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17:エピローグ

僕、フィンレー・セスが初めてモニク・マヤ=オベールに会ったのは、10歳の夏のことだった。

ベロム領にある公爵家の別荘に行くのは久しぶりのことで、僕もそれが楽しみだった。


何年も行くことのなかった別荘に行くことを決めたのは、母宛に届いた旧友からの手紙がきっかけだった。


それは遠い昔、母がまだ伯爵令嬢だった頃にまで遡る話。

当時のベロムは高位貴族がこぞって訪れる地だった。ベロムに別荘を持って初めて貴族として一人前と認められるような、そんな時代だったそうだ。

そのベロムに本邸を構えるベロム家の伯爵令嬢と母は、いつしか友人と呼べるほどの仲になった。


僕の母はひいき目なしに華やかな人で、今の年齢になっても人目を惹く目鼻立ちをしている。対してベロム令嬢は一言で言うと楚々とした、それでいて近寄りがたいほどの美貌の持ち主だったと母が話して聞かせてくれた。


その美しい母の友人という女性が、王都の貧乏貴族と恋に落ちた話は何遍と聞いた。うん、時には寝物語として、ある時はお茶菓子の代わりに。


その夫婦の娘が療養でベロムへ行くことになった、らしい。

それを聞いた時の僕の正直な感想は「ふぅーん。」その程度だったよ。無理もないだろう?会ったこともない人たちのことなのだから。半日も経てば忘れてしまうような話だったさ。


オベール子爵家は、僕の知っている貴族とはかなり違うらしい。娘の暮らすベロムまで会いに行くことすら叶わないんだってさ。馬車がない、それどころか庭すらない無機質な四角い建物がズラリと並ぶ、そんな街に暮らす貴族がいることを僕は初めて知った。

娘に会えない辛さを書き連ねていたのだろうね。母はそのお嬢さんを慰めに行こうと言い出したんだ。ちょうど歳の近い僕もいるからね。話し相手になってあげましょうね、可哀想な子なの、と。


ベロムへ行くのは楽しみだった。けれど小さな女の子の子守りはちょっとなぁー。


そんな僕の気持ちは根底からひっくり返されたのさ。その小さな女の子に。


病弱でまともな生活を送ってこれなかった子だって?この子が?

初めて彼女に会ったのは、僕の母が開いた小さな茶会の席だった。モニとモニの祖母だけを招待したささやかな茶会さ。


そこにやってきた彼女は、所作も美しくどこから見ても立派な貴族令嬢だったよ。5歳くらいに見えたかな。7歳だと聞いていたはずなのに、あまりにも小さくてそのことを忘れてしまうほどだったのさ。


彼女は僕の母の話を瞳をキラキラとさせながら聞いていた。可愛い子だなと思ったよ。でも僕が気になったのは、その愛らしい笑顔ではなくて、ふとした瞬間に見せる妙に大人びて疲れたような寂しげな表情だった。そのちぐはぐさが何日も頭から消えなくて、今度は僕の方からベロム家に訪ねていくことにしたんだ。



僕たちはベロム家の庭にある東屋で会った。この時はまだモニ専用のあの可愛らしい客間はなかったんだよ。たくさんのお茶菓子が並べられて僕らは向かい合って座った。僕から訪ねてきたと言うのに、何を話したものかとまごまごしていたら、モニから話しかけてくれたんだ。クレヴェンティエはどんな街なのですか?よろしかったらお話し下さいませんか?ってね。


髪を2つに結んで、ピンク色のドレスに身を包んでいる彼女は間違いなく小さなとても小さな女の子なのだけれど、なんだか義姉さんたちと話している時のような気分になった。


僕はモニのことがもっと知りたくて、彼女のことばかり尋ねた。

最初は僕でも知ってるようなことだったよ。ベロムに来てちょうど1年が経ったとか、以前は身体が少し弱かったけれど、今はこの通りすっかり元気になったとか、そのおかげで文字を覚えたり本を読んだりもできるようになったのです、と。

なんだかちょっともどかしかった。きっと僕は壁を感じていたのだろう。その時はまだモニとの間に見えない壁が確かにあった。


僕は次の休みにまた来るよと言ってベロムを後にした。その前に「手紙を書いてもいい?」と聞いた。これは返事を書いてほしいという意味。彼女は笑って答えてくれたよ。「ええ、楽しみにしています。」とね。


