第16話 焔ちゃんはドラゴンブラックの大ファン
動画のタイトルは「おい仮面ドラゴンブラックこの野郎」というものだった。
投稿者欄にはガンジョラとある。
「プロレスの対戦相手煽りみたいだな」
「うん。なんか仮面ドラゴンブラックさんをすごい恨みに思ってる感じだね」
まあ仲間の怪人を殺されてるし、恨みに思われるのはしかたない。
しかし怪人のくせに意外と仲間想いなんだな。
「じゃあ再生するね」
「う、うん」
焔ちゃんと肩を並べながら動画を眺める。
「おい仮面ドラゴンブラックっ! 俺はお前を殺すぞこの野郎っ!」
「うわぁ」
サムネと同じく、岩みたいな怪人がカメラを指差して声を上げていた。
やはり怒っている感じだ。
表情はよくわからないけど、声に怒りが込められていた。
「やっぱり仲間の怪人が殺されて……」
「てめえシルバーライトちゃんと仲良くするなこの野郎っ!」
……どうやら違ったようである。
「俺はなぁっ! シルバーライトちゃんの大ファンなんだっ! 毎回、動画でかわいいシルバーライトちゃんを見るのが楽しみだったのによっ! なんでてめえみたいなおっさんと一緒のところを眺めなきゃなんねーんだっ! 死ねっ!」
「す、すみません……」
気持ちがわからなくも無いのでつい画面へ向かって謝ってしまう。
「てめえは絶対に殺す……って、言いてえところだがよぉ。上の命令でてめえを殺すことはできねーんだ。だからボコる。泣くほど殴ってやるからなこの野郎っ! 覚悟しろよてめえっ! 俺のパンチはいてーからなっ!」
「お、おう」
怖いなー怖いなー。
こんな岩怪人に殴られたら頭が砕けちゃうよぉ。
いや実際、怖い。
なんかやばいくらいにキレ散らかしてるし。
「けどてめえがめちゃくちゃつえーのは知ってる。まともに戦ったらたぶん俺じゃ勝てねー。だから人質を使わせてもらうぜ」
「人質?」
「もう知ってるかもしれねーけど、地下東京のあっちこっちにガキの石像があるだろ? あれは俺の仕業だぜ」
「なに?」
あれはこいつが置いたのか?
しかしなんだって子供の石像なんか……。
「あれはただの石像じゃねー。俺の力でガキを石像に変えてやったのよ」
「な、なんだって?」
「俺の額にある窪みが見えるか? 対象を想像してここを押せば石像が砕け散る。石化を解くには俺が念じるか、俺の頭を砕くしねーんだ。そんなの無理だろうがよ。じょらじょらじょら」
「この……っ」
「嘘だと思うか? だったらこいつを見ろ」
ガンジョラが指差す方向には黒いスーツで全身を覆ったデッツの戦闘員がいた。
「じょらーーーっ!」
「ぎゃーっ!!」
「!?」
ガンジョラの吐いた灰色の煙を戦闘員が浴びる。
すると、その身体が石のように変化した。
「そしてこの窪みを押せば」
ガンジョラが額の窪みを押す。
瞬間、石化した戦闘員が粉々に砕け散った。
「じょらじょらじょらーっ! ガキどもの命が惜しかったら、ダンジョンの指定された場所に来い。待っているぞ。じょーらじょらじょらじょらっ! あ、指定の場所と日時は概要欄に書いといたぞ」
と、そこで動画は終わる。
なんかふざけた奴だったが、やっていることは恐ろしく残虐だ。子供を石化して粉々にするとは、いかにも悪の怪人がやりそうな所業だった。
「焔ちゃん?」
スマホを手に震えている。
子供を石化して砕くなんて言われたのだ。
恐ろしくて震えてしまうのも……。
「い、いいね」
「えっ?」
「なんかいかにも悪の怪人がやりそうな極悪な所業でいいねっ! 正義が捗ってきたよーっ! ようしっ! 日時までに気合入れてサムネ作るぞーっ!あ、SNSでも予告出しとかなきゃっ! これは楽しくなりそーっ!」
「ほ、焔ちゃん……」
「あ……えっと、わかってるよ。子供たちが命の危険に晒されてるって。けどあいつを倒せばいいことじゃん。大丈夫大丈夫。甚助さんとわたしなら絶対にあんな怪人やっつけて子供たちを救えるよ」
「ま、まあそうだね」
要はガンジョラという怪人の頭を砕けばいいんだ。
それですべて解決する。しかし奴が頭の窪みを押せば子供たちの石像は砕け散る。
これは難しい戦いになりそうだと俺は不安に思った。
「そんな心配しないで大丈夫。作戦は考えてあるから」
「えっ? 作戦って?」
「それはね……」
「お、おふぉ……」
背伸びした焔ちゃんが俺の耳もとでごにょごにょ話す。
ほ、焔ちゃんの吐息が俺の耳穴に……。
なるほど。耳が幸せってこういう感覚かぁ。
「……わかった?」
「えっ? あ、ごめんもう一度」
「しょーがないなぁ。あのね」
「お、おふぉ……」
聞こえなかった振りをして、あと1回やってもらった。
……
そしてガンジョラが指定した日となり、俺たちはダンジョンへとやって来る。
「はーここがダンジョン言うとこかー。なんや洞窟みたいやな。お嬢ちゃんはよく来るんか?」
