盃 その2
戦うだけなら、別に大した事では無いのでは? と思うだろう。
しかし、ワシが頼み込んでいるのは、戦争黄金期の英雄、龍ヶ崎震巻だ。例えるならば、スポーツの世界、チャンピオンにいきなり試合をしてくれと言っているようなもの。白のキングも黒のキングも、あの五大老だろうと、まず了承してくれるわけがない。
「いいぞ」
「うむ……助かる。そう言ってもらえると思っとった」
が、この男。龍ヶ崎震巻なら、話は別だ。
昔から超がつくほどのバトルジャンキーで、欲望に忠実。ワシら世代の中では、1番伸太に似た人物なのだから、戦えと言われて、首を横に振るはずがない。
(いや……世代的には、伸太が震巻に似ていると言うのが正しいか……? まぁ、良いか)
「むしろそれだけでいいのか? ドクターのことじゃから、もう少し要求してくれたかと思ったんじゃが」
「新潟のことはある程度把握しておる……それ以外の支援は震巻に任せるわ」
伸太のことだ。あいつに武器なんて渡しても、戦う時に捨てかねん。戦えば戦うほど強くなる伸太からすれば、強者と戦うことが1番のご褒美だろう。
「ま、いいじゃろ……じゃが、ドクターがそこまで気にかけるとは……黒ジャケットとやらには、何かあるのか?」
「……」
あまり言わないほうがいいと思うが、まぁ、震巻ならいいだろう。
「奴はワシと同じ、後天性スキル持ちじゃ」
「……! って、ことは……"資質"が……」
「ああ……じゃが、それとこれとは関係ない。ワシは奴に手を出しておらん。正真正銘のただの人間じゃよ……変に勘ぐるなよ」
香の物を箸でつまみ、ポリポリと咀嚼音を響かせながら答える。
「ちぇ……まぁ良い。ただそれを聞いて黒ジャケットとやらに興味が湧いた……久々のタイマン……実に楽しみじゃ」
震巻は肩を揺らして笑いつつ、自分とワシのおちょこへ酒をなみなみと注ぐと、おちょこを上に上げて一言。
「乾杯」
その乾杯は、次なる世代への祝福か、黄金の世代の終焉か。ワシはあえて聞かず、心地よい快音を鳴らした。