吐血
騒がしい司令室が、一瞬で静寂へと誘われる。
まるで通り雨が過ぎ去った後の晴天のように、司令室の状況は、一瞬で180度ねじ曲がった。
「……なんだ? いったい……まともに仕事しなくなったやつが何か用か?」
「相変わらずの減らず口ね……まぁいいわ。ねぇ!」
ロカは一番近くにいるオペレーターに話しかける。
「はっ、はい!?」
「こいつ借りるわね。いい?」
「あ……お構いなく……」
急に話しかけられて気が動転し、返事になっているのかわからない言葉を返した後、ロカは嫌がる亮介の腕を無理矢理掴み、司令室を後にして行った。
「なんだったの……」
人物2人がいなくなった後の司令室に、どこからかそんな言葉が聞こえた。
――――
同時刻。
「んー! っと……さすがに座ってばっかじゃ体が痛くなるな……」
ハカセにブラックを任せ、待機室から抜け出た俺は、腰を左右にぐりぐりと回しながら廊下を歩いていた。
(……うまいこといったんかねぇ……お偉さん方の作戦は……)
ハカセと一緒に話していた内容である今回の作戦。俺もハカセも互いに平凡すぎると評価していたが、俺はあの後、内心なしでは無いのかもしれないと思い始めていた。
平凡すぎる作戦であることには変わりない。しかし、大量の人間が動く大規模な作戦なら、むしろ平凡な方が統率が取れて良いのではないかと考えたのだ。
つまり、何が言いたいのかというと、知らないうちに成功していてもおかしくないということである。
(……でも、何か引っかかるんだよな。ハカセのあの一言……)
2人での談笑の中で溢した最後の一言。あれがどうにも気になって仕方がない。今行っている廊下徘徊は、胸の引っかかりを癒すのも兼ねていた。
(相手に行動が漏れている? スパイでもいんのか? いや、にしては言い方がちょっと変だった。回りくどかった気がする……もしかして、もっとシンプル?)
……まぁいい。とにかく、現状の戦況は人数だけで言えば新潟派閥が圧倒的に不利。犯罪者集団を連れていない以上、人数差はさらについているだろう。バレたら一発アウト待ったなし。そこら辺の対策はしているんだろうか?
「……ま、いいか。俺が考えることじゃねーや」
考えてもどうにもならない事は、考えないのが吉だ。少し回ったらとっとと戻って、ブラックを撫でて癒されよう。そう思い、踵を返したその時だった。
「ふざけないで!!」
耳をつんざくような女の声。右から左へ貫くような声色。この声には聞き覚えがあった。
(龍ヶ崎……? なんだ? 急に)
声の発生源はすぐ横の部屋で、いまだに言葉なのか鳴き声なのかわからない怒号が飛んでいる。なぜ廊下まで声が聞こえるのか気になったが、ドアが少し開いているのを見て納得した。どうやらヒートアップして気がついていないようだ。
興味本位で、そっとドアの隙間から中を覗いてみると、その部屋にいたのは2人。1人は予想通り龍ヶ崎ロカ。そしてもう1人はなんと龍ヶ崎……亮介だったか? この戦争の総指揮を任された男だ。
戦争の総指揮を任された重役と、幹部的なポジションにいる女。そんな2人が言い争いをしているということは、まず間違いなく良くないことが起こったのだろう。
(……失敗したかもな)
1番に思い浮かべるのは作戦の失敗だ。てかそれ以外思い浮かばない。
(となると、キッツイなー。相当な人数割いてるっぽかったし)
あれが失敗したのならば、速く行動できるリードはもうなくなったようなもの。さらにいえば人数も減ったのだから、むしろマイナス。
(挙句の果てには言い争いしてるし……ワンチャン俺出させてもらえないんじゃないか? それは困るんだが……まぁ、ここは退散するとするかね……)
俺が割って入っても、火に油を注ぐだけだろう。そう思い、その場から離れようとした。
「お前が羨ましかったんだ!!」
……その一言を、聞くまでは。