そっぽを向いて言った。

「下ろして。助けなんて必要ない。」


 ノックスは答えず、むしろ飛行速度を上げ、彼女を安全な地面へと運んだ。


 地上に降り立ち、セレナをそっと降ろした直後——

 茂みの奥から冷たい声が響いた。


「思ったよりも……随分と賑やかじゃないか。」

 その声は、どこか懐かしくもあり、同時に圧倒的な威圧感を伴っていた。

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