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監禁探偵の産声  作者: 向陽日向
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事件編④

「そんな……どうして兄さんが?」

「他に誰か殺人鬼がいるってことなの? ねえ?」


 七つ道具で鍵を開け、事情を話したわたしだけど、聖子の言葉に頷くことはおろか、否定することも出来なかった。

 わたしたちを監禁したのは長久だ。虚澤亡き今、この館には彼しかいなかったはず。その彼が殺されたのならば――。


「第三者が侵入して、長久さんを殺害した可能性が高いです」

 聖子と末次が息を呑む。わたしは互いに目を離さないように二人に呼びかけ、玄関に向かう。

 案の定、玄関の扉は開け放たれていた。冷たい夕方の風がぞくりと頬を撫でていく。

 同時に、言いようのない悪寒を感じた。


「……足跡がないわ」

 扉前は昨夜降り続いた豪雨のせいで、相変わらずぬかるんでいる。犯人が逃亡したのなら足跡が残るはずだが、今朝来訪したわたしと虚澤の足跡しか見当たらなかった。


 つまり、第三者が侵入して殺害、逃亡した可能性はゼロ。召川の事件で屋敷内は調べたから内部に潜んでいる可能性もない。

 この事実を伝えると、聖子は目を吊り上げて「じゃあ、誰が兄様を殺したのよ!」と声を張り上げた。末次が申し訳なさそうに委縮する。


「それは――」

 外部犯ではないのなら、内部犯しかありえない。けれど、長久が殺害されたとき、わたしたちはそれぞれ部屋に監禁されていた。二人の部屋もわたしの部屋同様、間違いなく鍵がかかっていた。

 脳裏に『不可能犯罪』という言葉が浮かぶ。決して探偵が口にしてはいけないワード。


「そういえば」

 沈黙を破ったのは末次だ。

「虚澤さん、兄さんに刺される前、水を飲んで苦しんでいた気がするのだけど」

 彼の言葉でその場面が思い出される。聖子の勧めで水を含む虚澤――その後、苦しみだした。


「まさか毒物?」

 テーブルの上の飲食物は監禁前の状態で残されている。聖子が虚澤に渡したコップの破片は床に転がり、中身は絨毯に染み込んでしまっていた。


「なっ、なによ――」

 怪訝な表情をした末次に見つめられ、聖子が視線を逸らす。

「あたしが毒物を盛ったとでも?」

 可能性はある。しかし、それを口にしたのは虚澤だけのはず――。


 わたしは首を振る。

「長久さんも口にしたのかも」

 仮に他のコップにも毒が仕込まれていたとしたら、長久がそれを口にしたとしてもおかしくない。であるならば、長久の死は事故ということになる。殺害犯がいなくて当然だ。


 そんな幻想は呆気なく打ち砕かれた。

「彼は間違いなく殺された」

 長久の体を調べてみると、腹に刺し傷がはっきり残されていた。深い傷が一つと、周囲に浅い傷が二つ、上下に残されていた。刺されたときに刃物を強く押し付けられたのだろう。口周りは綺麗で、毒物による吐血をした形跡もない。


「一体、どうして……」

 懇願するように倒れる虚澤を見つめるけど、ピクリとも動かなかった。


 *


 監禁されていた部屋を改めて調べてみるも、扉以外に出入り口はなかった。隠し扉といったギミックもない。強いて言えば、天井近くの正方形の穴から聖子のような小柄な体型なら出入り可能だが、そもそも届かない。部屋内には脚立などの道具も見当たらなかった。


「あんたさぁ」

 一通り部屋を調べた後、辛辣な態度で聖子ににらまれる。


「ほんとに探偵なの?」

「そ、それは――」

 今日から現場復帰です、なんて口が裂けても言えない。


「もしかして、あんたじゃないの?」

「え?」

 リビングの端で時を刻む柱時計からボーンという呑気な音が響いた。時刻は十八時を指していた。

 目を見開く末次をよそに、聖子は続ける。


「あんたの部屋、扉近くに本棚があるわよね? あれを足場にすれば鍵のかかった部屋からも出られるんじゃないかしら?」

「そっ、そんなことっ!」

「していない? なら証拠を出しなさいよ」


「第一、わたしに長久さんを殺す理由なんて――」

「あのうさん臭い探偵を殺された恨み、とかは?」

「――っ!?」


 聖子からの言葉の棘が、ズブズブと胸に突き刺さる。彼女の主張を真っ向から否定する根拠が、わたしにはない。


(ほんと、サイテー)

 どうして探偵になったのだろう。

 どうして現場復帰なんてバカな真似してしまったんだろう。


「はぁ、もう部屋に閉じこもって、警察来るまで待ちましょう」

 聖子が部屋に戻ろうとするのを、末次は止めようとしなかった。彼もまた、彼女の後に続いて部屋へ向かおうとする。


 本当にこれでいいの?

 わたしは首を振る。いいわけがない。だってわたしは――探偵、なのだから。


  *


 二人とも部屋へ引っ込んでしまった。左からAわたし、B(聖子)、C(末次)、Dは無人となっている。

 そのとき、『HINAMI』と目が合った。


「ねぇ、ひなみちゃん? 貴女の目は何を見ていたのかしら?」

『HINAMI』は相変わらず、薄幸の視線を向けるのみ。悲しげな両眼が、ふいに動いた気がした。


「……そんな、ありえない」

 改めてじっと『HINAMI』を見つめる。少し覗き込む角度を変えた時だった。


「目の部分が鏡になってるんだわ」

 左右斜めから覗き込むと、『HINAMI』の目の色が変わり、様々な表情に変化した。リビングで彼女の視線を感じた気がしたのは、これが原因。


「しかし、なぜ?」

 そのような意匠だろうか。考え込むわたしの耳に、リビングからテレビの音声が聞こえてきた。さきほど、聖子が点けて消し忘れたらしい。


 わたしはリビングに戻り、リモコンを操作しテレビを消した。

 そのとき、ふと思い浮かんだことがあった。しかしあまりにも突拍子がない。


「まさか、ね――」

 しかし念のため、()()が残りそうな箇所を調べてみた。すると、階段付近の床にその痕跡を見つけた。


 そこで、まどろみから目覚めた直後のことを思い出す。

(あの音は、このときの――)


 しかし、仮にこれで長久を殺害したとしても――。


「そういうことだったのね」

 わたしの中で『探偵』が産声を上げた。

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