第26.9話 幼き日の終わりはそこに
放課後、夕暮れ日も傾き始めた頃。
いつもの桜の木の上で、ウォルノはやきもきとしていた。
「くそ、何でこんなことに……。あいつに恋なんて、まさか……。
可愛いもんな仕方ねェか?
なんだよ、何なんだよもうよォ~~~ッこの気持ちは!」
いや落ち着け、と自分に言い聞かす。
心のどこかで自分の感情を受け入れようとする。
プルメリアとの関わりは、予想だにしない方向に進んでいた自分に驚く。
「手早く済ますってきっと断るつもりか。
でもなァ~~~、温かな柔肌で人の心もあって……恋愛もその先もできる女だ。
案外抱かれてコロッとなんてコトも……痛ッ!」
もにょる思考を、突然の痛みに中断される。
石を突然ぶつけられたらしい。
「なにすんだコラァ!」
「よぉ、ワンちゃん。遊ぼうぜ」
声のする方に目を遣ると、ガラの悪そうな男たちが10~20人ほどいるではないか。
中には中々物騒なものを、持っている者おり物々しい。
成井が第一声をあげる。
「この学校に躾のなってない駄犬がいると聞いてなあ?
みんなで遊んで、しっかり躾けてやるよ」
ハァン、喧嘩ってことか。
中には過去に俺にコテンパンにされたやつもいるかもしんねェな。
「ハァ~めんどくせ。
チンピラごっこは他所でやりな。俺は人を待ってるんだ。
じゃあな」
「お前が待ってんのは機械、だろ?」
!!!!!コイツ……プルメリアのことを知ってやがる!
まさかッッ!!
ウォルノが屋上を振り返る。
「テメーら……腐り切ってやがるぜ」
木から飛び降りて成井達に近づく。
「やる気になったか……ぐあっ!!」
一瞬で成井はウォルノのノーモーションタックルで吹き飛んだ。
「テメェらは黒だ。
便所のクソムシにも劣る、汚ぇゲスヤローがよォォーーーーッ!!」
プルメリアは屋上に続く、重い重い扉の前にいた。
そこには赤文字で『鉄柵補修中!立ち入り禁止』と書かれた札がぽつんとかかっている。
怖い、辛い、苦しい。
この扉の奥に何が待っているのか。
逃げ出したい、でも逃げたらウォルノさんがどうなるのか分からない。
私が私であること。
私がしたいことは、大事な人を守ること。
勇気を出して踏み出さないと。
夕暮れ照り返す屋上。
自分たちこそ世界の中心と思っていそうな女の影が3個見える。
「あなた、人間を理解しにこの学校に来たのよね?」
リエが人差し指でプルメリアの顎をしたから押し上げる。
ドス黒い瞳に金色の瞳が映り込む。
本物の瞳はさあ、どちらだろう。
「ならさ、あの犬といるのおかしいと思わなくて?
アレは人間じゃないのよ?」
「人間です、彼は。
誰よりも純粋で、強がってるけど傷つきやすい優しさを持った、1人の人間です」
「理解した気で!冷たい機械が!」
大事な人を侮蔑されたことに、プルメリアは怒りの感情を覚える。
「獣と人との区別もつかないで、何が機械よ。
再学習が必要ね、あなたには」
パァン、という乾いた音が空に響く。
と同時にプルメリアが床に伏す。
「やっと表情変えたじゃない、進歩よぉ?
教えてあげる。
暴力、イジメ、恥辱、痛み、恐怖。
人間ってね、爪弾きものにはどんな嫌がらせをしてもいい生き物なの」
リエが指パッチンをする。
箱崎がバケツでプルメリアに水をぶっかける。
「あらぁ、服が濡れちゃったわね。
機械なんだから水に弱いんじゃない?
服、脱がせてあげる」
藤田がハサミで歪に服を切り裂く。
プルメリアはか細く、震える声を出す。
「やめて……ください。
私はあなた達の不利益になることをしましたでしょうか?」
キッとリエの表情が歪む。
「あなたがいること自体が不利益なのよ!
