疑念 (3)
午後の授業は、符紋武器に関する理論と実習だった。
講師は教壇に立ち、手に小さな短剣を持ちながら落ち着いた声で説明を続けた。
「すべてのハンターが強力な魔力や感知能力を持っているわけではない。しかし、だからといって戦えないわけではない。体力の鍛錬と符紋武器の使用によって、その不足を補うことができる。」
講師は短剣を高く掲げ、刃に刻まれた細かな符紋を見せる。淡い緑色の光が紋様に沿って脈打っていた。
「これが符紋武器の力だ。符紋の加護によって、ただの武器でも魔力を導き、魔獣や悪魔と戦う力を持てる。」
教室内には小さな感嘆の声が広がる。
その輝く短剣に、学生たちの視線は釘付けだった。
一人が手を挙げて尋ねる。
「先生、こういう武器って作るの難しいんですか?」
講師はにこやかに頷いた。
「もちろんだ。符紋の刻みは非常に精密で、ほんの少しのズレでも機能しなくなる。場合によっては暴発の危険もある。だから、符紋武器の制作は高度な技術とされている。」
ノックスは静かに座ったまま、その短剣を見つめていた。特に興味を示すでもなく、いつもの無表情だった。
その隣で、カスパが得意げに身を乗り出す。
「見たか? あれ、うちの家の製品だぜ。」
ノックスは眉をひそめ、カスパを見た。
「お前の家?」
カスパは自慢げに頷いた。
「そうだよ。うちは符紋武器専門の工房で、ハンターズギルドにも納品してるんだ。あの短剣も、うちの設計品の一つさ。小さくても、威力はバッチリだぜ。」
ノックスはちらりと講師の持つ短剣に視線を移し、淡々と返す。
「……悪くないな。」
カスパはノックスの冷たい反応にも構わず、肩を叩いて笑った。
「卒業後、仕事に困ったらうちに来いよ! 保証するぜ、悪くない待遇だ。」
ノックスは小さくため息をつき、静かに答えた。
「考えとく。」
「お、約束だな!」
カスパは勝手に満足し、椅子にもたれかかった。どこまでも明るく、符紋武器への自信に満ちている。
一方、ノックスは再び短剣に視線を戻し、心のどこかに微かなざわめきを感じていた。
ふと、ノックスは短剣を見ながら、何気なく尋ねた。
「それが、お前が学園に来た理由か。家業を継ぐために?」
カスパは肩をすくめ、にやりと笑った。
「じゃあ、ノックスは? 違うのか?」
ノックスはわずかに眉を寄せ、冷たく返す。
「どういう意味だ。」
「俺は将来のために来てる。符紋を学んで家を継ぐ。じゃあ、ノックスは? 符紋を学んで、何をするつもりなんだ?」
ノックスは机に置いた分厚い符紋ノートをちらりと見た後、淡々と答えた。
「使える知識を身につけるだけだ。」
カスパは意味ありげに笑い、軽く肩を叩く。
「へえ、高尚だな。でもな、あんた、本気で符紋に興味持ってるだろ?」
ノックスは答えず、ちらっとカスパを見た後、再び短剣に目を戻した。
その無表情の裏で、心のどこかに微かな違和感が広がっていた。
――俺は本当に、何のためにここに来たんだろう。
カスパはおかしそうに笑いながら言った。
「ノックス、結界にも興味あるんだろ?」
ノックスはそっけなく返す。
「まあな。」
言葉は冷たいが、視線は台上の符紋短剣に留まり続けた。
やがて講師が授業を締めくくる。
「次の授業までに考えておくこと。武器にどんな符紋を付与すべきか、用途や効果を踏まえて検討してきなさい。」
教室はざわめき始めた。
ノックスは手早くノートと教材をまとめながら、ふとカスパに訊く。
「……銃の命中精度を安定させる符紋、あるか?」
カスパは驚いたように目を丸くし、にやりと笑った。
「お前が銃に興味を持つとはな。レアだぜ?」
彼はメガネを押し上げながら、嬉しそうに続けた。
「つまり……符紋銃に興味が出てきたってことか?」
ノックスはあくまで無表情のまま、淡々と答えた。
「ただの興味本位だ。」
カスパは笑いながら肩をすくめ、自慢げな口調で言った。
「うちの家業は基本、刀剣系の符紋武器がメインだけどね。最近は銃器にも手を広げてるんだ。ただ、銃の符紋武器は特別な符紋弾が必要だし、製作コストも時間もバカにならないから、昔はほとんど手を出す人がいなかったんだよ。」
一息ついて、カスパは続けた。
「でもな、ある凄腕ハンターのおかげで状況が変わった。彼の研究と実戦データが、符紋銃の技術を一気に押し上げたんだ。」
ノックスは眉をひそめ、少し意外そうに尋ねた。
「ハンター? 符紋師じゃないのか?」
「そう、ハンターだ。」カスパは頷き、少し敬意を込めた口調になる。
「彼が提供した情報は設計だけじゃない。戦闘中にどう使うかって実戦テクも込みだ。表には出ないけど、符紋師たちの間じゃ伝説みたいに語られてるんだぜ。」
そう言うと、カスパはニヤリと笑いながらノックスを見た。
「お前、学園に通ってるくせに、まさか聞いたことないってことはないよな?」
ノックスは肩を軽くすくめ、そっけなく返した。
「興味ないだけだ。聞いたことくらいはあるかもな。」
カスパはメガネを押し上げ、苦笑する。
「お前って本当に不思議だよな。何に対しても無関心そうなのに、妙に器用だしさ。正直、ムカつくわ。」
ノックスは淡々とカスパを一瞥し、そっけなく言った。
「勝手にムカついてろ。」
カスパは一瞬呆れた後、すぐに笑い出した。
「そうやって返されると、逆に嫌いになれないんだよなあ……天然なのか計算なのか、ほんと謎だわ。」
苦笑しながらカスパは付け加えた。
「ま、そいつもな……五年前にぱったり姿を消したんだけどな。」
ノックスは手を止め、顔を上げる。
「そのハンター、"エン"って呼ばれてた奴か?」
カスパは驚いて目を見開き、思わずノックスを指差した。
「お前、知らないって言ってたくせに! 知ってるじゃん!」
ノックスは無表情で答えた。
「たまたま思い出しただけだ。」
カスパは額に手を当ててため息をついた。
「まったく、お前ってやつは……素直じゃないにもほどがあるぜ。」
ノックスは答えず、無言で教科書を片付け、教室を出ていった。
だが、胸の奥には静かならぬ波が広がっていた。
——父さんが、そんなにも特別な存在だったなんて。
アリアンから「エン」という名を聞いた時は、ただの憧れ話だと思っていた。だが今、カスパから「伝説のハンター」として語られるのを聞き、ノックスは初めて父さんの過去を意識した。
平凡だと思っていた家族。
当たり前だと思っていた日常。
そこに隠された真実に、彼は初めて触れた。
ノックスは足を止め、窓の外を見上げた。
陽光の中、彼の緑色の瞳は珍しく、迷いと敬意に揺れていた。
父さんは……ただの学者じゃない。
きっと——何かを隠してる。
そんな確信が、彼の胸に静かに根を下ろしていった。




