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04:懐かしい来訪とモニクの決意

「まあ!」


手紙を読んでいたお母様が、嬉しそうな声を上げた。

「もうじきあなた達のおじい様ととおばあ様が遊びにいらっしゃるそうよ。」


ミシェルが嬉しそうにくるくると回っている。

いよいよお2人がお見えになるのね。あの美しい空色のドレス、今度こそミシェルのものになるのだわ。

私には終に着ることが叶わなかったドレス。見たいわ!ミシェルが着ている姿を。



夏を目前に控えたとある日曜日、懐かしい記憶の通り、お2人はたくさんのお土産と共にやってきた。

「久しぶりねミシェル、随分と背が伸びて、ますますノーラに似てきたわね。」

「起き上がって平気なのかい、なんだか今日は顔色がいいようだねモニク。」


以前のこの日も家族4人でお2人をお迎えした。

今日は私も調子がいい。喉は痛くないし、頭もすっきりとしている。こんなに調子がいいのはいつぶりだろう。



おじい様がひょいと私のことを抱き上げる。

「よし、リビングまではじいじと行こうか。」


今日の私は足取りもしっかりとしていたけれど、こうして抱き上げてもらえるのが嬉しかった。

「わあ!見てお姉様!とっても高いわ。行きましょうおじい様。」


私とおじい様を見上げたミシェルが嬉しそうに笑っている。おばあ様も、そしてお母様とお父様も笑顔だ。こんな日は初めてなのではないかしら。私がモニクになって以来、家族がこうして穏やかに集う日は初めてではなかったかしら。


「おばあ様、私たちも行きましょう!」

ミシェルがおばあ様の手を取り足取りも軽くリビングへと向かう。



それからの流れは知っている。運び込まれたプレゼントの山をひとつずつリボンを解いて開けていくの。

お2人が贈って下さった品々は装飾品だけではなくて。刺繍枠や色とりどりの糸、新品の鋏に糊の効いた寝心地のよさそうな寝具。私には可愛らしいリボンや刺繍の入った寝間着もたくさんご用意下さっていた。


「一番大きな花瓶を持ってこなくてはね。」

と、香しい百合とクチナシの花束を抱えているお母様の姿は、小さなモニクから見てもとても美しかった。ええ、私たちのお母様は大層美人なの。こんな小さな邸の中で一日を過ごすなんてもったいないのよ。お母様にももっと外に出る機会を持ってほしいな。



そうしていよいよ一番大きな箱が、ミシェルと私の前に置かれた。ミシェルは私にニコッと笑ってみせると「開けてみましょうモニク!」もう待ちきれないのだ。おじい様が「2人に特別似合うドレスだぞ。」なんて仰るものだから。



私の箱にはピンクのリボンが、そしてミシェルの箱には空色のリボンが掛けられている。中に入っているドレスと同じ色。ミシェルのドレスはよく憶えているわ。見たのは一度きりだったけれど、それは美しかったのですもの。モニクのドレスはどんなだったかしら。ピンクだったことだけは憶えている。似合うかしら、今の私に。



初めて触れた私のためのピンクのドレスは、ミシェルが頂いたドレスと同じく上質なシルクで誂えた品だった。首元がゆったりとしたスクエアになっているのは、少しでも喉に負担がかからないようにとご配慮下さったからかしら。私は常に喉が腫れているわけではないのだけれど、今の流行とは少し違うはずのこのデザインが、とても特別な気がして嬉しくなった。モニク、あなたはこんなにも素晴らしいドレスをいただいていたのね。


隣では、やっぱりミシェルがドレスを抱きしめてくるくると回っていた。懐かしさも込み上げてきて、それを黙って見上げていると、ふと目が合いミシェルが止まった。少し耳が赤いかしら。恥ずかしいのね、はしゃいでしまって。だって仕方ないわよ、こんなにも美しいドレスなのですもの。



「お姉様、お願いがあるの。」

モニクの身体になって既に半年が過ぎた。私はミシェルのものをパン一切れすら奪ってはいない。ミシェルの中に、モニクの我儘に対する怯えや嫌悪の気持ちは薄らいでいるかしら。そうだと嬉しいな。


「なあにモニク。」

でも私は返事を返してきたミシェルの顔を見ることができなかった。もしも悲しい目をしていたら耐えられそうもなかったから。自分のドレスに夢中になってる風を装って続けた。


