14:全てが繋がるとき
フィンは私にここで待つように言うと、1人で白い花畑へ向かった。そこで花を1本手折りハンカチで包むとすぐに戻って来た。
「帰ろう、目印をこのまま残しておこう。ベロム伯爵に全て話すんだ。」
そうね、私たちがこの場所にたどり着いたのは偶然ですもの。目印があればもう一度迷わずここへ来ることができるものね。
ついさっきまでは期待に満ち溢れていた森の中を、戻る足は重い。
どうしてお母様は私に。そのことばかり頭に浮かんで悲しくて何度も涙がこぼれそうになる。
帰る道程、フィンの体温だけが心地よかった。
おじい様は外出なさっていて、お戻りになるまで私たちは小さな私の客間で待つことになった。
フィンがおばあ様にベロム家の主治医も呼ぶよう言付けをしていて、おばあ様は私がどうかしたのかと驚いていたけれど、無理やりはしゃいで元気な姿をお見せしたら、納得したようでそれ以上は聞かずお医者様へと使いを送ってくださった。
間もなくお医者様がお見えになって、それからややしばらくしてようやくおじい様もお戻りになった。
「やあフィンレー君、来ていたのかい。毎日モニクの相手をしてくれてありがとう。」
おじい様はにこやかに話しかけてきたものだから、フィンはどうするのかしらと少し心配したのだけれど、フィンは立派な公爵令息ですもの。私なんかが心配する必要なんてまるでなかったわ。
「ご無沙汰しておりますベロム様。今日も2人で出掛けて参りました。そのことで性急にご報告したいことがありまして、こうしてお戻りをお待ちしていた次第です。」
普段はここまで格式ばった話し方をしないフィンのことを、おじい様もおや?と感じたようで、私たちはすぐに応接間へ移動することになったわ。私の小さな部屋ではなくて、邸の正式な応接間よ。
お医者様にはもう少しお待ち頂いて、まずは私たち4人で話すことになったの。
おじい様とおばあ様、向かい合って座るフィンと私。
私はフィンから重要な役目を言いつかっていた。おじい様とおばあ様、2人の表情をしっかりと見ているように、と。
フィンは世間話から始めるつもりはないらしい。
おもむろに懐に手を入れるとハンカチに包まれた花を取り出す。何が出てくるのやらとお2人はニコニコ見守っている。私はハラハラとそれを眺めていた。
フィンは包みを広げてそれをテーブルの上に乗せた。おじい様もおばあ様も表情に全く変化はなかったわ。それどころかおばあ様はニコニコと花に手を伸ばしたの。
「まあ、2人からのお土産ね。今すぐ水に挿してあげましょうね。」
それを制したのはおじい様ではなくてフィンだったわ。
「いけませんベロム夫人、この花には毒があります。」
フィンの説明によれば、触れるだけで皮膚がただれるだの喉に悪さをするだのと言ったことはないのだそうだけれど、おばあ様は驚いて「ひっ!」と手を引っ込めたわ。よかった、本当にご存知なかったのね。
「ご存知でしょうかベロム伯爵。この花は国で特に厳しく管理されている花の一種です。これが森の中で群生しているのを今日見つけました。」
おじい様はとても信じられないといったぽかんとした表情をなさっていたのだけれど、さっと顔を切り替えなさって、両手を膝に置くと深く首を垂れた。
「我が領地内の監督不行き届き、全て私の責任だ。知らせてくれてありがとう、感謝する。」
その後フィンは、この花が咲いていた場所まで目印をつけてあること、いつでも案内を買って出ることをおじい様に伝えた。それから
「主治医の方を呼んでいただけますか?」
いよいよお医者様も加わって、この花について詳しく説明する時が来た。私はこの場にいるのが辛くて、悲しくて逃げ出したいなとも思ったけれど、ここに一番いなくちゃならないのもきっと私なのだ。
お医者様はすぐにやってきて、席につくや否や中央に置かれている花の存在に気がついた。
ああ、これが知っている人の顔なのね。驚きと困惑が入り交ざった複雑な表情をなさっている。
ここでもフィンは本題から入った。
「ご承知のようで話が早いです。今日偶然僕らが見つけて持ち帰った花です。」
安心なさってね。お医者様がこっそり育てていただなんて私たち考えてはいないから。
「ああ、ご挨拶が遅れました。僕はフィンレー・セス=クレヴェンティエ、こちらにいるモニク嬢の友人です。」
クレヴェンティエの名前はとても有名だから、わざわざ付け加える必要なんてない。お医者様はこの少年が公爵家の人間だと瞬時に理解したでしょう。
「私はベロム家の主治医を仰せつかっておりますディオン=パレと申します。」
挨拶もそこそこにフィンは続ける。
「パレ先生はこの花の中毒症状とモニク嬢のかつての症状が似ているとは思いませんか?」
フィン、私はベロム領に来てから熱を出したり喉を腫らしたことはないのよ?このお医者様が王都にいた頃の私のことをご存知とはー
と考えていた私の予想とは違って、お医者様は強く頷いた。
「仰る通りです。お嬢様がこの地にいらした時王都から届いたカルテによると、お嬢様はおよそ3年の間原因不明の高熱を繰り返していたとか。喉の腫れも強く、それを抑える薬を処方していたと記録されていました。」
驚いておじい様の顔を見れば優しく頷いてくださった。当時おじい様が手配して下さったのね。
「しかしまさか中毒症状だったとは。」
俄かには信じがたいようで、お医者様も大いに困惑顔だ。けれどもゆっくりと何度も頷いている。
その何度目かわからない頷きの後、お医者様はフィンの顔にピタリと焦点を当てた。
「お嬢様がこちらを服用なさった経緯がわかりません。これは医者と言えどおいそれと手に入れられる品ではありませんから。」
フィンが私に視線を寄越した。そうね、この続きは私が話さなくてはならないのね。だって私が経験した事なのですもの。言うのが辛い。でも今ここで口を閉ざせばまたミシェルに危険が及ぶ。
「ありました。」
ぽつんとそれだけを言い放った。もう投げ出すような気持ちで。
お医者様も、おじい様もおばあ様も「何が?」という顔をしている。
「お母様の部屋に。見たことはないの。でもとてもいい香りだから。」
私ときたら、話し方の順序がわからない子供みたいな話し方になってしまって。フィンがそっと肩を抱きしめてくれて初めて自分が震えていることに気がついたわ。
おじい様はワナワナと震えだし、お医者様も絶望した目を明後日の方向へ向けている。そしておばあ様は。
「フィンレーさん、この花の香りを嗅ぐことは危険かしら。」
フィンは静かに首を横に振る。
「先程はお止めいたしましたが、触れるだけでは害はありません。どうぞお近くでご確認ください。」
そう言ってハンカチごと持ち上げると、おばあ様に花を手渡した。
片手でハンカチを持ち、もう片方の手をひらひらとさせて花の香りを確認なさると、それを静かに元の場所に戻した。
「モニク、私も憶えています。この香りを確かにノーラの部屋で嗅いだわ。」




