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05:ベロムにて

ベロム領に来て初めての冬がやってきた。

1年を通して温暖なベロムでは、冬とは名ばかりのもののような気もするけれど。

それでも吐く息は白い。私はそれが楽しくて、なんども「はぁー!」と息を吐いてははしゃいでいた。

おかしな話よね。ミシェルだった頃には何度も経験したことなのに。王都には雪だって降るのですもの。白い息を吐きながら、マフラーをキュッと締め直してお使いに走ることなんてしょっちゅうだったじゃない。なのに今は息を吐き出すだけのことが楽しくてたまらない。


「ただいまー!見て!おばあ様!まだこんなに残っていたのよ!」


差し出した籠の中には真っ赤なリンゴが4つ、5つそれ以上入っている。


「まあまあ!あなたのお顔にも真っ赤なリンゴが2つついていますよ。」

受け取った籠を一度床に置いたおばあ様が、両方の手で私の頬を包み込んだ。


「暖かい、おばあ様の手はとっても暖かいわ。」


信じられる?私、外に出かけていたのよ!リンゴを集めてきたの。こんなにたくさんのリンゴを運べるくらい力持ちにもなったのよ。


ベロム領に来てからというもの、私は熱を出すことがなくなった。それでも夏の間はまだまだ長いお昼寝が必要で、日に3度の薬も欠かせなかった。

いつ頃だったっけ、栗の実を集めに行く頃にはすっかり元気だったから、それよりも前だったのだと思う。私は初めて邸の外に出る許可を頂いた。お医者様がもう走っても転がっても大丈夫と仰ってくださったのだ。


私は嬉しくてたまらなくなって、その場でくるくると回った。嬉しいとこうやって踊るのはミシェルの頃からのクセだったみたい。だって今のミシェルも私の前で何度も回ってみせたから。


「私、健康になったのね?」

おじい様もおばあ様もそれはお喜び下さって、うんうんと頷いて下さった。


「いつおうちに帰れるかしら?次におじい様とおばあ様が王都に行かれるのはいつ?」

すっかり元気になった姿を早く見せたい。私が駆け寄ったらみんな驚くかしら。モニクが走る姿なんて一度も見たことがないもの。


けれどおじい様はそれには答えて下さらなくて、よいしょと私を膝の上に座らせると何度か頭を撫でてから話し始めた。


「モニクにも早く話そうと思っていたことなのだがね、しばらくはここで暮らすのがよいと思うのだよ。」


お2人が言うには、私には王都の空気が合わないのですって。確かにそうなのかもしれない。だって、以前のモニクは11歳になってもベッドで過ごす日の方が多かったのですもの。なのに今の私はベロム領に来てほんの数ヵ月でこんなにも元気になったわ。もし王都に戻ってまた前のように喉が腫れて熱が続いたら、と思うとぶるんと身震いがした。


「王都にいずれは戻るとしても、もう少しここで体力をつけてからがいいと私たちは考えているの。」


おばあ様が続けられた。そしてー


「年が明けたら家庭教師もつけようかと話しているのよ。王都に帰るまでに立派なレディにならないとね。」

ミシェルも一度もつけてもらうことができなかった家庭教師。家族の元へ帰れない寂しさよりもこれから先への期待が上回る。


「ありがとうおばあ様!お勉強させていただけるの?」

食事のマナーはミシェルだった時、お母様から教わった。伯爵令嬢だったお母様のマナーは完璧だもの。けれど、それ以外のことは殆どが独学だ。2度目は病と共に虚しく生きるものだとばかり思っていた私の人生が、キラキラと輝き始める音が聞こえるようだった。


