破棄と、婚約
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お読み頂きありがとうございます。
初めまして、どうもです。新連載です。
婚約破棄から始まるデスゲーム、そして『聖女』に隠された謎、因縁、愛憎……。
徐々に明かにされてゆく王国と聖教会の陰謀。
冷徹な悪役令嬢の秘めた想いと、執事との背徳的な禁断の関係。
耽美と猟奇に彩られたピカレスクでドラマティックな世界をお楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、是非お付き合い下さいませ。
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「──アメリア・アイアン・アメーディン公爵令嬢! 今ここで、貴様との婚約を破棄する!」
その声が響いた瞬間、広い会場は静寂に包まれた。
──王立聖プラチナム学院の豪奢な大ホール。時は今まさに、卒業パーティの真っ只中。卒業生のみならず全校生徒が参加する中、全員の目が声を発したゴールディ・ゴルダ・ゴルディアナ第二皇子に一斉に集まる。
それはパーティの開始に際し、卒業生代表として一段高くなったステージに立ったゴールディ王子が、スピーチを終えた直後の事だった。拍手を受けてステージから降りると思われた王子が突然、アメリアの名を呼び高らかに婚約破棄を宣言したのだ。
輝くような金髪を煌かせたゴールディはその青空の如き碧眼を怒りに燃え立たせ、アメリアを睨み付ける。
王子の視線を真っ直ぐに受け留め、アメリアは血のような深紅の瞳で王子を静かに見返した。その瞳の色はただただ平たんに凪いでおり、整った美しい顔には何の表情も浮かんではいない。
アメリアは肌を隠す長袖のドレスに身を包み、暗銀色の豊かな髪を結い上げて何筋かの巻き髪を垂らしていた。マーメイドラインを描くドレスは黒で染め上げられ、髪と同じ暗銀色のコルセットが上品な輝きを放つ。白磁の肌と相まって、あたかも夜の女神を思わせる姿だ。
対するゴールディ王子は白地に黄金の刺繍で彩られたフロックコートに身を包み、少し癖のある金髪を煌かせている。それはまさに黄金の名に恥じぬ、太陽の如き佇まい。
──何もかも、対照的な二人。
大きなホールの中は痛い程の沈黙が支配している。時が止まったかのように、皆が皆物音一つ立てられず二人を見詰めていた。緊張の中、誰もが金縛りに合ったかのように動けぬまま成り行きを凝視する。
──パチリ。
不意にアメリアが扇を打ち鳴らした音が、静寂を破る。
「どういう、ことですの?」
アメリアの澄んだ静かな声が、艶やかな唇から零れた。その感情の籠らない台詞に導かれるようにして、皆が詰めていた息を密やかに吐く。
そして王子自身も、我に返ったかのように慌てて言葉を紡ぐ。
「どうもこうも無いだろう! アメリア、貴様がシルヴィアに行った非道な行為の数々、忘れたとは言わせぬぞ!」
ゴールディは怒りを露わにしながら憎々しげに言葉を吐いた。その蒼い瞳は義憤に燃えており、もはや婚約者だった者に向ける親愛などひとかけらも無く、憎悪の色を宿している。
「シルヴィア……? シルヴィア・シルバリス男爵令嬢の事を仰っているのでしょうか。非道な行いと言われましても身に覚えがありませんが……それが本当だったとして、彼女とわたくしに、ひいてはゴールディ王子とわたくしとの婚約に何の関係が?」
尚も無表情で言葉を紡ぐアメリアの様子に、王子は端正な顔を歪ませた。
「身に覚えが無いだと、何と白々しい事を! 貴様がシルヴィアに行った非道の数々、きっちりと聞き及んでいるぞ。そのような外道な者、我が妻に相応しい筈が無いではないか! ──それに」
王子の表情が不意に柔らかくなり、アメリアとは別の方向へとさっと手を差し延べた。
「シルヴィア、おいで」
途端、人垣がさっと割れ一人の少女の姿が露わとなった。
そこに現れたのは、青みがかった銀髪を結い上げ、淡い水色の可愛らしいドレスを纏った瑠璃色の瞳の少女。王子の呼び掛けにおずおずと歩みを進める姿は愛らしく、彼女が動く度に清純そうな白銀のコルセットは輝き、ふわり広がったドレスの裾が揺れ動いた。
「ゴ、ゴールディ様……」
少女──シルヴィアが困惑の色を滲ませながらも王子の許へと歩み寄る。ゴールディはシルヴィアの手を取るとステージへと上がらせ、彼女の腰を抱き寄せた。
「我はシルヴィアと心通わせ、初めて真実の愛を知った! アメリア、貴様のような冷徹な女との婚約を破棄し、我はシルヴィアと婚約する事に決めたのだ!」
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