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02:目覚めた時に

身体が熱い。熱がこもり身体の内側で沸々と沸いているかのよう。

喉が詰まり焼けるように痛い。

息苦しいし、瞼が重い。



いえ・・・待って。

そうじゃない。


生きてるー


私は生きているのね?


あのまま死ぬのだと覚悟したけれど、私にだってやりたいことはまだまだたくさんあるのですもの。

よかった、生きてた。



一日も早く身体を治そう。幸い腕にも足にも痛みはない。骨は折れていないみたいね。けれどなぜ喉がこんなにも痛いの?喉を打ち付けたかしら。声は出せる?



ー今はとても無理。


考えるのは熱が下がってからでも遅くはないわ。

私が寝ている間はモニクだってどうすることもできないのだから。


ああモニク。とうとうあの子は限界を超えたわ。今回だけは何があっても許してなんかあげないのだから。婚約者を譲れですって?思い出しても腹立たしい、あの時部屋まで送るだなんて言わなければよかった。




「・・・ー」

声が聞こえる。

小さな子供のような声。でもモニクとは違うわ。誰?なんと言っているの?


熱で耳まで塞がってしまったよう。その幼い声はくぐもってよく聞こえない。

待って、きっともうすぐ良くなるから。そうしたらもう一度聞かせて?






どのくらい経ったのだろう。全身汗まみれで気持ちが悪い。まだ熱がこもっている感じがするものの、喉の痛みは幾分ひいた。これならば起き上がれそうだ。喉が渇いた。水を取りに行こう。


ゆっくりと瞼を持ち上げる。



見上げた天井は見慣れた私の部屋のものではなかった。どの部屋に寝かされているのかしら、確かに見覚えはあるのだけれど。


その時、にゅっとベッドの脇から覗き込む顔と目が合った。

喉の痛みが幸いした。じゃなければ、とてつもない悲鳴をあげていたことだろう。

私は音にならない悲鳴代わりの情けないうめき声をあげた。


「目が覚めたのねモニク。喉が渇いたのね?水を用意してあるわ、今注いであげるわね。」

そう言って立ち上がり水差しからグラスに水を注ぐ幼い()を唖然としたまま見つめる。


何?


何が起こったの?



私が2人い、る?


混乱する頭の中を精一杯動かして考える。



「はっ?!」


さっき、この小さな()は「モニク」と話しかけてきたわ。

仰向けのまま、顔の前に両手をかざしてみる。小さい、そこにあるのはまだえくぼの残る幼い2つの手だった。

慌ててガバリと起き上がる。左右を見回してようやくここがモニクの部屋だと気がつく。


小さな()が水を注いでいたチェストとベッドを挟んで対に置いてある、もう1台のチェストの上に小さな鏡が置いてあるのを見つけた。あれは売られたはずの鏡ー


考えるのは後よ。

急いでベッドを降りて鏡に駆け寄る。とても嫌な予感がする。どうか映らないで。



つま先立ちになりながら、なんとか両手で鏡を掴む。一度目を瞑り、ふぅーと息を吐き出して覗き込む。


そこに映っていたのは、私のとは違う、ヘーゼルの瞳だった。



「モニ・・・ク」


全身の力が抜けてしまったようで、私は鏡を手にしたままぺたりと床に座り込んでしまった。


「どうしたのモニク?大丈夫?足が痛い?」

小さな私が私のことを案じて駆け寄ってくる。



「足、痛くない。」

シワシワの声を絞り出す。

それを聞いてミシェル()はニコりと笑った。とても変な気持ち。


「そう、よかった。鏡は元の場所に戻すわね。」

そう言って手を伸ばしてきたので、おとなしく鏡を渡す。



何故?


何故私がモニクの姿をしているの?どうして2人ともこんなに小さいの?

ミシェルの中身がモニクなのかしら。私たち入れ替わってしまったの?


