失った記憶
東二で行われている文化祭を尻目に、橙子は連日の兵士たちに対する指導を終えた私は、羽を伸ばすために、近くの喫茶店で、自分へのご褒美を楽しんでいた。
「ん〜っおいひ〜」
注文したバームクーヘンを1口パクリ。口の中でしつこくない爽やかな甘みが広がる。食感も、生クリームのようで、口当たりもなめらかなプリンのようでかつふくよか。ならパンで良いではないかと思われるかもしれないが、何層にも重ねられた生地によって、微妙な食感と味の違いが生まれている。差別化のバッチリだ。
(ここ、ちょっと高くて来れなかったのよね〜! 仕事を頑張ったご褒美って思って来たけど……うーん! 頑張ってきてよかった〜!)
東二で起きている惨状を知らず、幸せそうな顔でティータイムを楽しむ橙子。
口に含んだバームクーヘンの味は、いっちょ前に覚えている。
甘い味を思い出すたびに、何度死んでしまえと思っただろう。
――――
時は周り、夜。
何度も何度も、膨れ上がる気持ちを押さえつけながら走り続ける。目指すは連絡のあった病院。
「はあっ……はあっ……」
この日ほど機動力のあるスキルがある人物を妬ましく思った事は無い。そのレベルで必死になって走る。視界に映った白と赤の建物が、妙に曇って見えた。
自動ドアに入ろうとした人を押しのけ、いの一番に受付のテーブルに手を叩きつける。
「すいません! 連絡のあった藤崎橙子なのですが!」
自分で言うことではないが、この時の私は現役時代でもなかった位取り出していたと思う。服も着替えてきてないし、髪ももしかしたらクセ毛が出ていたかもしれない。
「ちょ、お待ち下さい! ちょっと……」
受付の子は一声かけてから下がり、別の子に変わって対応してきた。
「お名前は……藤崎橙子さんですね……はい。確認取れました。こちらへどうぞ」
入れ替わってきた子は先ほどとは違い、こういう荒事に慣れているように感じた。それが余計に私の嫌な予感を加速させる。
夜の光が廊下を照らす中、看護婦の方に連れられて、とある病室に向かって歩く。病院にしては妙に静か……いや、病院だから静かなのか。だからこそ、次に入ってくる人の声が心臓に響いた。
「うわああがあがががあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
人の絶叫。というより、獣の叫びだろうか。最も叫びから遠い叫びは私の耳をつんざき、心臓を串刺しにしてきた。
「? どうしましたか?」
「あ、いや……」
理性と本能の中で、私は看護婦さんを見失わないようについて歩く。一歩一歩歩くたびに、その叫びは大きくなり、脳の記憶を司るメモリから、一歩一歩の記憶が削除されていく。
その発信源であろう病室の前に辿り着き、ドアが開くと……
――――
「つはっ……はっ……」
なんだこれは。なんだ。この記憶は。
(今のは……間違いなく私の記憶じゃない。ってことは……)
と、顔を上げたその瞬間、目の前に現れた膝。
「とっ!?」
とっさに反応し、後ろ飛びで回避する。
(危なかった……ただでさえ頭にダメージをくらっているのに、あれまで貰ってしまったら……)
勝負が決まっていたかもしれない。ただ、そうそう私の頭の中に流れ込んできたあの記憶は一体何なのか、なぜ藤崎橙子がいたのか。その答えは1つしかない。
「あら? さすがね。ほとんどの子は貰ってくれるのだけど」
記憶の中ではなく、現実にいる藤崎橙子の仕業だ。