「うん。けどここは大勢が利用する正面の入り口じゃないから、整備はされてないんだ。正面の入り口ならもっと綺麗だよ」
「そうなんか? なんでそっちから行かんのや?」
「シルバーライトは有名人だからね。あんまり目立つと配信がやりづらいから」
ダンジョンには複数の入り口があるが、ここは焔ちゃんが見つけた秘密の入り口だ。 周囲には草木が生い茂っており、来るにはけもの道を通る必要があった。
すでにシルバーライトへ変身している焔ちゃんは配信の準備中だ。その準備が終わって配信が始まったら指定された場所へ行く予定だった。
「ちょっと甚助さん」
「えっ? なに?」
「なに、じゃないでしょ。甚助さんも変身しないと」
「あ、そ、そうだね」
俺は周囲を確認する。
「ここには誰も来ないから変身して大丈夫」
「う、うん」
正体がバレたら不都合……というのもあるが、やはり変身ポーズが恥ずかしかった。
俺は手を高く伸ばし、それを時計回りに回していき……
「へ、変身っ!」
最後にベルトを握る。と、
「おっ」
身体中が鱗に覆われ、俺の姿は仮面ドラゴンブラックへと変身した。
「へ、変身できた……」
こんなおもちゃみたいな変なベルトで変身できるのかちょっと疑っていたが、問題無く変身ができたようだ。
「きゃーっ! 格好良いっ!」
「うおおっ!?」
不意に焔ちゃんが抱きついてくる。
いきなりおっぱいの柔らかさに襲われた俺は、変身して強くなったはずなのに下半身は敗北を訴えた。
「シ、シルバーライトちゃんっ! 当たってるっ! 当たってるからぁっ!」
「あ、ごめーん」
焔ちゃんは俺から離れてペロリと舌を出してはにかむ。
うおお……やっぱりかわいいな焔ちゃん。
かわいいし、エッチだし本当に最高だ。
「わたし仮面ドラゴンブラックさんのファンだからつい」
「ほ、焔ちゃんが俺のファンっ!?」
「だってわたしの憧れるヒーローそのもなんだもん。本当、格好良いよ」
焔ちゃんが俺を見ながら、うっとりした表情で格好良いと言ってくれる。
こんなこと言われたら、おじさん嬉しくて一晩で法隆寺建てちゃうよ。
……とは言え格好良いのはおじさんの俺ではなく、仮面ドラゴンブラックという改造人間の姿なので少し複雑であった。
「あ、じゃあそろそろ時間だからダンジョンに入ろーっ」
「う、うん」
俺はバイクと一緒に焔ちゃんについて、ダンジョンへと入った。
「よーしそれじゃあ配信始めるねー。3、2、1……こんにちはーっ! シルバーライトでーすっ!」
――キタキター
――シルバーライトちゃんこんちはー!
――かわいい
渡されたスマホに映る動画のコメント欄がいきなり滝のように流れ行く。
相変わらずの大人気だ。
「こ、こんにちはー」
――あ、おっさんだ
――おっさんこんちは
――おっさんなんて見たくねーんだよ引っ込め
――シルバーライトちゃんに近づくな
――怪人に殺されろ
……俺への罵倒コメントが滝のように流れていく。
相変わらず俺も大人気だぜ。
「みんなも動画を見て知ってると思うけど、今日は怪人ガンジョラの指定した場所に行くよ。けどあんな怪人の思う通りにはならないからね。わたしとスーパーヒーロー仮面ドラゴンブラックさんで倒しちゃうぜーっ!」
――今回は結構やばそうだけど大丈夫かな?
――下手したらシルバーライトちゃんが石像に……
――あの怪人はシルバーライトちゃんのファンらしいしそれは大丈夫じゃね?
――石化させられるとしたらおっさんだな
――おっさんの石化希望
――おっさんさよなら
「ちょっとみなさん、俺に厳しくない?」
――おっさんに厳しくない人間なんていない
――若くてかわいい女の子はみんなに甘やかされる。おっさんは全人類から厳しく扱われる。これは真理。
「……まあそれもそうか」
納得したので俺は黙り込む。
「ちょっとちょっとみんなー。仮面ドラゴンブラックさんをいじめちゃダメだよー。わたし仮面ドラゴンブラックさんのファンなんだからさ」
――はあ?
――それはちょっと許せない
――シルバーライトちゃんがおっさんのファンとかないわ
――ちょっと横になるわ……
――だから男が出るのは嫌なんだよ
焔ちゃんは俺を庇ってくれたのだが、ファンという一言でコメント欄が荒れた。中には擁護するコメントもあるが、大半は批判的なものだった。
まあ視聴者の立場からすればこの反応は当然だ。
俺も見ている側なら、おっさん死ねってコメントしてたかも。
「もーなんでみんなそんなに仮面ドラゴンブラックさん嫌がるの? ちょー格好良いのにさー」
「シ、シルバーライトちゃん、それ以上はもうね……」
火に油を注ぐようなものである。
――じょらーっ! やっぱり許せねーっ!
「うん? じょらー?」
なんかひとつだけ変なコメントがあり、目に留まった。