君が嫌い。
――俺は、そんなことしてない――
久しぶりに夢を見た。夢と言うよりも、長年忘れていた記憶である。高校三年生の夏、同級生の女子が死んだ。それだけの事である。……それだけの事? 俺の中で何かが引っかかる。彼女の名前はなんだ? なぜ彼女は死んだ? 彼女とはどのような関係だ? 何も思い出せない。まるで、初めから彼女が存在しなかったかのように。ただぼんやりと考えていると、突然意識が遠のいた。
意識が戻ると、自分の自室ではないことに気づく。ここは、どこだ。ふと、蝉の声が聞こえてくる。おかしい。自室からは蝉の音など聞こえてくるはずがない。外を見てみると、田んぼが広がっている。まさかと思い、鏡を見ると、そこには青年期の自分が映っていた。つまり、過去に戻った、そういうことになる。彼女の記憶は…やはり何も覚えていなかった。
「陸、早く準備しなさい。」
母親の声がする。本当に、過去に戻ったのだろうか、もしも本当ならば彼女の死について何か、分かるかもしれない。
自分の学生時代のことを振り返ってみたが、只只『普通』であった。高校の偏差値は、中間ぐらい。友達ともそこそこ上手くはやっていた。誰かの恨みを買うようなことはなかった。が、とても仲のいいような人もいなかった。
教室に入ると、彼女がいた。俺とは違いキラキラしている。同じ空間にいるというのに、やはり名前が思い出せない。
「おはよう!陸くん!」
「お、おはよう」
挨拶してくれるような仲だっただろうか。そして不思議と彼女の名前を呼んでいるようだった。しかし、自分でも認識できない。声に出しているが、その言葉が分からないのだ。本当に現実なのだろうか?夢であるのならば、今すぐに覚めてもらいたい。しかし、叩いてもつねっても痛みは感じる。受け入れたくはなかったが、これは『現実』であると、時間の流れとともに、実感していった。放課後は、直ぐに帰宅した。何もせず一日が終わりかけた時。
「それでいいの?」
脳裏で誰かが話しかけてきた。
俺は彼女の死について知りたい。できるならば彼女を救いたい。
次の日から、彼女に積極的に近づいた。彼女はキラキラしてて、優しくて、可愛い。モテるに決まっている。周りの目が怖い。しかしそんなことを言ってる場合でもない。
「なぁ、お前って██のこと好きなのか?」
「お前には釣り合わねぇよ」
無理もない。かなりの急接近で、我ながらわかりやすい。
「██あんた、あんな男やめきなよ」
「そうよ。もっといい男がいるって」
彼女も彼女の友達から言われている。
「何がわかるの?私は陸くんがいいの。」
盗み聞きをするつもりはなかったが、こんなことを言われた。そう思ってもらってるなら大チャンスだ。常に、一緒に居れるようになれば、事故や事件に巻き込まれ、命を落とすことは無い。そう思ったからだ。
次の日俺は人生最大の勇気を振り絞った。
「██ちゃん!俺と付き合ってください。」
未だに彼女の名前は認識できないが、俺は告白をした。
彼女は何も言わず頷いてくれた。そして、彼女が俺に近づいた。俺は少しだけ期待した。しかし、
「ねぇ、本当に何も覚えてないの?」
その言葉を鍵にし、閉ざされた記憶の扉が開いた。
「俺は、そんなことしてない。」
次の瞬間には、この言葉を放っていた。
全て思い出した。高校三年生の夏。彼女は死んだ。彼女は美しかった。いつも笑顔で、優しくて、顔も可愛く、スタイルもいい。つまり、完璧。俺とはかけ離れ、住む世界が違う。俺はそんな彼女が嫌いだ。彼女の笑顔を見る度に、胸糞悪くなる。彼女の声を聞く度、吐き出しそうになる。彼女が大嫌いなんだ。だから、だからこの手で彼女を殺した。『嫌いだから』ただそれだけで。
彼女に刃をふるった時、
「俺はお前が嫌いだ!」
と叫んだ。
彼女を殺した時はとても気持ちよかった。正気に戻ったあとは、ただひたすら『俺はそんなことしてない』と、自分に言い聞かせた。その後の記憶は曖昧で、今まで忘れようとしていた。いや、忘れていた。彼女を殺したのは自分だ。これを認識した途端、意識が遠のいた。
目を開けると、血だらけの包丁を持った彼女が前にいた。
「私はあなたが好きだった。」
嗚呼、そうか。やはり彼女は俺と正反対なんだ。
やっと思い出した。君の名は『空』と言ったっけ。