2)十二個の大願
で、薬師如来の大願とは!?
第一大願願我來世得阿耨多羅三藐三菩提時……
「
本行『第一の大願。願わくは、私が来世に阿耨多羅三藐三菩提(アヌッタラ=サムヤク=サムボーディ、最終的な最高の悟り)を得たとき、三十二大丈夫相と八十隨好(聖人が持つという32+80=計112種の特徴)で荘厳されたこの身は熾然と光り輝き、無量・無数・無辺の異次元世界を明るく照らすことになるように!
本行『第二の大願。願わくは、私が来世に菩提(ボーディ、悟り)を得たとき、身体が瑠璃のように中も外も明るく徹底的にキレイで傷も汚れもなく、大功徳が巍巍と光り輝き、身は炎の網によく安住し荘厳なる日月が空に運行し、幽冥する衆生の迷いを明るく目覚めさせ、それぞれの希望にしたがって行いを果たさせられることになるように!』」
『荘厳』は国語のテストでは「そうごん」と読むのが正解ですが、お経では習慣として呉音風に音読することが多く(注:たまに漢音風に読むお経とか唐音風に読む宗派とかもあります)、ここは「しょうごん」だろうと判断しました(間違ってたらごめんなさい)。
「
本行『第三の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、無量無辺の智慧と方便を以て、有情たちに限りなく、必要なものをなんでも得られるようにし、足りないなんていう者がいない状態になるように!』」
『嘘も方便』という諺から、方便とは「嘘を含む遠まわしなやり方」と考えそうになりますが、近い現代語を言うと「手段」「方法」「道筋」といったような感じでして、別に嘘である必要はありません。ようするに「目的」を果たすために取る「手段」を「方便」と言うのでした。
「
本行『第四の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、邪道をやってる有情たちがいても彼らが正しい悟りの道に入れるよう、声聞(シュラーヴァカ、小乗の教えに従って悟りを開いた修行者)や独覚(プラティエカブッダ、自己流で悟りを開いた修行者)をやってる人々も、みんな大乗の安立をなしとげることができるように!』」
大乗仏教のお経では、いわゆる「他者を救う前にまず自分を、救済のできる能力まで高める必要がある」とする考えかたを「小乗仏教」として排斥してるところがあります。
どちらがブッダの真意であったかについては諸説あるのでここでは断じませんが、このお経は大乗仏教の経典ということで、そういう前提でご覧ください。
「
本行『第五の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、もし、私の教えに従って修行や梵行(きよらかな生活と修行)をしてる無量無辺の有情が、みんな三聚戒を身に着け戒を守ってないようなことなどなく、私の名号を聞いたならそれだけで、悪趣(地獄・餓鬼・畜生)に転生することなく清浄なところに転生するように!』」
三聚戒とは三聚浄戒ともいい、大乗仏教の菩薩戒とも言われる努力目標です。
おおまかには
1)摂律儀戒:ルールを守り、悪事はしないようにする
2)摂善法戒:善いことを行うように心がけ実行する
3)摂衆生戒:衆生を利益して仏教をひろめる
という内容だそうですが、詳細については宗派によって諸説があるとの由。ここではあまり深く突っ込まないことにします。
「
本行『第六の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、もしも有情たちに、体のどこかで劣っていたり無かったりする器官のある人……姿が醜いとか、頑固で頭が悪いとか、眼が見えないとか、喋れないとか、■■■とか、■■■とか(文字を判読できず、すみません;)、手や足がないとか、手や足があっても痺れて動かないとか、背骨が曲がってるとか、ヒステリー症状があるとか、狂気になってるとか、そういういろいろな病いに苦しんでる人がいたら。そういう人たちが私の名号を聞いたら、みんなが正しい智慧を得て、不自由な器官は補完され、疾病の苦しみは無くなるように!』」
いよいよお薬師さんらしい要素が出てまいりました!
「
本行『第七の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、もし有情たちに、病に苦しんでいて、救いがなく、住むとこがなく、医者もなく、薬もなく、親もなく、家もなく、貧窮に苦しむ人がいたら。私の名号とお経をひとつでも耳にでき、そして最高の菩提を証する(悟りを開いて自力で苦しみを滅ぼす)ことができるように!
