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鋼鉄の、令嬢


  *


 優越感に溢れた表情で見下ろすゴールディに、アメリアはしかし無言で二人を見返した。そして人形めいた無表情のまま、手に持った精緻な装飾の施された漆黒の扇を再び、パチリと鳴らす。


「──そうですか。しかし王家と公爵家との間に結ばれた婚姻は、個人の問題だけに留まりません。ゴールディ様とわたくしとの約束というよりは、王国の為に交わされた王家と貴族家との公的な契約という意味合いが強い。……この事、両陛下はご存じなのですか?」


 アメリアの口にする台詞は冷静を極め、ただ淡々と零れ出る。そこには棘も、非難の色すらも滲まない、ただひたすらに透明な言葉であった。その事実に王子は内心些かたじろぎながらも、それを表情には出さずアメリアをただ睨む。


「無論、そのような事は理解しているとも。貴様に言われるまでも無い! 既に父上と母上には報告済みだ!」


「了解致しました。それならば、わたくしからは何も申し上げる事はございません。──失礼致します」


 眉一つ動かさぬまま、アメリアは優美な所作で淑女の礼をとった。そして皆が注目する中、流れるような動きで二人に背を向ける。


 余りにも呆気ない展開に、アメリアの自然な立ち居振る舞いに、一瞬ゴールディは呆然と立ち尽くした。しかし彼女が歩き出すに至ってようやく、は、と我を取り戻す。


「ま、待てアメリア! 言う事はそれだけか、何も申し開きする気は無いのか!? 謝罪し、許しを請うつもりは無いというのか! このままでは貴様は、場合によっては罰も──」


 背に掛かる王子の慌てたような台詞に、アメリアは足を留め立ち止まる。彼女は振り返り今一度ゴールディに向き直ると、何の感情も浮かべぬままに、形の良い唇を開いた。


「両陛下がお認めになったならば、既に決定事項なのでございましょう? ならば今更わたくしが何を申し上げたところで意味を成さぬ筈」


「う、そ、それは、確かにそうなのだが……」


「ならばわたくしが此処に留まる理由はございません。存在自体がお目汚しになりましょうから、退去させて頂きます。──ごきげんよう、皆様」


 そして軽く周囲に会釈をすると、アメリアは今度こそ王子達に背を向けて真っ直ぐに出口へと向かった。道を作るように割れた生徒達の間を堂々と歩む彼女を引き留める者は、もう誰もいない。


 会場中が無言のまま、ゴールディさえも何も口に出来ぬまま、皆は立ち尽くしアメリアを見送る。最後までアメリアは人形の如き無表情を崩す事無く、ホールの大きな扉の前に立った。


 魔法式の扉がアメリアを感知して自動的に開き、彼女が通り過ぎるとその扉はまた元通りにゆっくりと閉じた。そのパタンという小さな音がホールに響き、そこにいた皆は知らず詰めていた息をそっと吐いた。


 ざわりと、囁きがさざ波のように場に満ちてゆく。


「──あんな事があっても無表情を崩さないなんて、まさに『鋼鉄令嬢』ね」


 誰かがぼそり呟いた言葉。


 ──鋼鉄の令嬢、アイアンメイデン。それはアメリアに与えられた不名誉な渾名。


 いつも無表情で完璧な立ち居振る舞いと厳格な言動の彼女は、その色彩も相まって、古えの拷問器具に例えられていた。


 学年での成績は常に首位であり、公爵という高い地位も相まって、アメリアには敵も多かった筈だ。その忌まわしい名は、彼女を嫌う者達のささやかな意趣返しだったのだろう。しかし彼女を体現するかのようなその名前は、いつしか瞬く間に学園中に広まっていた。


「アメリア……」


 ゴールディはシルヴィアを抱いたまま、アメリアの消えた扉をただ眺めていた。ようやくあの冷徹な女に引導を渡してやったと言うのに、胸の内は晴れない。どころか、黒く燻るもやのような不安が心の奥をチリチリと炙り続けている。


 知らず噛んだ奥歯の音が、生徒達の不快な囁き声が、ゴールディの耳の中でいつまでもこだましていた。


 *


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