クルイ切る前の話
彼の姿をテレビ越しで見たのをよく覚えている。
神奈川派閥と東京派閥の同盟会議。そこへ天から降ってくる黒い影。
私の瞳が彼に釘付けになり、魅了されるには充分だった。
近くの服屋に行き、彼のジャケットに限りなく近い黒いジャケットを小遣いで買った。髪も短髪にし、金髪だった髪を黒く染めた。できるだけ黒ジャケットのやりそうな仕草を考え、テレビ越しに見た能力を思い出して、彼のスキルっぽいスキルの使い方も練習した。
今だからなんとなくわかることだが、次に彼を見たのは東京第二養成高校で行われた文化祭でのこと。私が服屋の店員として、義務笑いを浮かべながら接客していたときのことだ。
黒いジャケットを着てはいなかったし、なぜか藤崎剣斗の見た目になっていたが、黒いジャケットを見る目が、輝いているのではなく、当たり前のものを見るような目をしていたのが興味を引いた。
その時点では藤崎剣斗とはわからなかったが、他の黒ジャケットファンとは違う目に惹かれて話しかけたのだ。
『か、かっこいいから……?』
見た目は私がよく知っている藤崎剣斗だったし、感想も月並みのものだった。だが、それでも他以上に感じられる何かがあった。
"この人は黒ジャケットに近いが、黒ジャケットではない"
そんな感じがしたのだ。
結果、それは当たっていて、新潟派閥で出会った彼は、藤崎剣斗と顔は全く違い、体格も全然違っていた。しかし、偽物ではなく本物だと、目が近視になるほど彼を見た私の目が、そう叫んでいた。
周りの人間に体と心を縛りつけられた私にとって、黒ジャケットは自由の象徴のような存在だった。だから私も、彼の姿を真似て飛びたくなったのだ。
多分、若毛の至りなんだと思う。けど、それでも、あんな場所にいるよりは。
期待され続ける環境にいるよりは、ずいぶんマシだと思った。




