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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第八章

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兆し (4)

 午後の陽射しが教室に差し込み、窓の外では木々の影が風に揺れていた。


チャイムが鳴り響き、授業の終了を告げると、生徒たちは教科書をまとめて教室を出始めた。教室内の音は徐々に静まり、本の閉じる音と足音だけが残る。


 ノックスはゆっくりと自分の荷物を片付けていた。


彼の視界の端に、カスパがこちらへ歩いてくるのが映る。彼の後ろには、アリアンの姿もあった。


カスパは軽快な足取りでノックスの隣に腰を下ろし、にこやかな表情で話しかけた。


「ノックス! 午後は授業がないし、一緒に符紋の研究でもしない? ちょうど新しいアイディアがあるんだ、君の意見が欲しくてさ。」


 ノックスは一瞬手を止めたが、返答する前にアリアンが前のめりに声を上げた。


「図書館に行かない? 魔物に関する新しい資料が入ったって聞いたの! 一緒に見に行こうよ!」


 ノックスは手元の本を「パタン」と閉じ、淡々とした声で言った。

「悪いが、他に用がある。」


 カスパは眉を上げ、冗談めかした口調で言った。

「用って何? 符紋より面白いことなんて、ある?」


 アリアンも近づいてきて、目を輝かせながら言った。

「せっかく皆で一緒に動ける時間なのに、もったいないよ!」


 ノックスはようやく顔を上げ、二人を静かに見つめてから、平然と告げた。

「個人的な用だ。詮索する必要はない。」


 カスパは何か言いたげにメガネを押し上げたが、ノックスはそれを遮るように肩にカバンを担ぎ、無言で教室を後にした。


 アリアンは彼の背中を見つめながら、小さく不満げに呟いた。

「冷たすぎでしょ……ちょっとは可愛げってもんがあってもいいのに。」


 教室を出たノックスは、普段使う道をあえて避け、人通りの少ない小道を選んだ。足取りは速く、迷いはない。風が頬をかすめ、木陰が揺れる中、彼の視線は真っ直ぐに前を見据えていた。


「今日は、どうしても撒かないと……でなきゃ、動けない。」

 心の中でそう呟きながら、さらに歩を速めた。


 いくつかのメイン通路を避けて進んだ後、ノックスはようやく符紋室の近くにある木立の中へと姿を現した。


遠くに見える青銅のドーム屋根が、陽の光を反射してかすかに光を放っている。古代符の光は、まるで近づく者への警告のようだった。


 彼は直接建物に近づかず、木陰の中に身を潜めたまま、周囲の様子を慎重に観察する。


昨夜セレナが残した痕跡はまだ消えておらず、場所によっては魔力の余韻が微かに残っていたが、一部は誰かの手で修復された形跡もあった。


 ノックスはしゃがみ込み、地面に残る符の痕跡に指先を滑らせる。記録装置を取り出し、符の構造と形を詳細に記録しながら、セレナの動きの意図を頭の中で整理していった。


「また来るはずだ……これは一回限りの行動じゃない。もっと深い目的がある。」


 彼は符紋室近くの石柱にもたれかかりながら、ドーム屋根に浮かぶ符の輝きを見つめる。その視線には、迷いと判断の狭間で揺れる思考の色が滲んでいた。


 ――アイデンに、伝えるべきか?