ううん、わからない。

私は病弱なモニクしか知らない。身体が弱くて、自分勝手で我儘な私の妹。

あの子が健康だったら、こんな風に優しく笑いかけてくれたのかな。


鏡を元の場所に戻したミシェルは振り返ると、私のすぐそばで屈んだ。

ひょいと身体を持ち上げられ、ぽすんとベッドの上に戻される。


「床は冷えるわ、ベッドに戻りましょうねモニク。」







小さなミシェル()の頭には、あのリボンが結ばれていた。あの日モニクに奪われた大切なリボン。


綺麗なリボン。

女学校に入学する時お母様が下さった大事なリボン。

「新しいものは買うことができなくて。」

と悲しそうな顔をしたお母様がこのリボンを結んでくれた時、私はとても嬉しかった。


お母様が私くらいの年齢の頃に使っていたリボンなのですって。

深い緑色と卵色のチェック柄に、たくさんの花が刺繍してあってとても素敵なの。


「いつかあなたの髪に結んであげたくて大切にしまっておいたのよ。」


嬉しい。

お母様の宝物を分けて頂いたみたいで、私は本当に嬉しかった。


「ありがとうお母様。とっても素敵。毎日結んで行ってもいいかしら。」


「毎朝結んであげましょうね。」とお母様も笑顔で答えて下さった。


私がバカだったのよ。

学校から帰ったらすぐに解けばよかったのだわ。そうすればモニクに見つかることも奪われることもなかったのに。



でも、今目の前で私のことを心配しているミシェルの髪にはそのリボンが飾られている。

よかった、まだ奪う前だった。


安心してミシェル。私は決してあなたのものを奪わないから。



「お姉様」

自分の顔に向かってそう呼びかけることには抵抗がないわけではなかった。でもモニクは私のことをそう呼んでいたから。


「なあにモニク、今温かいお湯を持ってくるわ。身体を拭いてあげる。」

そう、汗をかいたモニクの身体を、私はよく拭いてあげたわね。ちっとも嫌な仕事ではなかったわ。あなたも嫌でなければいいのだけれど。


「ありがとうお姉様。それと、とっても綺麗なリボンね。すごく似合ってるわ。」

一瞬ミシェルの表情が曇りかけたのを見逃すことはできなかった。そうよね、既にモニクにたくさんのものを奪われているのですもの。そのリボンだって私は何度結ぶことができたのだったかしら。


今できる精一杯の笑顔をミシェルに向ける。

ミシェルも笑顔を返してくれて。

「これはお母様から頂いたの。モニクが誉めてくれて嬉しいわ。」


「ええ、お姉様の髪にピッタリよ。」



ミシェルがお湯を取りに行っている間に、部屋の中を一通り確認して回った。さほど広い部屋でもなく、モニクの手が届く場所となるとさらに限られる。


この本と、このハンカチと・・・あとはベッドの上に置いてある縫いぐるみ。

それら全てをまとめてベッドの上に置き、ミシェルが戻るのを待った。



「おまたせモニク。身体を綺麗にして着替えましょうね。あら?」

私と、ベッドの上に並んでいる品々を交互に見たミシェルがやや困惑した声を上げた。


「これ、ずっとお借りしたままでごめんなさい。全部お姉様にお返ししたいの。」


実をいうと、ミシェルだった頃に読みかけだった本だけは続きが読みたかった。でも今のミシェルだって続きが読みたくて悲しかったはずなのだ。それに今のモニクはまだまともに文字が読めないと思われているはず。もう少ししたら、ミシェルが読み終えたら今度は「貸して。」とお願いしてみようかしら。



ミシェルは少し震えているみたい。

驚くわよね、モニクが奪ったものを返したことなんて一度だってなかったですもの。


私のことをキュッと抱きしめると、ミシェルは優しく微笑んだ。

「ありがとうモニク。またいつでも貸してあげるわ。」



「嬉しい。お姉様、ねえ今度この本を読んでもらえない?」

「いつでも読んであげる。モニクの調子がよい時に読みましょうね。」



どうして私がモニクになってしまったのかはわからない。

けれどねミシェル、今度はいい姉妹になりたいわ。あなたを傷つけ苦しめる存在にはならないと誓うから。


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