第85話 グッド・ナイト・ハンティング ~星空の下で~
いよいよ明日は、また旅立ちの日だ。
議事堂特別基地、宿舎外。
煌々たる星々を見て、ぼんやりと考える。
折角の里帰りも、ほんの2日しかできなかったなとか。
結局アキヒロの墓参りもできなかったなとか。
心残りはたくさんあった。
戦争に身を投じている以上、またこの場所に帰って来られる保証は、ない。
見慣れた地がこんなにも美しく、そして尊く感じられるのはきっとまた見られないかもしれないという気持ちがそうさせるのだろう。
軍に志願した日、死ぬのは怖くないと思ったはずなのにな。
僕が死んだら、きっとみんなは悲しむのだろう。
そんなのは嫌だ。
「寝られないの?」
鈴の音を鳴らすようなフィリスの声が、突然に耳に飛び込んできた。
「……君も?」
「えぇ。なんだかちょっと、もう行くのが心残りでね」
暫しの沈黙。
こういう時、女性にどんな言葉を返せばいいのだろう。
自分の気の利かなさが恥ずかしくなる。
それに
「考え事がたくさん?
自分のこれからとか、ご友人のこと、地元のこと、クルーのこととか」
その通りだ。
自分だけじゃない、高校のみんなやシキにだってまた会えるかわからない。
僕が彼を助けなきゃならないんだ。
そう思うと胸が苦しくなるのだ。
「うん、まだこれから戦争が続けば、またこの地も焼かれちゃうのかなって。
この前ウォルノと話したんだ。
前に僕は希望になりたいって言ったけど、それは"誰かが不幸にならない世界にすること"なんじゃないかなって。
でも……」
言葉が言い淀む。
その先を言語化して続けようにも上手く表現ができない。
「なんていうんだろ。
でも、僕が死んだら高校のみんなは悲しむし、逆にみんなが死んだら僕が悲しむ。
前はたまたま生き残れたけど、次もそうとは限らない。
誰もが不幸にならず生きていくのは難しいなあって」
フィリスはジッとしてその言葉を聞いていた。
そして前とは違う、優しい微笑みと共に答えた。
「もう、頑張りすぎよ。
1人の人が全人類救えるはずないじゃないの。
あなたはあなたの手でできることをして、できる範囲で守りたいものを守ればいい。
友達を救い出したいなら、それに向けて今できることをすればいい。
クルーのみんなを死なせたくないなら、私達が全力で守りぬく。
それだけでしょ?」
「でも……ッッ!?」
次の瞬間、ヒヅルは思考が停止した。
人差し指を立て、ヒヅルの口にシーッとあてる。
狐のような面の奥、目と鼻の先に夕日のような橙の瞳と目が合う。
「今は、それでいいの。
あなたは十分頑張ってるのだから。
これ以上心も、体も傷つけたら私もっと心配なんだから」
「……ありが、とう」
体の芯に電流が走るような感覚とともに、自身の心音が脳内に響く。
「どういたしまして。さぁ、ゆっくり寝ましょ」
振り返ったフィリスの後ろ手は少し震えていた。
ヒヅルがその日、胸の鼓動で中々眠れなくなったのは言うまでもなかった。
【ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:"グッド・ウィル・ハンティング" 若者の成長と自己発見を描いた有名な映画です。




