表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

軌跡

木が焼ける臭いがする。空気に灰が混ざり鼻腔を擽った。くしゃみをして、その飛沫に血を含む。口の端から深紅の泡がゴボゴボと音を立てて吹き出た。意識も朦朧としていて、それでも自分が土の上に臥していることは理解できた。

 (おかしい、私は何故このようなことになっている。)

 老人は思考を巡らせて、結局それが無駄であることに気付いた。

 頭をもたげ前を見ると、人影が立っている。人影、と形容したのはそれが逆光で果たして本当に人類であるという確証が持てなかったからである。ただ背の低いことと、手に先端の鋭い棒状の何かを携えていることだけが辛うじてわかった。人影は老人に罵声を浴びせている。

 「お前のせいで」という語だけが辛うじて聞き取れたが、老人の在り方に憤怒している様子だった。だが先述の通り彼はこの状況を理解できずにいる。弁明が必要だろうか、腕に力を入れ立ち上がろうとした途端に腹部の灼熱感が邪魔をした。結局立ち上がることは叶わなかった訳だが、老人が己の手で腹部を撫でて、漸くそこから夥しい血が溢れていることに気が付いた。恐らく眼前の人影のそれの仕業であろう。声が出ない代わりに血が溢れているがそれは人影にとって怒りを鎮める免罪符にはならなかった。尚も人影は怒号を浴びせ、老人に歩みを進めていた。逃げねば。本能的に、老人はそう考えるに至った。這い逃げる老人に、ゆっくりと、ゆっくりと。溢れ出る紅いそれは道のようになっており、果たして老人の人生の軌跡とでも言えるだろうか。

やがて人影は老人の背部を渾身の力で踏み、動きを封じた。老人は激しく喀血し、瀕死の様相にある。息も絶え絶えで、まさしく風前の灯火と形容するに相応しい無様な見てくれである。人影はそんな様子の老人に一言、「ごめんね」とだけ残し、手に持ったその鋭利な何かで老人の頭に目掛けて-


 ここで眼を醒ました。

「………酷い夢だ。」

額に伝う冷や汗を拳で拭い、ほぅと一息吐いた。ベッドから立ち上がると寝間着を脱ぎ捨て、赤い外套に身を包むとそのまますぐに家を出た。森の中にある小さな家だ。昨夜は雪が降ったのか、うっすらと積もっている。東の方角、遥か彼方に朝陽を浴びて煌めく教会の鐘が見える。

「行くか。」

白い息を吐きながら小さく呟くと、歩みを進めた。

森の香りが鼻を擽って、くしゃみが出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