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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第八章

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兆し (6)

 夜の冷たい風が庭を通り抜け、落ち葉が微かな街灯の光に照らされて揺れていた。

 アリアンの足音だけが静かな夜道に響き、そのひとつひとつが孤独を物語っているようだった。


 手に握ったスマホを強く握りしめながら、彼女の足はだんだんと速くなっていく。

 セレナの冷たい目、そして父の「役立たず」という言葉が脳裏をよぎるたび、胸が鋭く痛んだ。


「どうしても……一人で抱えたくないだけなのに……」


 アリアンの小さな背中は、薄暗い街灯の下で静かに揺れながら消えていく。

 月明かりがその背を照らし出し、どこか孤独で、それでもなお確かな意志を宿していた。


 スマホの画面は依然として沈黙を保ち、ノックスからの返信はない。

 だが、それでも彼女の足は止まらない。今の彼女は、ただ誰かに話を聞いてほしかった。


 夜道は静まり返り、風と落ち葉が擦れる音だけが響いている。

 アリアンは街灯の下を一歩一歩進みながら、白くなった指でスマホを握り続けていた。


 セレナの「あなたは邪魔なだけ」という冷酷な言葉、そして父の冷たい評価──

「役立たず」──それが自分に向けられた言葉だという現実が、心を容赦なく突き刺す。


 思えば思うほど、彼女の歩みは速くなり、やがて走り出していた。

 頭の中のざわめきから逃れたくて、ノックスに早く会いたくて、

 たとえ彼の冷たい声でも、それがあれば自分が一人ではないと感じられるから。


 だが、夜道は優しくはなかった。

 急ぎ足で横断歩道を駆け抜けたその時、突き出た石につまずいてしまう。


「きゃっ……!」


 体勢を崩し、勢いよく地面に倒れ込む。

 膝に鋭い痛みが走り、反射的に身体を起こそうとするも、痛みが全身を襲う。


 見下ろせば、膝は擦りむけていて、赤い血が滲んでいた。

 アリアンはその傷に手を伸ばしたが、触れた瞬間に息を飲むほどの痛みに顔をしかめた。


 涙が滲み、もうこらえきれない。

 肩を震わせながら、ついにそれは頬を伝い始めた。


「……私、いったい何やってるの……」

 かすれた声で呟きながら、アリアンは顔を上げる。

 見上げた夜空には、誰もいない街路と、どこまでも冷たい月の光が広がっていた。


 セレナの無関心な目、父の軽蔑、ノックスの沈黙──

 全ての記憶が一気に押し寄せ、胸を締めつける。


 膝を抱え込むように地面にうずくまり、腕の中に顔を埋める。

 そして、声にならない嗚咽を風に乗せて、ただただ泣いた。


「どうして……どうして私は、いつもこんなに……役に立てないの……」


 涙混じりの声は、夜風に消されるようにして、静かに溶けていく。

 誰にも必要とされていないのではないかという、底知れぬ不安。


 月の光が彼女の小さな体を照らす。

 その肩は震え、まるで迷子になった子どものように頼りなく揺れていた。


 遠くの街灯が淡く明滅し、木々の間をすり抜ける風が彼女の嗚咽をさらっていった。

 それと共に、最後の抵抗も、どこかへ流れていった。


「ほんとうに……誰にも必要とされていないのかな……」


 アリアンの心の奥で響いたその声は、月光の下でかすかな光を放ちながら、静かに夜に沈んでいった。


 夜の冷たい風が静かに吹き抜け、アリアンは身を縮めて地面に座り込んでいた。

 頬を伝う涙は止まらず、胸の奥の痛みと孤独が、底知れぬ闇のように彼女を飲み込んでいく。


 そのとき、前方から静かな声が響いた。


「こんなところで、何してる?」


 アリアンははっとして顔を上げた。

 涙で霞んだ視界の中に、見慣れた人影が立っていた。

 ぼんやりとした街灯の下、ノックスの姿が少し滲んで見えたが、その声だけは確かに届いていた。


「ノックス……?」

アリアンの声は驚きと戸惑いに満ちていた。


 ノックスは彼女の少し先に立ち、いつも通りの無表情で見下ろしていた。

 ただ、薄暗い光の中でその眉がかすかに寄っており、目線もどこか揺らいで見えた。


「そこで泣いて……何があった?」


 ノックスの声は相変わらず淡々としていたが、アリアンにはどこか戸惑っているようにも聞こえた。


 アリアンは涙を拭きながら、まだ信じられない様子で訊いた。

「……どうしてここに? なんで、私がここにいるって……?」


 ノックスはすぐには答えず、空を一瞥したあと、ポケットからスマホを取り出して彼女の前に差し出した。


 画面には、彼がかけ直した通話履歴と数件のメッセージが並んでいた。


『電話に出ろ』

『どこにいる』

『待ってろ』


 アリアンはその画面を見つめ、言葉を失った。

 ノックスは、ずっと彼女を探していた。


「……私のために、わざわざ来てくれたの……?」


 その問いかけは、ほとんど聞き取れないほど小さな声だった。

 ノックスはスマホを仕舞いながら、変わらぬ口調で答えた。


「他に誰のために行くんだよ? メッセージ送って、電話にも出ないとか……」


 その言葉に、アリアンの目からまた涙があふれた。

 彼女は顔を手で覆い、さっき以上に大きな声で泣き出した。

 肩が震え、堪えていた感情が一気に崩れ落ちる。


「おい……」ノックスは困ったように眉をひそめた。

「何泣いてるんだよ……」


 アリアンは答えず、膝を抱きしめるようにして、腕に顔を埋めた。

 泣き声は風に紛れて小さくなっていったが、彼女の震えは止まらなかった。


 ノックスはその様子をしばらく見つめていたが、やがてため息をひとつついてしゃがみ込んだ。

 ポケットからティッシュを取り出し、一枚を彼女の前に差し出す。


「……これ、使えよ」


 その声も仕草も、いつも通りの無表情のままだったが、どこかぎこちない優しさが滲んでいた。


 アリアンは顔を上げ、ティッシュを受け取りながら、涙に濡れた目で彼を見つめた。

 その瞳には、複雑な想いが浮かんでいた。


 ノックスはアリアンの隣に腰を下ろし、沈黙の中で夜風だけが吹き抜けていく。

 街灯の下、二人の影が静かに伸び、アリアンのすすり泣く声も次第に弱まっていった。


 ノックスは遠くの夜空を見上げながら、思案に沈んでいた。


(セレナのこと、彼女に任せすぎたか……)


 冷たいが優秀で、容赦のないセレナ。

 もし、何かきついことでも言われたのなら──。


 彼はそっと視線を横にやり、まだ膝を抱えたままのアリアンを見た。


(セレナに何か言われたせいで、泣いてるんじゃ……)

「おまえ、そんなに泣き虫だったっけ?」


 ノックスがようやく口を開いた。

 その声音には、ほんの少しからかうような響きがあったが、どこか優しさも混ざっていた。


 アリアンは赤く腫れた目で彼を睨みつつ、ぷいとそっぽを向いて小さく鼻を鳴らした。


 ノックスは小さく息をつき、少し視線を落として言った。

「セレナに何か言われたんなら、気にすんな。あいつの言葉なんかで、泣く必要ない」


 その一言に、アリアンは驚いたように目を見開いた。

 彼がそんなことを言うなんて、想像もしていなかった。


 彼女の瞳にまた涙が浮かび、それでも、今度はほんの少し──

 心が温かくなるのを感じていた。

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