本行『第八の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、もし女性で、女性特有の百種の問題に苦しみ、もう女性でいるのは嫌だというほどの人がいたら。私の名号を聞いたら、女性から、すべての条件を具有した男性に変身して、そして最高の菩提を証することができるように!』」
おっと、これは現代的な意味での男女差別とか女性蔑視とかではありません。
古代インドでは女性の人生は一般に男性よりも苦痛が多く、また繊細な神経を持ってることにより周囲にはどうしても気になってしかたないことが多く、悟りを開くことは男性より困難と考えられてたことから、そういったハンディをなくさせようというレディ限定の特別サービスなのであります。
むしろ女性優遇。。。
「
本行『第九の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、もしも有情たちが、魔の網に捕らえられててもすべての邪道の縛りから解き放たれますよう。もし様々な悪い考えに陥っていても、すぐに正しい考えに引き戻せますよう。そしていろいろな菩薩の修行を行って、たちまちに最高の菩提を証することができるように!
本行『第十の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、王法(政府の法律)によって縛られ、鞭打たれ、牢獄に閉じ込められ、あるいは死刑と決まってしまって、限りない災難の中で恥辱を受け悲しみ愁いどうしょうもなく心身が苦しめられてる人がいても。もしも私の名号を聞いたら、私の福徳と威神力でみんな一切の憂い苦しみから解き放たれますように!
本行『第十一の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、もしも有情たちに、飢えや渇きに悩み、食物を求めるがゆえに悪業(殺しや盗み、奪いや騙しなど)を造ってしまってるような者がいても、私の名号を聞くことができていっしょうけんめい受持したなら、美味しい飲み物と食べ物で「もう要りません」というほどその胃袋を満たしてあげられますよう。そのあとで法(真理の教え)も味わせ、ついに安楽の境地にしてあげられますように!
本行『第十二の大願。願わくは、私が来世に菩提を得たとき、もしも有情たちに、貧しくて衣服がなく、昼となく夜となく蚊や虻にたかられ寒さ暑さに悩まされてる者がいても、私の名号を聞くことができていっしょうけんめい受持したなら、その人の好みに合った上等な衣服を得ることができ、またすべての宝と装飾品と花飾りと塗香と音楽と娯楽を得られて、心のままに楽しんで満足できるようになりますように!』
「曼殊室利くん。これが、かの薬師瑠璃光如来が正等覚を得ようと菩薩道で発した十二個のすばらしい大願なんだョ。
「さらにね、曼殊室利くん。かの世尊、薬師瑠璃光如来が菩薩道を行ってた時に発した大願も彼の仏土も、その功徳と荘厳さときたら、一劫(48兆2千億年以上)かけても一劫以上かけても私には説明し尽くせないくらいなんだ。
「その仏土は完全に清浄で、(欲望を刺激するような)異性はおらず、また悪趣とか、苦痛に感じられる音声とかも無いんだ。地面は瑠璃でできていて、道は金の縄で区切られてる。城郭や宮殿の窓は七宝でできていて、西方の極楽世界と見分けがつかないくらい凄い功徳と荘厳さがあるんだョ。」
七宝とは、金/銀/瑠璃/玻瓈(色つきガラス)/硨磲/赤珠/瑪瑙といった宝のことです。えらい派手な窓ですな;
あと「異性がいないと子孫が生まれないんじゃ?」と心配する現代人の方、ご安心ください。後でもちょっと触れられますが、浄土では蓮の花とかから自然に人間が生まれるという設定になってますんで。(←「設定」とか言うな;)
「で、その国には二人の偉大な菩薩がいてね。一人めは名を日光遍照(スーリヤプラバ、日光菩薩)、二人めは名を月光遍照(チャンドラプラバ、月光菩薩)といい、その国に無数にいる菩薩たちのリーダーで、かの世尊・薬師瑠璃光如来の正しい教えという宝蔵をよ~く受けついでいるんだョ。」
薬師三尊というと、普通はこの二人が脇侍として配置されてます。道場や教室に例えれば「師範代をつとめる、2人の優秀な高弟」という感じでしょうか。
そういえば『月光仮面』の名前の由来はこの菩薩がたで、企画段階では『日光仮面』という仮題だった時期もあったそうですね。
……その話はあんまり関係ないか;
「だからね、曼殊室利くん。信心のある善男子や善女人はこんなその世界に生まれたいと願うんだョ。」
そんな薬師如来に祈ると、どんなことがあるというのでしょう?
それはまた、次回に!
つづく!