動転
数分後……
(……まぁまぁ荒れたな)
「最初に言っておいてなんだが……大丈夫なのか? 火とかついてるが」
このままでは龍屋敷は火の海になる。それを懸念して注意したが、龍ヶ崎震巻は意外にも首を横に振り、ひょうひょうとした態度で答えた。
「よいよい。いつものことじゃ。使いが勝手に消す……「おい! 親父!」……そらきた」
庭から龍屋敷に入り、出された茶を楽しんでいた俺たち3人だったが、ここで1人、従者以外の人物が久しぶりに輪に入ってきた。
「また龍屋敷を燃やして……っと、なんだ。客が居たのか」
見た目は着物を着た圧倒的イケメン。これだけで俺からすれば殺したくなる対象に入るが、それだけでなく、立ち振る舞いから実力者のオーラが感じられる。
しかし、表情と筋肉、皮膚の綺麗さを見るに……
(なるほど、温室育ちか……)
「ども、初めまして」
「どうも。龍ヶ崎亮介と言います……あなたは?」
(黒ジャケットにするか……? 支障はなさそうだな)
「本名は話せないんですが……黒ジャケットと言います。どうもよろしく」
「! あなたが……話は妹から聞いていますよ」
「妹?」
「ロカという奴がいたでしょう? それの兄なんですよ」
なるほど、つまりこの男は龍ヶ崎ロカの兄であり、龍ヶ崎震巻の息子の1人と言うことか。それなら、龍屋敷にいても納得だ。
それに、よくよく見てみると、事後会議で見たことがあるような気がしてきた。あれは確か……
「……思い出した! 確か事後会議で……」
「そうなんですよ! 一応、今回の作戦の総指揮を勤めさせてもらっています。こんな自分ですが何とぞ……」
最初の声の荒げ方から一転。先ほどからこちらの機嫌を伺う言動をとっている。協力相手だと知って下手に出ているのだろう。
(こいつからは……何もないな)
「ええ、こちらもお願いします」
握手を交わし、会話も一段落ついたところで、従者の方が足跡を立てずに近づいてきた。龍ヶ崎亮介といい、一度人が増えると、スノーボール式に人が増えていくなと感じた。
「どうした?」
「実は……つい先程から、表の門の方に真っ黒の犬が来ていまして、お客様、ご存じないかと……」
…………あ、そうやん。
(バチクソ忘れてた……)
そうやん。ブラックおらんやんと、最近俺に置いていかれがちなブラックに心の中で謝罪しつつ、自分の連れの犬ですと正直に答えた。
「門まで自分で迎えに行きます」
「ワシも行こう。オヌシだけだと迷うじゃろ」
同行者にハカセが立候補する。俺に止める理由は無く、むしろありがたいぐらいだ。
「黒い犬……か。よし、ワシも行こう」
「あ、じゃあ俺も」
そして、龍ヶ崎震巻もなぜか同行。親父が行くなら自分もと言わんばかりに、龍ヶ崎亮介も同行を決めた。
俺としては、誰が来ようと問題は無い。だが、俺は見逃せなかった。
黒い犬と聞いた途端、こめかみがピクリと動き、一瞬だけ見たことのない神妙な表情をする龍ヶ崎震巻の表情を。