その時もう一歩だけ近づいてみようとした。少しでも壁にひびを入れたくて。

「これからは僕のことをフィンと呼んでくれない?友達はみんなそう呼ぶんだ。」


彼女は笑って頷いてくれた。

「ええ、わかりましたフィン様。」


違う違う!それじゃフィンレーと呼ばれるよりも遠く感じるよ。僕は慌てて付け加えた。

「様は止めて。だって友達でしょ僕たち。これからはその敬語も止めてくれると嬉しい。」


束の間の躊躇いは感じたよ。けどね、その躊躇う姿すら僕を夢中にさせたのさ。

「ええ、すぐには難しいけれど。よろしくねフィン。私のことはモニとでも呼んで下さるかしら。」


嬉しかった。とっても嬉しかったんだ。彼女のことはモニの祖父母すらモニクと呼んでいるからね。僕だけに愛称が許されたみたいで、僕は何度も「モニ。」と呼びかけた。




クレヴェンティエに帰ってから、母にモニのことを改めて聞いてみた。母は友人からの手紙を1通ずつ開いて読んで聞かせてくれたよ。モニの母からの手紙さ。2人はかなり長い間文通をしていたようで、どっさりと一山分の手紙があった。


書いてある内容も衝撃だったが、それが綴られている便箋、封筒にも僕は違和感を感じた。モニが生まれる前であろう古い手紙は上質で、凝ったエンボス加工のある便箋が使われていたのだが、気がつけば地味で質のあまり良くない便箋に変わっていた。それは文官に支給される便箋だと母が教えてくれた。

「聡い子ねフィン。彼女たちはとても苦労していたの。モニクちゃんの薬はそれは高額らしくて。」


モニの病状については、ここまで詳細を綴る必要があるのだろうかと不思議に思うほど、事細かに記されていた。その言葉の後には必ず、「寝ずに看病を続ける日が続いております。」と書かれていたよ。



僕はモニに会うにつれ、いや手紙を交わすにつれ彼女に惹かれていった。モニは相当な努力家だ。彼女の文字は初めて届いた手紙の時から既にとても綺麗だったんだ。それに選ぶ言葉がとても美しかった。僕の知らない言葉もあったくらいだ。~竜胆も末枯れ、ますます秋の香りが濃くなって参りました~なんて言葉から始まる手紙を7歳の子が書いただなんて信じられるかい?

ずっと寝たきりだった子がたったの1年でここまで様々な知識を身につけていることに、僕は正直に敬意を払った。敬意、思慕、それが愛になることはごく自然なことだったのさ。



漠然としていた僕の将来が明確に決まったのはモニのおかげだ。

騎士になるのだろうと思ってはいたけれど、別になりたかったわけじゃない。剣の才能があるわけでもなかったし。適当に騎士にでもなってクレヴェンティエで暮らしていけたらいいや、その程度に思っていた。

けれど、僕は医者になることを決めた。それをいち早く両親に話したさ。公爵家の息子でいる間は、僕は望むだけの教育を受けることができるだろう。使えるものはすべて使う。僕が医者になれたらその日からが恩返しだ。



けれどね、僕とモニは王都には行かなかったんだ。正確に言うと王都の学校には通わなかった。

義姉さん、現オベール子爵夫妻の結婚のお祝いには駆けつけたよ。小さなレストランで、義姉さん夫婦と、ベロム伯爵夫妻、そして僕らでささやかなお祝いをしたんだ。王都での想い出はその1つだけ。


僕らはクレヴェンティエの学校へ通った。そこで最終的に僕は医者になり、モニは看護師の資格を取った。


お義父さんは気の毒な方だ。現実を受け止め切れず、深くとても深く傷ついたのだろうね。その気持ちは理解できるよ。もし、もしも僕の愛するモニクが、僕の知らない裏の顔を持っていたとしたら、そしてそれが決して許されないことだったとしたら、僕だってどうなってしまうかわからないもの。



今の僕はどうしようもなく幸せだ。愛する宝が3人になったのだからね。

大好きなモニクと、2人の大切な子供たち。


モニが初めて会った時のような、どこか遠くを見るような寂しげな表情を見せることもなくなった。それが僕の力だったとしたら、こんなに嬉しいことはないさ。



大好きだよ、モニ。愛している。


お読みいただきありがとうございました。


春頃を目標に次作を書いています。またお会いできましたら幸いです。

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