「そのドレスを着たところを見せてちょうだいな。あの素敵なリボンも結んだところが見たいわ。」


ミシェルは頬を紅潮させ2つ返事で頷く。

「それならモニクも一緒に着せて頂きましょうよ。あなたのドレスも私たちに見せて。」



そういえば、以前のモニクは頂いたピンクのドレスを着たことがあったかしら。懸命に思い出そうとするものの、モニクのドレス姿を見た記憶がない。



「さあ!そうと決まれば早速お着替えにしましょう。2人ともお母様のお部屋で着替えましょうね。」

お母様も嬉しそう。以前はモニクの癇癪でめちゃくちゃになってしまったのだもの。今日はこの真新しいドレスを着て、みんなでお茶を頂くことができるかしら。


おばあ様も手伝うと言って下さって、私たちは4人でお母様の部屋へ向かった。


モニクになってからお母様の部屋にお邪魔するのは初めてだった。ミシェルだった頃には何度も入ったっけ。お母様の部屋はとっても素敵。なんだかいい香りだってするのですもの。


お母様の部屋には大きな鏡がある。

私がミシェルだった頃、いよいよ薬代の工面が厳しくなって邸の中で少しでも値段の付きそうな品々は売りに出した。その時決してこの鏡だけは売ってはならないとお父様が止めたのだったわ。とても美しい縁取りのついた鏡だから、いい値がつくだろうからとお母様は言ったけれど、最終的にお父様に従ったの。


今、その鏡の前にはピンクのドレスに身を包んだ自分の姿が写っている。

「あらあらとってもよく似合っているじゃない。ちいさなプリンセスね。」

おばあ様が目尻を下げて鏡越しの私の姿を褒めて下さった。


「こちらも完成したわよ。」

お母様の声に振り向くと、そこにはあの日私が頂いた、着てみたくてたまらなくて、悔しくてやるせなかった、あの美しいドレスを着たミシェルの姿があった。


ツーと頬を涙がつたい落ちる。綺麗、とても綺麗よミシェル。

慌てて涙を手の甲で拭き取ると、ミシェルの側まで近寄って両手を広げた。

「素敵、お姉様とてもとても素敵。素敵-」


想いが込み上げてきて私は再び泣き出してしまった。

そうすると慌て始めるのはミシェルたち。

「どうしたの?どこか痛む?」と口々に心配するものだから、私は急いで涙を止めなくちゃならないのに、やっぱりミシェルの姿を見ると涙を止めることができなかった。


「あのね、お姉様がとっても綺麗だから嬉しくて泣いてしまうの。もう少しで泣き止むから。」




慣れないドレスを着せてもらい、私もミシェルもカチコチに緊張していたけれど、それからのお茶の時間も夢のようだった。お2人が持って来て下さったのは、王都で一番人気のスイーツショップのケーキなのだそう。ピンク色のクリームに、色とりどりのフルーツがたっぷりと飾られていてとても美味しかった。この季節には珍しい苺も乗っていて、ミシェルは自分も食べたいだろうに、自分のケーキに飾られていた苺を私の口に入れてくれた。私はお返しにと、星のように絞ってあるクリームを丁寧に掬い取ってミシェルの口へと運んだ。ミシェル、あなたが私ならクリームが大好きでしょう?


