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監禁探偵の産声  作者: 向陽日向
3/10

事件編②

 リビングで事情聴取を続ける虚澤を残し、リビング横のフロアへ向かって早々、先程の視線の正体に気づいた。

「……きれいな絵」


 二階へ続く階段近くの壁に大きな絵が飾ってあった。豪華絢爛なドレスを身に纏った若い女性の絵だった。煌びやかな椅子に座って正面を向き、ほんのりと笑みをたたえているように見える。けれど、どこか影を感じさせた。見る角度を変えると女性の目がキラリと光った。まるで瑪瑙がはめ込まれているように。


 題名は――『HINAMI』。


「ひなみ……」

 先程、聖子の口からでた名前。改めて絵の女性を見ると、悲しげに表情を曇らせているように感じられたのは、気のせいだろうか。

 絵の他には四つの木製の扉がある。左からA、B、C、Dとオーソドックスに割り振られていた。客室のようにも見えるけど――。


「……こんなところにいたんだね、亜美くん」

 その時、リビングから虚澤の声が響いた。彼の背後で四方木家の三人が憤怒と憔悴が入り混じったような表情を浮かべて立っている。


「帰る準備をしたまえ」

「はい?」

 予想だにしない言葉に、わたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。


「もう解決したんですか?」

「おいおい亜美くん。私を誰だと思っているんだい?」

 虚澤はナルシスティックに黒ハットを掴み上げた。長い黒髪がスーツの肩にかかる。


「百戦錬磨の探偵、虚澤だよ」そう言って黒ハットを近くのテーブルに置いた。

「解決編の幕開けさ」

 わたしに背を向ける間際、虚澤はニヤリと笑った。


  *


「んで、俺が殺ったと?」

「先程からそう言っているが?」


「根拠はなんだ? ああ?」

「被害者に残された刺し傷さ」

 虚澤はなおも怪訝な表情を浮かべる長久を尻目に飄々と続ける。


「刺し傷は斜め上からつけられていた。つまり犯人は被害者よりも背が高い人物――」

 被害者の召川さんは約一七〇センチ。虚澤が持参したメジャーで測っていたから間違いない。そして四方木家の三人の中で彼より背が高い人物は、長久しかいない。

 頭一つ抜けた長久は「ちっ」と舌打ちした。


「そうかい。バレちゃ、終いだな……」

 長久は「はぁ」とため息をつき、リビング隅のソファに腰を下ろした。先程までの強情さは消え、逃亡の恐れもなさそうだ。

「そんな……兄さん、どうして?」


 末次はうろたえるように肩を震わせた。聖子はトボトボとテーブルに向かう。

 ソファの長久が末次をギロリと睨む。


「兄貴呼ばわりすんじゃねえ」

 委縮した末次の横を、水が入ったカップを持った聖子が通り過ぎて虚澤の前に立った。

 先程とは真逆の柔和な笑みを浮かべていた。


「見事な推理でしたわ探偵さん。兄様は四方木家に相応しくない――」

 チラッと軽蔑の視線を向けられた長久だが、腕を組んで知らんぷりを決めていた。

「いっそのこと、探偵さんが跡取りを引き受けてくれないかしら?」

 虚澤はニヤリと笑った。「私がこの家の者になったら、殺人事件が二度では済みませんよ?」


「……それは勘弁してほしいですわね、ふふ」

 聖子はカップを虚澤に差し出す。「喉が渇いたでしょう?」

「これは、助かる。探偵は一種の噺家でもあるからね。ははは」

 虚澤がカップに口をつけるのを、長久がじっと見つめていることに気づいたときだった。


「うぐっ!?」

 突然、虚澤の叫びがこだまし、カップが割れる甲高い音が響いた。

 肩を落としていた末次がビクッと顔を上げる。その先で、虚澤は胸元を押さえてもだえ苦しんでいるようにみえた。


「き、きさ、ま――」

 伸ばしかけた手がしかし、無念にもだらんと垂れ下がる。

「きゃっ、探偵さん!? ああ、そんな――」

 聖子は視線を右往左往させている。わたしは咄嗟に「離れてください!」と口を開く。


「虚澤さんっ! 今手当――」

 何をすればいい? 解毒剤の類は持っていない。虚澤は顔を震わせ、口の端から唾液をたらりと垂らす。


「どけっ!」

 そのとき、大きな力で肩を引かれた。長久だ。


(もしかして医療の心得が――?)

 咄嗟にそう感じ、彼と虚澤を向かい合わせたことが最大の過ちだと気づいたのは、その一瞬後のこと。


「――がはっ!?」


 虚澤の両目がカッと見開かれた。

 ポタリ、と床に落ちたしずく。それは混じりっ気のない真っ赤な色をしていた。


「きゃあああ!」

 聖子の絶叫が無数の針となって耳に突き刺さる。末次は魂が抜けた人形のようにその場に立ち尽くしていた。


 長久は刃物を持っていた。その刃先はしっかりと虚澤の腹にめり込んでいる。かなりの力が加わっているらしく、長久の手はプルプルと震えていた。


「――この時を待ってたぜ。クソ探偵さんよ」

 思い切り刃物を引き抜く長久。虚澤は文字通り、うつろな表情のまま力なく倒れた。腹のあたりから真っ赤な液体が広がっていく。


 探偵になって初めて、目の前で人が殺されるのを見た。

 その前では、わたしは探偵などではなかった。

 ただの人間だった。

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