機械のくせに、気持ち悪い!
表情も感情もロクにない合成品の分際!
私達は誰より可愛くて、顔も成績も学年トップなの。
それがなに!?」
堰を切ったようにリエが言葉とともに、平手打ちを何度も何度もぶつける。
「化け物と恋人ごっこまではじめて、気持ち悪い!
人間ですら無い!アンタに!!
全部踏みにじられて!!
アンタがいけないの!!アンタって存在が!!!」
(……!”恋人”)
そう思うのも束の間。
プルメリアの胸ぐらをつかみ、金網に思い切り突き飛ばす。
その瞬間、プルメリアは理解した。
「そう……ですか。私は理解しました。
嫉妬、という感情とその現れ方を。
でも、それを誰にも言うことができなくて、苦しんでいたんですね。
辛かった、ですよね」
プルメリアは微笑む。
ここまでされて尚、手を差し伸べてリエを救おうとしている。
その時、リエの中で何かが崩れた。
それは理性か、尊厳か。
叫び声を上げて、差し伸べたプルメリアの手を払い掴みかかった。
そこからはスローモーションのようだった。
補修中の鉄柵が、2人分の人の重さで外れた。
プルメリアが、リエが、空に消えて落ちていく。
藤田も、箱崎も一瞬何が起きたのか全く分からなかった。
ガシャン、パァン!
何か大きなものが落ちた音が、辺りに大きく響いた。
「なんだァ……!!もしかして!
お前らどけ!!」
ウォルノはしぶとい2,3人の顔面をぶん殴り、音のした方に向かう。
そこには。
変な方向に手足が曲がったリエ。
そして、足が欠損してあちこちからチューブや機器類が出ているプルメリアがいた。
ウォルノが彼女を抱き上げる。
「おい、プルメリア!」
「ウォルノさん……来てくれたんですね」
「喋るな、早く治してもらわねェと!」
ウォルノはもう、どこかで分かっていた。
「私、もう一つ分かっていたことがあります」
「私は貴方が大好きです。これが”恋”なのですね」
「あぁ……俺も大好きだ」
それを伝えるには、遅すぎた。
「やっと言えた。やっと、聞けた……ありがとう」
もう、どこも見つめずに笑うキミ。
夕暮れはもう、既に山の端に落ちていた。
事態の収束は1か月の月日を要した。
プルメリアは研究所へ回収となり、プロジェクトは一時中止となった。
リエは退学と下半身不随から精神が壊れたのか、自殺したとのことだった。
藤田と箱崎も当然退学。泥を塗られた親と喧嘩になり、家出したきり行方知れずとのことだ。
一方ウォルノはいつもの桜の木の上だった。
「なぁ、プルメリア。
俺達の”人”としての生が始まったのはこっからだったよな」
空を見上げ呟く。
「不思議なモンだよ。いつの間にか、お前から人間を教わってただからな」
「俺はお前を守れなかった。
大切なものも、頭と力がないとなぁんもできねェもんだな」
桜の木から降りて彼は歩き出した。
「次は『守りたい』って気持ちを実行できるようにするぜ」
桜の下で笑うプルメリアが、ウォルノの背を見つめているような気がした。
彼が従軍する数年前の話である。
【ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:シン・汎用合成クラスメイト:宇佐見227号
歌詞の「天然にさよならを 幼き日の終わりはそこに」
から拝借。
【後日談】
後日談というほどではないですが、一応設定だけ。
藤田と箱崎はこの後誰とも分からん男の子供を孕みます。
その子供は生後すぐ反社に売られ、新型クローン実験の礎になります。
己が身も、秘密裏に帝国へ売られて、北の大地で奴隷と人体実験の果てに精神も壊れる末路となります。
人類の科学発展ともに、研究成果がメアリーの強化に繋がると思うと微笑ましいですね。
いのちの再利用って大事。