こうして素晴らしい休日はあっという間に過ぎていく。


おじい様とおばあ様はまだしばらく王都に滞在される。

ベロム家は貴族街に立派なタウンハウスをお持ちだから、王都ではそちらでお過ごしになる。

けれど、私が今日のように調子のいい日がどれだけ続くかはわからない。今夜にでも熱が上がってしまうかもしれないのだ。だから大事な話は今日のうちにしなきゃいけない。


「ねえおじい様、おじい様の領地にも自動車は走っているの?」

今日お2人は馬車でお見えになった。ミシェルと窓に張り付いてお見えになるのを待っていたからそれはちゃんと知っている。


「いいや、ベロム領にはまだ自動車の燃料を供給する施設の準備ができていなくてね。」

おじい様の言葉の意味がよくわからなかった。でもどうやらおじい様の領地に自動車がないらしい、ということだけは理解できた。


「まだ王都内を走らせるので精一杯のようですね。」

私の代わりにお父様が相槌を打つ。


「そのうち馬車に取って代わるだろうとは言われているが、そう簡単に行くものかね?」

おじい様とお父様が何やら難しい話を始めてしまった。ダメよ、難しいお話しは私の話の後にしてちょうだい。今から私はとっても大切なお話しがあるのよ。


仕方ないわ、私にはどうしても今日のうちに話しておきたいことがあるのですもの。おじい様がお父様に夢中ならおばあ様にお願いするしかないわ。


「ねえおばあ様、私おばあ様のおうちに住みたいの。ベロム領に行ってはいけないかしら。」


何度も繰り返しになるけれど、モニクの病は原因が究明されていない。不治の病かもしれないし、今後特効薬が見つかることだってあるかもしれない。けれど少なくともこの先モニクが11歳を過ぎるまでは寝たり起きたりの辛い日常が待ち受けていることだけは確実だ。


でもね、おじい様たちの領地に行けば、少しは身体が楽になるのではないかと思って。王都の空気は汚れに汚れてしまって、健康だったミシェルの身体ですら息苦しさを覚えることがあったわ。

綺麗な空気の下で暮らしたら、少しは体調がよい日が続くのではないかしら。


それにね、私がいなければミシェルはなんの憂いもなく女学校に通い続けることができるはず。お母様だって以前のように外に出て活動することができる。お父様もそうよ。毎日遅くまでお仕事をすることもなくなって、家族3人揃って夕食を囲むことができるようになるかもしれないわ。それもこれもみんなモニクのために諦めているのですもの。私さえ王都を離れたら、オベール家がこれ以上社交から孤立することもきっとなくなる。


そう思って、今日お2人にお話しすることを決めていたのに、真っ先に反対したのはお母様だった。


「ああダメよモニク。ベロム領は遠いのよ。何日も馬車に揺られるなんてモニクの身体が持たないわ。」

お母様が目元を揺らせて動揺している。お母様がこんなに強くモニクの意見を拒絶するのは初めてのことだったから、私は少し驚いてしまった。


自動車の話をしていたおじい様とお父様も今は静かに私たちを見守っている。

少しの沈黙が続いた後、口火を切ったのはおじい様だった。


「ノーラ、ベロムまでは何日か馬車を走らせねばならないが、途中に宿はいくつもある。それはお前もよく知っているね。モニクの負担にならぬよう少しずつ進めば、ベロムに行くことも決して不可能ではない。モニクの療養にもベロムの地は悪くないと思うぞ。」


以前ミシェルだった頃に聞いて知っている。ベロム領は気候がよいことで有名な地だ。高位貴族の別荘がいくつもあるとも言っていたっけ。


治ることは期待していない。でも少しでも身体が楽になるのなら、私は大好きな家族と離れることになってもベロムへ行きたいと思っていた。この身体になってまだそんなには経っていないけれど、本当に辛いのですもの。


それでもお母様はなかなか首を縦には振って下さらなかった。

「でも、モニクと会えなくなるだなんて。高熱が続くこともあるのよ。夜通し付いていてあげなければならないわ。私が側に付いていなくちゃ。ああモニク。ごめんなさいあなたばかりこんな辛いわよね。私が代わってあげられたらどんなにいいか。」


「お母様、私もお母様とお父様とお姉様と暮らしていたい。でもやっぱり苦しいの。もしもおじい様達のところで身体が丈夫になったら、すぐにでも帰って来るわ。だからお願い!私行きたいの。」


それから長いこと大人たちは話し続けた。

今の私は以前のモニクとは違うから、自分の意見が聞き入れてもらえないからと言って癇癪を起こしたりなんてしないのだけれど、ミシェルは私がいつ破裂するのではと気が気ではない様子だった。それはお母様も同じようで、話し合いの間中私をキュッと抱きしめたまま背中をさすり続けていた。



太陽が西の空に沈みかけた頃になって、ようやく私のベロム領行きが決まった。

そしてその晩、私は今までで最も辛い夜を過ごすこととなった。


喉がパンパンに膨れ上がって塞がってしまったかのよう。口を開いても呼吸が上手くできなくて、苦しくて苦しくて涙が止まらなくて、熱いのに汗も出なくてどうにかなってしまいそうだった。


治すから。お2人がお戻りになる日までにはきっとよくなるから。置いて行かないで。必ず私を連れて行ってね。

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