第6話
「はぁ……」
優秀な侍女たちにセッティングされたベッドの上に思い切り倒れ込んで重々しくため息をつき、ゴロゴロ転がるとシワひとつなかったシーツがグシャグシャになっていく。
「姫様。はしたないですよ」
そう言ったのは年の近い仲の良い侍女のソフィーだ。
準備したティーカップにお湯を入れ温めて、ポットに入っている王室御用達の紅茶が注がられると部屋の中に良い匂いが立ち込めてくる。
だが私の心中は大好きな紅茶でも収まりそうにない。
「だって……あんなことがあって久しぶりにアーデルヘルムに会うのよ……気まずすぎるわよ……」
明日は約束の日だ。
先日、レオ兄様のせいで好きな人の前で怒鳴ってしまったのだ。
母譲りの気の強さを持っていようが、好きな人の前では可愛くいたいというのが女の子ではないだろうか。
あの時に戻って自分の口を塞いでやりたいとメソメソ泣いていると準備を終えたソフィーがよしよしと頭を撫でてくれる。
同い年のはずなのに圧倒的なお姉さん感は彼女が六人兄弟の長女だからだろう。
「私が男爵様の立場なら嬉しいことですよ?」
「でもアーデルヘルムはそうは思ってないかもしれないじゃない……急に怒って嘘ついて立ち去るなんて、淑女らしからぬ行為だわ」
またベッドに顔を埋める。
いつもの強気な自分はどこに行ってしまったのか。恋とは人をこんなにも弱くしてしまうものらしい。
せっかくの紅茶が冷めてしまうと分かっていても動けずウジウジしていると、突然ソフィーが「あっ」と声をあげた。
「明日城下にデートに行かれてはいかがです?」
「え?」
「今度王家主催の舞踏会がありますよね」
「そうね」
舞踏会シーズンに入ると、最初に開かれるのは王家主催だと決まっていて、貴族なら誰しも招待状が送られる。それは男爵であるアーデルヘルムにもだ。
「そこで身につけるアクセサリーをお二人で選ぶんです。楽しい時間に気まずい雰囲気なんて一瞬で消えちゃいますよ!」
「……そういうものかしら」
「えぇ! それに……初デートですよ?」
「初……デート!」
耳打ちしてきた魅力的な言葉に体が一瞬で起き上がる。
現金な私にソフィーは小さく笑って「さぁお茶にしましょう」と椅子に座るよう促した。
◇◇◇
次の日、ソフィーに案内されてやってきたアーデルヘルムはきごちなく笑い向かいの椅子に座った。
やはりこの間のことを気にしているのだろうか。面倒ごとに巻き込んでしまったことをまた謝るべき?それとも今更だろうか。
頭の中でまたモヤモヤが蘇ってきているとソフィーの咳払いが聞こえて顔を上げるとソフィーがウインクを飛ばしてくれたので、頑張って勇気を出す。
「あ、アーデルヘルム。今度うち主催の舞踏会があることは知っている?」
「え? あ、はい。私にも招待状が届きました。ヴェロニカ様と私の婚約を発表するのだと陛下より言われております」
「っ! そ、そうなのね……そ、その……」
「? どうかされましたか」
歯切れの悪くなった私にアーデルヘルムは顔を覗き込んでく。
どうかしたかだと?好きな人との婚約発表をすると聞いて悶えない女の子はいないだろう。
何となく感じていたがアーデルヘルムは女心に鈍いような気がする。
「なんでもないわ」と言って平常心を装って紅茶を飲んだけど、側に控えていたソフィーが小さく笑っていたので耳が熱くなったのを感じて咳払いをする。
「ところでアーデルヘルム」
「はい」
「今度の休日は予定は空いてるかしら」
「休日ですか? 今のところ予定は入っておりませんが」
「ならその日、私のデートしなさい!」
「……はい?」