既に何人かの教師に打診も済ませているそうで、王都の両親にも連絡済みだというのだから驚きの連続だ。



それからの日々はとても一言では言い表せないほど充実したものだったわ。モニクになれてよかったとすら思えたのだもの。


ベロムに来て1年が過ぎた頃、私は人生で初めてお茶会というものを経験した。

ベロム領に別荘を持つ貴族は多いから、季節になるとここへやってくる貴族は少なくない。それでも昔よりはうんと減ったのですって。その話をして下さったのはクレヴェンティエ公爵夫人。クレヴェンティエ公爵家の別荘はベロムの邸から一番近いところに建っているの。7歳の私に正式な招待状をお送り下さったのよ。


クレヴェンティエ公爵家には3人の息子がいらっしゃる。上のお2人は既に家庭を築いていらして、ここの別荘にやってきたのは年の離れた未のフィンレー様と、お母様であるクレヴェンティエ公爵夫人だった。


おばあ様宛とは別の封筒で「モニク・マヤ=オベール様」と書いてあったのを見た時の私の驚きがわかるかしら。ミシェルだった頃にも一度も経験したことがなかったのですもの。やっぱり私は嬉しくて、その封筒を両手で掲げたままクルクルと回ったわ。


ベロム邸は伯爵家の本邸で、とても立派な邸だと思っている。けれどクリヴェンティエ家の別荘は流石公爵家と言ったところかしら。ベロムのお邸より大きくて初めて見た時はお城かと思ったわ。これで別荘なのだから、領地にある本邸は一体どれほどのお邸なのか想像もできないわね。


クリヴェンティエ公爵夫人にお会いしたのはその一度きりだけれど、その時間は大層有意義だったわ。だってお母様の話をたくさん聞かせて頂けたのだもの。


公爵夫人ヴィオレッタ様が公爵家へ嫁ぐ前のベロムは、夏も冬も国で一番の社交の場だったのですって。お母様とも親しくされていたそうで、今でも妹のように思っていると仰って下さったわ。


「ふふ、ひとつ秘密を教えてあげましょうね。」

そう言って扇子をカタリと広げられたヴィオレッタ様が聞かせて下さった話、いつかミシェルにも聞かせてあげたい。直接話してあげたいの。だって文字では上手く書けそうにないんですもの。


「あなたのお母様はね、ここで1番の人気者だったのよ。夜会ともなれば彼女と踊りたい殿方の行列が邸の外まで続いたものだったわ。」

お母様が美しいのは知っている。でも私はミシェルの頃を含めても、さほど多くの方と交流を持ったことがない。ヴィオレッタ様のお話しに多少誇張が入っていたとしても、やっぱり私たちのお母様はとびきりの美人なのね。大好きなお母様を褒めてもらえるのが嬉しくてたまらなかった。


ヴィオレッタ様が仰るには、当時第2王子だったトルエバ大公様もお母様に夢中だったのだとか。ヴィオレッタ様はてっきり2人が結婚するものだと信じ切っていたのだそうよ。おばあ様は少し困り顔で笑っていらしたけれど、私もっとその話が聞きたい!


とても驚いたわ。そんな話一度も聞いたことがなかったですもの。お母様は大公妃の座よりお父様を選んだってことよね。「世紀のロマンス」って、まるで少女のように語るヴィオレッタ様は、しばし当時の想い出へと馳せてしまったよう。


「でもね、モニクちゃん。あなたのお母様の選択は正しかったわ。」

ニコりと笑ってそう言い切って下さったの。それはどうして?ー


「こんな愛らしい娘に恵まれたのですものね。」

ふふっと微笑みながら、優雅に紅茶のカップを持ちあげたヴィオレッタ様とおばあ様も笑ってくれたから、私は恥ずかしいようなでも嬉しくて踊りだしたくなるような気持ちになった。


素敵。ねえミシェル、私たちの両親って大恋愛で結ばれたのね。

ミシェルは今度もアレン様と婚約するかしら。私とアレン様は静かな灯のような関係だったけれど、あなたはどうかしら。けれどこれだけは言わせてね。今度は幸せになれると信じているわ。




そして時は流れ、ベロムで3度目の春を迎えた私は9歳になった。

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