 手の中の記録装置を無意識に撫でながら、ノックスは葛藤していた。

「アイデンは、知るべきだ……」


 しかし、彼の脳裏には、アイデンがこれまで符紋室に課してきた厳しい制限、そしてセレナが残した謎めいた符の存在がよぎる。


「いや、まだその時じゃない。」


 彼の中には、アイデンに対する微かな不信が根を張っていた。

アイデンは、知っていることの半分も口にしていない――それがノックスの直感だった。

符紋室の危険性についても、明確に語られたことはない。


「何かを隠している……」


 ノックスの視線が符紋室の外壁に走る。そこに刻まれた古代の符が、まるで秘密を守る門のように彼を見返していた。


 セレナの符には明確な意図がある。封印に関わる何かを探っていたのだとしたら――アイデンに伝えれば、セレナの行動を妨げ、真実が埋もれる可能性もある。


「彼女が、学園内の“別の勢力”と繋がっているとしたら……」


 ノックスの脳裏には、昨夜見た符の精密な構成が蘇る。彼女が単独で行動しているとは、どうしても思えなかった。


 彼は深く息を吸い込み、記録装置をポケットにしまい込んだ。


その目には、より強い決意が宿っていた。彼は踵を返し、学院のメイン通路へと向かって歩き出す。その足取りは迷いなく、力強かった。


「今はまだアイデンには話せない。もっと手がかりを見つけて、セレナの目的を突き止めてからだ。」

 低くつぶやくその声には、冷ややかさと決意が混じっていた。


その時、遠くに見える符術室の光がひときわ強く輝き、まるで彼の背を静かに見つめているかのようだった。


 学院のメイン通路に出たノックスの目の前には、見覚えのある姿が立っていた。


「符術室のことにはもう関わらないって、言ってなかったっけ?」


 アリアンの声音には不満が滲んでいた。彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。

「アイデン校長にも警告されてたでしょ?」


 ノックスは軽く視線を向けただけで、返事もせずにそのまま学院の方へと歩き出す。

足取りは揺るぎなく冷淡で、まるで彼女の言葉が耳に届いていないかのようだった。


 アリアンは慌てて歩を早め、ノックスの隣まで追いつく。

「ねえ、あれは私たちだけの秘密って約束だったよね? どうして一人で動こうとしてるの?」


 ノックスはようやく足を止め、少しだけ顔を横に向けると、淡々と告げた。

「お前、うるさい。」


 アリアンは気にする様子もなく肩をすくめ、口元に得意げな笑みを浮かべた。

「昨日はセレナが来て、今日はあんた。二人とも何も話してくれないけど、私には何も知らなくていいって思ってるの?」


 ノックスは眉をひそめて彼女に向き直り、鋭い視線を投げた。

「セレナが来たのを知ってたのか?」


 アリアンは腕を組み、得意げに頷いた。

「もちろん。昨日、私はこの辺にいたの。あんたたちの“小さな行動”なんて、見逃すわけないでしょ。」


 ノックスの目がさらに鋭くなり、低い声で尋ねる。

「彼女が何をしてたか、分かるか?」


 アリアンは一瞬言葉に詰まり、それから溜息をついた。

「特に長くは留まらなかったよ。ただ周囲の符術を確認してたみたい。動きは早かったし、何かをチェックしてた感じ。すぐに立ち去ったけど……また来ると思う。」


 ノックスは沈黙のまま視線を落とし、考え込むように眉をひそめた。セレナの行動には確かな目的がある――アリアンの目撃情報がそれを裏付けていた。


「なぜ、それを俺に言わなかった?」

 冷ややかな声で問いかけるノックス。


 アリアンは目を細めて、不満げに返す。

「言う義務なんてないでしょ? あんたも何も教えてくれなかったし。私が自力で気づかなかったら、また勝手に動いてたんじゃない?」


 ノックスは深く息を吐き、符術室の方向に一度だけ視線を向けると、少し苛立ちをにじませながら言った。

「わかった。じゃあ、お前はどうするつもりだ?」


 アリアンはニヤリと口元を歪め、目を輝かせて答えた。

「決まってるでしょ。一緒に調べるの。……じゃなきゃ、私、黙っててくれると思う?」


 ノックスの表情が一瞬固まる。冷たく言い返す。

「脅しか?」


「脅しってほどじゃないよ。」

 アリアンは肩をすくめて、狡猾そうに笑った。


「ただ、私も関わりたいだけ。ねえ、あんたも思ってるんでしょ? 私がもっと知るべきだって。」


 ノックスはしばらく彼女の顔をじっと見つめたあと、低く静かに言った。

「……セレナは、お前の妹だな。」


 アリアンは一瞬きょとんとしてから、首を傾げて答えた。

「そうだけど、それがどうかした?」


 ノックスはそのまま視線を外さず、何かを量るように言った。

「だったら、俺よりも接触しやすいだろ。そんなに知りたいなら、彼女が符術室に近づいた理由を調べてこい。」


 アリアンは目を見開き、驚きと反発を込めて叫んだ。

「私にセレナを探れって言うの? 彼女が正直に話してくれるわけないじゃん!」


「妹なんだから、それなりに話す隙はあるだろ。ただ、タイミングを見て、何か反応を引き出すだけでいい。」

 ノックスの言葉は淡々としていたが、その裏には確かな計算があった。


 アリアンは思わず口を尖らせた。

「あんた、本当に人を使うのが上手いね。でもあの子、あんた以上に冷たいんだから、聞き出せるかどうかは分からないよ?」


 ノックスは肩をすくめて、静かに返した。

「それでも、お前がやるべきだと思う。知りたいんだろ?」


 アリアンはしばらくノックスを睨みつけていたが、やがて観念したように肩を落とした。

「……わかったよ。やってみる。でも期待しないで。あの子、滅多に本音なんて話さないんだから。」


 ノックスはそれには答えず、無言で歩き出した。その背中は、再び学院の方角へと向かっていく。


「気をつけろよ。」

 彼は振り返らずにそう一言だけ残した。


 アリアンはその背中を見つめながら、唇をかみしめた。胸に渦巻く悔しさを抑えつつ、ゆっくりと息を吐く。


 ――でも、確かにこれはチャンスだ。


 アリアンは心の中で静かに決意した。

「いいわ、セレナ……今度こそ、ちゃんと聞き出してみせる。」

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