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監禁探偵の産声  作者: 向陽日向
10/10

エピローグ

 事件から約一か月後、わたしは所属するアフロディーテ探偵事務所で事件整理をしていた。

【四方木家閉鎖空間事件】と題された分厚いファイルを手に取る。未だに探偵もどきの虚澤と対峙した瞬間を覚えている。


 あの後、四方木家で働く別の召使が館を訪ね、事件が表に出た。長久と聖子が共謀して、妹ひなみを救わなかった虚澤殺害を決意。しかし聖子は長久殺害を目論んでいたが、結果失敗。さいごは虚澤の凶刃に倒れた。


 生き残った末次は後継者に指名された。血の繋がりがない後継者に分家からは批判もあったらしいけど、まじめに家のことに取り組んでいるらしい。


「ふーん。とんだ復帰事件になったわね」

 アフロディーテ探偵事務所の所長、冬香さんがパソコンモニターに視線を落としたまま言った。他のメンバーは事件で出払っていて、だだっ広いフロアにわたしたちしかいない。

 わたしは思い切って冬香さんに訊いてみた。


「探偵ってなんですか?」

「ん? どした急に?」


 冬香さんは顔をあげる。クリッとした両目に吸い込まれそうになりながらも、わたしは「コホン」と調子を整えて口を開く。

「事件が起きるってことは犠牲者が出て、犯人が生まれるじゃないですか。その犯人を手掛かりから推理するのが探偵――」


「うんうん」

「ということは、犠牲者が出ないと犯人推理できませんよね? その犠牲者を救いたいけど、それでは犯人はまだ『犯人』じゃないから……」


「亜美」

 と、そこで冬香さんがすっと立ち上がり、わたしの前に立つ。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「探偵はエスパーじゃないわ」

 冬香さんはゆっくりと、諭すように言葉を紡ぎ出す。


「犠牲になった人に合わせる顔がないのも事実。私なら、ひなみちゃんに何度も謝るけどきっと許してくれないよね。さいあく刺されちゃうかも」


 でもね、と冬香さん。


「残された人たちに寄り添うことはできる。犠牲者への想いを添えることはできる。それでも刺されるのが怖いなら、きっと亜美はつらくなるわ」


 わたしは胸を鷲掴みされた気分になる。あの絵――『HINAMI』のはかなげな表情が、不意に鬼のように歪む。

「けれど」と冬香さんがわたしの目尻のあたりを指で拭った。「亜美ならきっと大丈夫」

「え?」

 冬香さんの人差し指の先が少し濡れていて、自分が涙を流していることに気づいた。


「虚澤は全く向き合わなかった。己の実績のために犠牲者たちに寄り添うことをしなかった。結果、彼はいばらの道を突き進んでいる。それを由としている」

 冬香さんは「けれど亜美は違う」ときっぱりと言い放った。


「こんなにも犠牲者に寄り添っている。だからきっと、ひなみちゃんも喜んでいると思うわ。へいきよ。なんていっても、アフロディーテ探偵事務所の探偵なんだからね!」


 もう、冬香さんったら――。


「わたし、探偵としてもっとがんばる!」

「その意気よ。美と愛と推理力をもっと兼ね備えてもらわなくちゃあ――」と冬香さん。「うちの大事な探偵なんだから!」


 冬香さんはデスクに戻り、来月から担当する盗難事件の資料を読みふけり始めた。


 わたしは予定表を開く。来週の後半がごっそり空いていた。

 ひなみさんのお墓参りに行こう。

 記憶の中の『HINAMI』がそっと微笑みかけた気がした。


 完

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